青い月の下で

大川徹(WILDRUNE)

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破(青鷺編)

2節『電波女と厨二病』

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 笹本が離れに入った瞬間、直感的に何か違うと彼女は感じた。母屋の雰囲気に似ているが、ここには暖かい生活感のようなものがあった。

 「おじゃましまーす。おじゃましましたー」

 笹本は奥に向かって、そう声をかける。後半は確認の意味で言ったつもりだが、奥からずっこける音がした。

 「ちょっと待って。なんで来てすぐ帰るのよ」
 「え、帰んないよ」

 奥から聞こえる女性の声にきょとんとして笹本が首を傾げる。

 「じゃあ、入りなさい。もう結界の類はないから」

 それと同時に奥の部屋の戸が開く音がする。そこに行けばいいのかと笹本は靴を脱いで離れに上がった。少し歩いた先にやや半開きの戸。開けてみると、中にいたのは母屋の玄関で桑谷達に商売をしかけた女子高生だった。違うのは眼鏡を外していること。

 「どうぞ、上がって。ぶしつけで悪いけど、私は案内したくてもできないの。このモードの私はね」

 玄関の時とは違い、女性はへりくだるそぶりもなかった。座敷の奥に座り、文机に手を置きながら笹本を見定めている。

 「改めておめでとう。最短記録よ。というか、どうなってるの。私の『見えざる法界(いんびじぶる・えんぱいあ)』を攻略するなんて。何か一つでも機能してないものがあった?」
 「いんびじ……」

 笹本には英語だというのはわかるが、それ以上はわからない。むしろ、女性の変貌ぶりにばかり目がいく。目つきも態度もどこか偉そうだと思った時、彼女はぽんと手を叩いた。

 「あ、わかった。営業スマイルってやつだ」
 「は?」
 「スマイルください」
 「スマイルは売り切れです。壺を買うならスマイルサービスするけど」
 「じゃあ、買う」
 「まいどあり~って、なるか!」

 思わずノリ突っ込みをした女性は思う。何かおかしい、会話が成立しない。どこか別の次元から話しかけられている気がする。

 (大体、あとの二人はどこに……? まさか突破したのはこの子だけ?)

 結界に問題があったのではない。特殊なのは彼女の方か。それに気づいて、思わず「あんたもか」と声が出る。その時だった。
 バンッ、と激しい音がして庭に面した引き戸が揺れる。はっとして女性が見ると、引き戸の窓に傷がつけられている。放射状に走ったひびからして何かが叩きつけられたのだ。

 「ちょっと!」

 女性が立ち上がるが、何かに気付いて笹本に飛びかかった。彼女ごと後方に転がると同時に、引き戸がぶち破られる。木材が破片として部屋の中に飛び散った中に、突っ込んできた人影が見えた。それは桑谷だった。

 「どなどな!」

 笹本が声を上げ、桑谷が彼女を見る。だが、動けたのはそこまで。桑谷は寝転んだ姿勢のまま硬直した。埃舞い散る何もない空間、しかし女性の目には彼を縛る鎖が見えている。

 「どうしたの、一人ツイスターゲームでもしてるの?」
 「やっぱり見えないのか……」

 状況を理解しない笹本が見当違いなことを呟く。そこで女性も疑問が確信に変わった。

 「だけど、あんたはどうやって突っ込んできたの? あんたには霊的耐性はないけど」
 「石を投げた。お前が敷いた結界の数々は人の認識に作用している。なら、いっそ目をつむり感覚を閉じ、ただ音がした方向に向かって突っ込んでいけば本丸に着くんじゃないかと考えた」
 「ははあ……そう考えたの。ふうん」

 女性は意味ありげな微笑を返すと、そばの柱に手を伸ばし札を剥がした。それと同時に桑谷の拘束が解ける。

 「なんにしろ、そこの子を除いてあんた達に大した脅威はない。引き戸は弁償してもらうけど」
 「安心しろ。そこの御曹司が払う」

 庭を指さし、鏑木を示す。彼を見て女性は目を細めた。

 「ああ、やっぱり彼か。随分昔に見た時以来だけど、そうじゃないかと思ってた」
 「気付いてたのか」
 「第一、一般人が『当主』なんて御三家以外では言わない。私はただの『家主』。あるいは『メイガス』。当主を出せと言うから私も思い当たることがあったわ」
 「そこまで言うなら、こっちも単刀直入に聞かせてもらおう。お前は青鷺の動乱に協力した張本人か?」
 「ご明察。自己紹介がまだだったね。『真名』の方でいいかな?」
 「何だお前、中二病か? 霧寺の名で言え」
 「……霧寺飛鳥。亜流にして万能の巫術士よ」

 そう彼女は口を尖らし拗ねたように言った。
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