青い月の下で

大川徹(WILDRUNE)

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17節『クソ回顧録の真実』

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 「渡―――っ!!」

 意識を失いかけたその時、前にいた男が吹っ飛ばされた。同時に後ろの男もバランスを崩し、僕も地面へと倒れこむ。その時に口に入れた脱脂綿が落ち、大きく咳き込んだ。

 「何だ……?」

 さらに何度か破裂音がする。パンッというよりボンッという音。男達は口々に何かを言うと、あっという間にいなくなった。僕は垂れた唾液をつばで吹き飛ばし、にじむ視界をぬぐって顔を上げる。そこにいたのは遠藤だった。

 「大丈夫か?」
 「お前……なんだそれ」

 彼が持っていたのは銃に似た何かだった。長さは猟銃に近く、幅はもっと大きい。すると、彼はそれを隠すように背中へと回す。

 「まあ……趣味だよ。俺だって、こんな町中で撃つなんて思わなかった」
 「じゃあ、偶然なのか?」
 「いや、それも少し違う……かもしれない。とにかく来てくれ。こんなもの誰かに見られたらまずい」

 そう言って遠藤は僕に手を伸ばすが、僕は何も言わずに自力で立ち上がった。彼は「そうか」とぽつり漏らすと、「あっちだ」と言って小走りに駆ける。僕はまだ足元がおぼつかないが、それでも歩いた。

 たどり着いた先は離れに止めてある黒塗りの高級車。中には鏑木と運転手がいた。

 「樫崎くん!? じゃあ、やっぱり……」
 「鏑木、さすがにお前に高級車は似合わないぞ。誰の車だ」
 「渡……、本当にお前、男には興味ないんだな」

 冗談を言ったはずなのに遠藤に真顔で返された。よくわからないが、僕も車に乗る。中は結構広かった。

 「俺は学校を休んでいる間、しばらく鏑木のところにいたんだ。電話して一日は門前払いだったけど、今はこうして協力してもらってる。鏑木は――御三家の最後の一つだ」
 「――――」
 「俺がどうしてこんなことをしたのかというと……単刀直入に言って、お前を助けたかったんだ。俺は関わるなって言ったけど、今の渡は絶対に聞かないと思ったし。近いうちにまた動きがあるって聞いて、こうしてゴム銃をもらって試し撃ちをしていた」
 「待て。よくわからない」

 鏑木が御三家の一つだ? そんな事実、僕は知らない。大体、この二人に面識なんてなかったはずだ。

 「ああ。じゃあ、そこから説明する。まず、俺……というか俺の家は渡達と違って街にずっと古くからある家柄なんだ。渡や優介は数世代前に街に引っ越してきた家だろ。他にも俺みたいな家は多くて、自慢じゃないけど一番の違いは歴史の深さ」

 例えば、と遠藤は続ける。

 雨宮家についての噂を真実に近いレベルで知っているとか。新しい家は隠蔽体制もあって、誤解や噂だけを修正されないまま信じ込んでしまうとか。地元の名士という認識程度だ。

 「だから、俺は最初から言わなかっただけでいろいろ知ってたんだ。肝試しの時も、萩谷が現れた時も。大変な事態が近づいているのはわかってたから、なんとかして遠ざけたかった。でも、俺が知っている渡と今の渡は違う。それでも――」
 「余計なお世話だ」

 僕ははっきりと言った。

 「確かにさっきは助けられた。それには感謝するが僕の邪魔はするな」
 「樫崎くん……」
 「鏑木もそれが本当ならもっと早く言え。第一、僕なんかにぱしられるな」
 「そんなことより! 渡、例のあの子のことはどうする」

 遠藤が声を荒げた。一瞬、悲しい顔をしたが、それはめずらしい。僕も彼に向き直った。

 「……乗り換えようかと思った」
 「乗り、換える?」

 遠藤の目が驚愕に見開く。

 「……予想してなかったけど、いや待て。そんな……」
 「ただ、萩谷が信用できないからやめようかとも思った」
 「それはそうだ。いや、待て……違う。俺はそんなことを聞きたいんじゃなくて……。なぁ渡、一度聞いてみたかったんだけど、愛ってお前にとって何だ?」
 「愛?」

 僕は首を傾げた。

 「たとえば……自分が死んでも構わないほど、相手に生きててほしいと思うことだ」
 「死――」
 「当然だろ? その代わりに相手も僕を同じように思ってくれれば文句はない。少なくとも一割くらい返してくれれば、いいけど」
 「そうか。道理はあってるのに、致命的なまでに手段が歪んでしまったんだな」

 遠藤は俯き、呟くように言う。

 「一方通行だ。なのに、それだけで渡は満足してしまう。あの子は……お前を変えてしまったあの子はそんなふうにお前を好いてくれたのかもな。でもさ」

 遠藤は再び語気を強めた。

 「価値観が変わったから愛は終わった。結局、捨てられたんだお前は」
 「……は?」
 「客観的に見てさ。死って言葉が出てくるほど愛を重いものと俺は思ったことないんだ。そりゃ、これから思うこともあるかもしれないけどさ。……あの子は全然そんなことなくて、ただ単に数年のうちに価値観が変わったんだ。その頃にはお前に対する興味はなかった」

 その言葉に目を見開く。遠藤が何を言っているか、さっぱりわからなかった。

 「例えば、女子が男子を好きになるところってどこだと思う? 顔のよさ? 話が面白いところ? それとも足の速さ?」
 「……」
 「マジでわからないって顔してるな。ちなみに、あの子のタイプはかわいさだったらしい。でもさぁ、男でかわいさって……。見た目も中身も変わっていく俺達からしたら儚いもんだぜ。桑谷みたいに嫌味な言い方だけど、あえて言わせてもらうなら」

 遠藤は軽く息をついて言った。

 「お前は身長が高くなり男らしくなり、かわいくなくなった。以上だ」
 「……」

 何と言っていいかわからなくて、僕は銃を取ろうとした。なのに、すんでのところで彼に取られて逆に銃口を向けられる。

 「まだ理解できないか? 愛が重すぎるんだお前は。しかも、自分が愛せば向こうも必ず愛してくれると思っている。だからストーカーなんだ、お前は!」
 「遠藤!!」

 銃身をつかみ、相手が撃てないのを承知で銃身を横へ向ける。だが、遠藤の口撃は止まらない。

 「今更、あの子を呼び戻しても渡には見向きもしないぞ。所詮、恋は盲目だ!」
 「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
 「お前が変わるしかない!」
 「変わるって何だよ」
 「自分の好きを貫くんじゃなくて、相手に好きになってもらうことだ! お前は雨宮のために自分を変えたことはないのかよ!」

 それは――そうかも、しれない。好きな子ができた時、いくら嫌われようが僕は理解しなかった。僕を好きにならない向こうが悪い。玉砕を重ね、嫌われる意味をわかってきた僕は同じ失敗をしないように自制していたけれど、そんなこと本気で考えてこなかった。

 僕の手から力が抜けるのがわかった。

 「ようやくわかったか」

 遠藤は銃を取り上げて車の奥に隠すと、大きくため息をついた。

 「正直、何もしないでくれと思ってる。だけど、雨宮には……やっぱり助けが必要だとも思う。もし渡が本気で今も雨宮が好きだって言うなら、俺だって協力したいんだ。前と違って、今回は本気で関わる」
 「樫崎くん、それでも雨宮さんを変えるんじゃないんだよ」

 今まで黙っていた鏑木が口を挟んだ。

 「雨宮さんを変えるのは不可能だ。同じ御三家の立場だからわかる。変わるのは樫崎くんだ」
 「自分を……雨宮が好きになるように……」

 考えてみた時、一筋だけ胸のうちに光が射した。それは至極単純なこと。ヒーローがヒロインを救う、あまりにも王道過ぎて下らない愉快痛快な物語。

 「なるほど。やっとわかった」
 「その顔なら本当にそうだな」
 「後ろから不意討ちして眠らせて手足を縛って、どこか人の来ない場所に監禁してから彼女が僕のことを好きだと言ってくれるまで洗脳するとか、そういうことじゃないんだな」
 「当たり前だ」

 僕は頷いた。

 「逆に彼女を困らせる悪いやつを倒しに行けばいい」
 「そういう……ことになる」
 「遠藤くん、今地雷踏んだよ」
 「わかった。なら絶対に通報するなよ」

 そこで僕は運転手へ声をあげた。

 「雨宮神社へ向かってくれ」
 「問題はそれがとてつもなく難しいってことなんだが」
 「何言ってるんだ。そこまで言ったからには力を貸せ。不可能ばかりで気が滅入ってたけど、ここに御三家のぱしりがいるなら話は別だ。まずは青鷺から雨宮を取り返すぞ」

 それに僕が黒服に拉致されかけたということは、青鷺の裏切り者がまた何か企んでいることは間違いない。なら、次に狙われるのはやはり雨宮だ。

 「最大の問題は彼女をどうやって自由にするかだ。いっそ神社を燃やしてしまうか……?」
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