青い月の下で

大川徹

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14節『幕間・最後の御三家』

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 「お互い大変でしたね」
 「うん……」

 あれから一時間が経った。部屋は元通りになり、静寂に包まれている。男達ももういない。雨宮父と萩谷父はすぐにどこかへ姿を消し、残った人達は部屋の片付けをしてから去っていった。今は萩谷魁斗と鏑木修太の二人だけ。部屋の隅のソファーに座り話をしている。

 「危ないところでした。萩谷家率いる青鷺は分裂してしまいましたが、鏑木家が戦場にならなくてよかった」

 樫崎達とは違い、慇懃無礼に話す萩谷。それはそうする価値のある相手だと判断しているからだ。対する鏑木にそうした風格は一切ない。

 「僕には君達みたいな戦う力はないからね……」

 そう彼は呟くように言った。

 御三家の最後の一つ、鏑木家。それがつかさどる領域は経済だ。怨霊が漏れないよう浄化する巫女、その巫女を守る兵隊達。なら、次は彼らの生活を支える者が必要だった。古くは林業や鋼業で財を成してきたというが、他の二家と異なるのは外交的という点だ。

 街を取り囲む山々が外の世界と切り離している以上、街単独では産業は発展しない。そのため外部へ進出し、都会からあらゆる知見を手に入れた。

   それらの情報は村の発展を助け、また雨宮家や萩谷家にも多くの情報を与えた。明治維新以降、国の統制下に置かれても御三家による街の管理体制が崩壊しなかったのは、外部の情勢に敏感な鏑木家が逸早く各方面に根回ししためだ。その結果、独立した行政区を獲得できたとされている。

 青鷺の知略にも似たところがあるが、それは鏑木家のやり方を真似したからだ。

 「本来、私達は協力できるはずでした。いや、そうしてきた。それがこうして反逆の場として利用されたのは私達にも禍根があるからです。申し訳ない」
 「そんなこと……」

 だが事実、内部に重きを置く萩谷家と鏑木家では方針に宿命的な差があった。それが近代に入り、経済格差が大きくなったことで致命的になったのだ。鏑木家が発展に尽くしたことが皮肉にも青鷺内部にも確執を生んだ。

 「今日はそちらの当主がいなくてよかった……。ビジネスですか?」
 「まあ、そうね……」

 曖昧に濁す鏑木。会議ではなく出張を優先したと言えば、御三家どころか街そのものを軽視した態度だと明言してしまうだろう。狭間に立つ彼は苦悩だ。

 「力どころか僕は全体的に弱いよ。それに比べて君はすごい」
 「そうでもないですよ。戦闘集団での私は……」

 かぶりを振る萩谷。しかし彼が一瞬見せた、含みのある表情に鏑木は気付いていない。

 「それより、未来の話をしましょう。私の父が消えたのも本部に戻るため。きっと翁はすぐに手を打ってくるはずです。加えて急進派は皆、精鋭の武闘派揃い。あなたもしばらくは屋敷で過ごした方がいいです」
 「拉致されて身代金を要求されるとか……?」
 「あり得ます。事情は不明ですが、なりふり構っている様子ではありませんでした」

 それを聞いて鏑木は震える。

 「青鷺からSPを用意したいところですが、残った者の中にも翁のスパイがいるかもしれず……、申し訳ありません。しかし、あなたは機転の利く方だ。ウィップに富むと言いますか」
 「う、ウィップ!?」

 ぶんぶんと鏑木は首を横に振る。それを見て萩谷は目を細めた。

 「失礼ながら……調べた情報では純粋な力関係が上の人達にも臆することも虐げられることもなく、複雑な人間関係を泳いでいると聞いたのですが」
 「ないない! そんなこと絶対ない! 僕はただ家が金持ちでコネもたくさんあるから、それ目当てに人が寄ってきているだけだよ。ぱしりもするし、たかられもする」
 「はぁ……。なら、御友人に自身が御三家だと打ち明けないのも打算的に隠しているわけではなく?」

 そうだと鏑木は深く頷いた。

 まあ……確かにこの雰囲気ではと萩谷は思う。人のよさそうで弱そうな彼ではまず真っ先にいじめられる。萩谷が最初に高評価したわけは、樫崎渡に金だけの存在として利用されるのではなく、金を巻き上げられるどころか僅かでも金をもらっているからだった。そうか、つまり身分を偽ったのではなく単純に樫崎がバカだからかと彼は思った。

 「彼は外来の家の子でしたね。調べればすぐにわかることでしょうが、樫崎くんは他のことに一辺倒になる余り気付かないままかもしれません。しかし、一人はもう気付いてます」
 「桑谷くんのこと?」
 「いろいろ釘を刺しておいたから大丈夫でしょうが、ともかくあなたはあなたのままでいればいいです。他に何もすることなく、決して巫女の件に関わろうとしないこと。お忘れなく、次期当主」

 そう言って萩谷は立ち上がった。鏑木に対し、手を差し出す。

 「私も、もう行かなければ。久しぶりにこうして話せてよかったですよ」
 「うん。次に会う時は何もなければいいね」

 鏑木も手を出し、二人は握手する。萩谷はにっこりと笑って、すぐさま踵を返して出ていった。その後ろ姿を彼は何とも言えない気持ちで見送る。そうして彼は部屋に一人となった。

 「本当に……何もしなくていいのかな……」

 広い室内に彼の独り言が小さく消える。その代わりに、電話の音が響く。屋敷の隅に置かれた電話機からだ。このタイミングで……と彼は思いながら受話器を取る。

 「もしもし? え――誰?」

 それは彼が聞いたことのない女性の声だった。

鏑木修太
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