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序
19節『ストーカー男の孵化』
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雨宮神社に着いた。車から飛び出し、石段を登っていく。遠藤と鏑木も一緒だ。僕は二人に構わず、一目散に登っていった先に見知った姿を見て足を止めた。
「雨宮!」
「樫崎くん――」
石段を三分の二ほど駆け上がった先に雨宮はいた。その姿はいつか見た巫女装束。背中に細長い木製の箱を背負っている。
「それは――刀か。戦いに行くのか雨宮。怨霊ではなく人間と」
「……そうよ。私の敵は一つじゃない」
雨宮はいつもと同じ静かな口調で言った。
「笹本さんが青鷺に拉致された。ついさっき、私のところに鳥の目の人達から電話が来たところ。今すぐ私は行かないといけない」
「笹本が!? なぜ?」
「彼らは直接、私と話がしたいのよ。どいて、急がないと」
そう言って雨宮は僕のそばへと降りてくる。横を駆けられる前に僕は彼女の正面に立った。怪訝な顔をする雨宮。そこに遠藤と鏑木が追いついてくる。
「駄目だ、渡! いくらなんでも止められやしない!」
「雨宮さんから離れて!」
「そうよ。あなた達には関係ないこと。これ以上、邪魔をするなら容赦はしないわ」
鋭く睨み付けられ、その声に周囲がしんと鎮まる。だが――
「ああ、これだった」
懐かしい。今となっては随分前、彼女に初めて会った時にされた罵倒に似ている。
「関係ないことはない。僕も晴れて被害者の一人だ。君と関わったその瞬間から、きっと決まっていたんだろうけど」
「何を言っているの。雨宮家と青鷺の問題よ。どうして一般人がでしゃばるの」
「雨宮がいるところに僕がいるのは当然じゃないか。何を言われても僕はついていくぞ」
「いい加減にしてよ! いつもいつもくだらないことで動いて! それに、私には青鷺からあなたを守る自信はないの! 鳥の爪だけじゃない、怨霊からも!」
悲痛な彼女の声が響いた。思わず僕も声に詰まる。前は守らないといけないと言っていたのに。それが彼女の本心か。
彼女の肩にかかった木箱が揺れる。気付いた時には、散乱する木のパーツと白く輝く刀が僕を狙っていた。
「さすがに無理よね。いくらあなたが嗜虐的にされるのが好みでも」
「渡! もうそれはただの脅しじゃないぞ!」
遠藤が叫んだ。
「青鷺の裏切りだろうが何だろうが、雨宮家に楯突くのは街の治安を守るのを妨害することと同じだ! それを防ぐために、巫女の自衛権――殺人権がある!」
「そうよ。人を守るために人を殺す。あなたはどっちの人間?」
凛とした声で彼女は問う。僕は――、かすれた息が漏れた。僕は何者だ。振られた人間だ。想い人に捨てられ、彼女の影だけを追い続けて人に振られ続けた人間だ。そこに純愛は存在しない。人を駒として扱い、今ですら笹本の生死などどうでもいい。だが、
「君を好きな人間だ」
それだけは言える。はっきりと。クラスメイトの誰かが死んでも、大きな事故で大勢死んでも、どこかの国が滅んで数億人が死に絶えても、
「たった一人、君だけ生きていれば最高だ」
欠けた人間。きっと僕は頭のどこかが壊れている。
雨宮も信じられないという表情で僕を見ていた。
「なので、僕も死んでもいい。この命は誰かを愛することで燃え尽きる。それでいい。もう苦しみたくない。ただ、ここまで来て捨てられるのは嫌だ」
対価がほしい。エゴだ、邪まだと罵られてもいい。もとより恋愛とはそういうもの。これが駆け引き。数多もの貢献の末に得られるのが愛情だ。それこそ理性ではない、人間の本性。たとえ自分が死んでも愛さえ僕に手向けられるなら文句はない。
そのためには、まだやることがある。
「君が僕を守るんじゃない。僕が君を守る。話は以上。告白の返事は生き残ってから」
「――……何なの」
雨宮は刀を持つことに疲れたのか腕を下した。これ以上ないほどのプロポーズに絶句しているのだろう。野次馬が何人かいたのが残念だ。
「そうか。それが君の覚悟のほどか」
その時、頭上から声が聞こえた。見上げると鳥居の前に雨宮の父親がいる。いつからいたのか、彼もまた鋭い眼差しで僕を見ていた。
「確かに君の人格は少しではなく壊れているようだ。樫崎といったか、君の結末はこの街の宿命に切られるだけだ。いまだ何の武器も持たないようであれば」
「今から仏門に入ろうか」
「破戒僧か、たわけ。それに神社は神道だ。……まあ、いい。瞳、とにかくそこな少年は死ぬ覚悟だけはあるようだ。同行を許せ」
「お父さん!」
まさかと振り返る彼女。だが、父親はかぶりを振った。
「守る必要はない。何もするな。強いていうなら、お前の戦う姿を見てもらえ。考えが変わるかもしれん」
「……っ」
苦渋の表情で雨宮は黙った。だが、これで行くしかないだろう。道は決まった。
「で? お前達はどうする」
「え、いや」
遠藤達を見ると彼らは顔を見合わせた。遠藤が困ったように笑う。
「今更止めようもないよ。あんなもの見せられちゃ。それに、笹本のことも気になるし一応ついていくよ。鏑木は?」
「僕には戦う力はないんだ。だから、遠くから応援する」
「そうか。それがいい。悪いな、ここまでやってもらって」
遠藤は彼の肩を叩きながら言った。そこで僕は雨宮へと向き直る。
「それで笹本はどこにいる?」
「……私達のよく知る場所よ」
疲れた顔で彼女は言った。
「雨宮!」
「樫崎くん――」
石段を三分の二ほど駆け上がった先に雨宮はいた。その姿はいつか見た巫女装束。背中に細長い木製の箱を背負っている。
「それは――刀か。戦いに行くのか雨宮。怨霊ではなく人間と」
「……そうよ。私の敵は一つじゃない」
雨宮はいつもと同じ静かな口調で言った。
「笹本さんが青鷺に拉致された。ついさっき、私のところに鳥の目の人達から電話が来たところ。今すぐ私は行かないといけない」
「笹本が!? なぜ?」
「彼らは直接、私と話がしたいのよ。どいて、急がないと」
そう言って雨宮は僕のそばへと降りてくる。横を駆けられる前に僕は彼女の正面に立った。怪訝な顔をする雨宮。そこに遠藤と鏑木が追いついてくる。
「駄目だ、渡! いくらなんでも止められやしない!」
「雨宮さんから離れて!」
「そうよ。あなた達には関係ないこと。これ以上、邪魔をするなら容赦はしないわ」
鋭く睨み付けられ、その声に周囲がしんと鎮まる。だが――
「ああ、これだった」
懐かしい。今となっては随分前、彼女に初めて会った時にされた罵倒に似ている。
「関係ないことはない。僕も晴れて被害者の一人だ。君と関わったその瞬間から、きっと決まっていたんだろうけど」
「何を言っているの。雨宮家と青鷺の問題よ。どうして一般人がでしゃばるの」
「雨宮がいるところに僕がいるのは当然じゃないか。何を言われても僕はついていくぞ」
「いい加減にしてよ! いつもいつもくだらないことで動いて! それに、私には青鷺からあなたを守る自信はないの! 鳥の爪だけじゃない、怨霊からも!」
悲痛な彼女の声が響いた。思わず僕も声に詰まる。前は守らないといけないと言っていたのに。それが彼女の本心か。
彼女の肩にかかった木箱が揺れる。気付いた時には、散乱する木のパーツと白く輝く刀が僕を狙っていた。
「さすがに無理よね。いくらあなたが嗜虐的にされるのが好みでも」
「渡! もうそれはただの脅しじゃないぞ!」
遠藤が叫んだ。
「青鷺の裏切りだろうが何だろうが、雨宮家に楯突くのは街の治安を守るのを妨害することと同じだ! それを防ぐために、巫女の自衛権――殺人権がある!」
「そうよ。人を守るために人を殺す。あなたはどっちの人間?」
凛とした声で彼女は問う。僕は――、かすれた息が漏れた。僕は何者だ。振られた人間だ。想い人に捨てられ、彼女の影だけを追い続けて人に振られ続けた人間だ。そこに純愛は存在しない。人を駒として扱い、今ですら笹本の生死などどうでもいい。だが、
「君を好きな人間だ」
それだけは言える。はっきりと。クラスメイトの誰かが死んでも、大きな事故で大勢死んでも、どこかの国が滅んで数億人が死に絶えても、
「たった一人、君だけ生きていれば最高だ」
欠けた人間。きっと僕は頭のどこかが壊れている。
雨宮も信じられないという表情で僕を見ていた。
「なので、僕も死んでもいい。この命は誰かを愛することで燃え尽きる。それでいい。もう苦しみたくない。ただ、ここまで来て捨てられるのは嫌だ」
対価がほしい。エゴだ、邪まだと罵られてもいい。もとより恋愛とはそういうもの。これが駆け引き。数多もの貢献の末に得られるのが愛情だ。それこそ理性ではない、人間の本性。たとえ自分が死んでも愛さえ僕に手向けられるなら文句はない。
そのためには、まだやることがある。
「君が僕を守るんじゃない。僕が君を守る。話は以上。告白の返事は生き残ってから」
「――……何なの」
雨宮は刀を持つことに疲れたのか腕を下した。これ以上ないほどのプロポーズに絶句しているのだろう。野次馬が何人かいたのが残念だ。
「そうか。それが君の覚悟のほどか」
その時、頭上から声が聞こえた。見上げると鳥居の前に雨宮の父親がいる。いつからいたのか、彼もまた鋭い眼差しで僕を見ていた。
「確かに君の人格は少しではなく壊れているようだ。樫崎といったか、君の結末はこの街の宿命に切られるだけだ。いまだ何の武器も持たないようであれば」
「今から仏門に入ろうか」
「破戒僧か、たわけ。それに神社は神道だ。……まあ、いい。瞳、とにかくそこな少年は死ぬ覚悟だけはあるようだ。同行を許せ」
「お父さん!」
まさかと振り返る彼女。だが、父親はかぶりを振った。
「守る必要はない。何もするな。強いていうなら、お前の戦う姿を見てもらえ。考えが変わるかもしれん」
「……っ」
苦渋の表情で雨宮は黙った。だが、これで行くしかないだろう。道は決まった。
「で? お前達はどうする」
「え、いや」
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「今更止めようもないよ。あんなもの見せられちゃ。それに、笹本のことも気になるし一応ついていくよ。鏑木は?」
「僕には戦う力はないんだ。だから、遠くから応援する」
「そうか。それがいい。悪いな、ここまでやってもらって」
遠藤は彼の肩を叩きながら言った。そこで僕は雨宮へと向き直る。
「それで笹本はどこにいる?」
「……私達のよく知る場所よ」
疲れた顔で彼女は言った。
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