青い月の下で

大川徹(WILDRUNE)

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破(青い月編)

8節『アマミヤンナイト』

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 しばらく話し合った後、僕達は寝床と食事を求めて雫が案内するところについていった。月に昼夜の概念はないが、おそらく外の世界では夜になっているだろう。携帯は気付けば電源が切れ、正確な時間はわからない。

 「ただ一日の終わりを判断する現象はあります。集落で人もどきが広場で祈りを捧げるんです。集落は今でこそ退廃していまが、最盛期には絢爛華美な都市だったそうで人々が集まり光を灯す様は神話世界のようだったとか」
 「さっき見た限りじゃ、瓦礫の山だったけどな」
 「趨勢を誇ったという意味では源氏や豊臣の最後も同じですよ。あの集落が歴史に残らなかったのは、月の隠蔽のために全てを破壊し尽くしてしまったからですね」
 「ふうん。ところで、小学生の頃の瞳ってどんなだったんだ?」
 「樫崎さんにとってはそちらの方が気になるんですね」

 そんな平和なやり取りをしながら、僕達は林の中へと歩いていった。他にも家屋があるのかと思っていたが、案内された先は洞窟だった。雫が月の力で作り出したろうそくで辺りを照らすと、出てきたのは和室のように敷き詰められた畳とちゃぶ台。

 「本当に三年前に死んだ人なんだよな?」

 子供の頃に博物館で見た昭和の家屋と違いがない。白黒テレビがあったら完璧だ。

 「さあ、まずは食事にしましょう。生きているなら、どこでもお腹は空きますよ」
 「ごはんって言っても、食べるものはあるのか?」
 「月の力で出します。何しろ食材がないので」

 すると料理が次々とテーブルに出現しだした。

 「何か間違ってる気がするわ」

 瞳が小声で呟く。確かに生ものが調理済みで、ぽんと出てきたら不気味この上ない。萩谷でさえ神妙な顔をしている。

 「まあ、味がちゃんとあるなら……ん?」

 何が出てきたのか見ると湯豆腐に冷ややっこに豆腐いっぱいの味噌汁とサラダに揚げ豆腐……全部豆腐じゃないか。白米にまで豆腐が乗っているのはどういうことだ。

 瞳を見ると、この世の終わりでも見たかのような顔をしている。

 「萩谷、説明しろ」
 「知るか」

 そういえば瞳が豆腐嫌いなのはリサーチ済みだったが、なぜ嫌いなのか調べていなかった。その理由が、これでわかった気がする。

 「さあ、めしあがれ」

 笑顔で雫は言った。

 とりあえず、座布団に胡坐をかいて座って食べてみると意外とうまい。そうだ、こういう時にこそ料理の味を褒めておかなければいけない。好感が持てる方法第一だ。

 「とてもうまい。どうやって味を再現してるのかわからないけど、うまい」
 「ありがとうございます。もっと食べてくださいね」

 すると、ちゃぶ台に豆腐カレーが出現した。瞳が噴き出したが、雫は気付かない。

 「ちなみに豆腐以外の物は?」
 「ないわ」

 今、恐るべき豆腐への執念を感じた気がした。

 「あ、お義母さん! 障子の向こうはどうなっているんですか?」
 「障子? なんの変哲もない洞窟だけど」

 開いてみせた瞬間に、瞳の皿から豆腐を奪う。これなら彼女でも食べられるはずだ。

 「雫さん、では畳の下は?」
 「ただの地面だけど」

 萩谷が真似して瞳の豆腐を盗み出す。お互いの視線があうと瞬時に理解した。これは豆腐を奪う数イコール好感度なのだ。そうと決まれば、瞳の食事を我先に食い尽くすまで。

 「あら、なんだか二人の食べる量が減ったわね。代わりに瞳が食べ始めたわ」
 「もちろん僕も食べてるよ」

 そう言って雫が目を離した瞬間に瞳が持っていた皿を奪う。

 「お前、それ半分雨宮が食べたものじゃないか!」
 「ああ、気付かなかった」

 どうりで瞳の味がする。

 そんなことを繰り返し、夜は更けていった。次第に食べる量より会話する数の方が増えていき、僕達はなんでもない話に花を咲かせた。

 「今の制服はそういう意匠なのですか。随分とハイカラなのですね」
 「女子のは派手な気もするけど。昔は違ったのか?」
 「私の頃は学ランと黒セーラーでしたから。なんだか懐かしいですね。瞳も中学に入る前に見せてくれましたよ。あの時はとても嬉しそうでした」
 「嬉しそう、だったか」

 こうしてみると、雫は同い年の少女の姿でも心は母親なのだろう。不思議な感覚だが、ここにいるのは間違いなく親子なのだ。

 「もしかしたら」

 僕は二人が話し合う横で萩谷に小声で話しかけた。

 「寸鉄を打ってほしいとか言い訳だったのかもな。すぐに瞳が帰ってしまわないように」
 「確かに。結局一人でできるものだしな」
 「二人とも、何をこそこそ話しているんです?」
 「誰がこいつと話すか。気持ち悪い」

 自分らしくない。この空気に当てられて気が緩んでしまった。だが、無理もない。瞳が今までないほど喋って、それに僕や萩谷が話を付け足す。逆にこちらが雨宮は、と言えば彼女はそんなことないと反対して言い返す。雫はそれを穏やかな笑顔で聞いている。

 言うなら、『日常』だ。憎しみあう外野でも今だけは瞳のために協力して盛り上げた。

 「奇跡だからな。死んだ母親と話せるなんて」
 「そうだな」

 僕には好きな人以外に対する感情はわかないから、充実感も喪失感も人間関係では感じることはできない。こうして瞳が喜んでいてもそれが何なのか理解することもない。それでも会話の中で一瞬見せた彼女の表情は、僕の中でも最高のものとなった。

 「雨宮が楽しいならよかった」
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