青い月の下で

大川徹(WILDRUNE)

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6節『他人の価値』

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 翌日――
 
 「雨宮さん、病気はよくなったの?」
 「え? ……う、うん」

 雨宮は普通に登校していた。周囲の女子達に気遣われている様は、まるで普通の女子だ。本人も戸惑っているのか、回りをうろうろと見ては視線を落とす。彼女が自分の席に着くのを見ながら、僕は果たして昨日の出来事が夢なのではないかと空目した。
 
 ――というか、実際そうなのではないか?
 記憶の断片をかき集めてみても非常識と非日常が混ざり合わさり、何が本当だったのかわからない。雨宮が休んでたことも巫女服で現れたことも幽霊騒ぎも、実は嘘でした! なんて言えば通じる勢いだ。雨宮に頬を触られたことだって――
 
 「ふ……へへへへへへへへへ」
 「おい、どうした」

 我ながら欲望が満たされ過ぎて笑いが漏れてしまう。前の桑谷が引き気味に呟いたが、お前なんか雨宮と比べれば転がっている墓石と同じだ。黙っていてほしい。
 
 そのまま雨宮を見続けていると、ふと視線があった。思わず「おーい」と言おうとした時、
 
 「樫崎って、やべえよな」

 そんな声が聞こえた。僕の思考が一旦止まり、心の奥底が急速に冷えこむのがわかる。
 開きかけた口を閉じて視界の端で声の主を探すと、雨宮がいる席から対角線の位置に男子達が固まっているのが見えた。
 
 「昨日のあれ、全部仕込みの嘘だったんだぜ?」
 「雨宮に近づくために……」
 「SNSの雨宮の話だって、どこまで嘘か本当かわからないぞ」

 口々に叩かれる陰口。声は大きくないのに僕の耳に飛び込んでくる。おかしいな、陰口ってのは対象がいないところでするものなんだけどな。
 
 僕は再び雨宮へと視線を移した。彼女は自分の席でも女子達に囲まれていて、他には何も聞こえていない様子だ。それに少し安堵し、僕は立ち上がった。
 
 「…………」

 途端に止むノイズ。しかし、僕は何も言うことなく教室の外へと出た。何も気にすることはない。いつものことがようやく始まっただけだ。
 
 「待て、渡」

 後ろから呼ぶ声がする。振り向く必要はない、その声の主は遠藤だ。
 
 「どこに行くんだよ、俺からも話が――」
 「ついてくるな」

 はっきりと言い放った。
 
 「お前には僕の友人役として、雨宮の好感度を下げないためにあいつらの陰口を止める必要がある」
 「なっ、なんだよそれ!」
 「言葉の通りだよ」

 そう言って振り返ると、遠藤は開いた口を何度か動かした後に僕をにらみつけた。数秒間のブランクは今までの僕の態度と違いがありすぎたからだろう。遠藤の目には怒りと狼狽の影があった。
 
 「まるで人を物のように――昨日のお化け役もお前がやらせたのか!」
 「だから?」
 「だからって、なんとも思わないのか!?」
 「思わないとも。僕以外は皆人形だ」

 憮然と応えると、遠藤は黙った。僕から目を背け、何を言おうか迷うそぶりを見せる。僕が行こうとすると彼は押し殺した声で言った。
 
 「それでも少しくらい説明したらどうなんだ。昨日の肝試しは有耶無耶になったままだ。今ならまだ間に合う。渡が謝ってくれれば」
 「雨宮について何も言わなかったお前に、僕が何を言うことがある」
 「それは――っ」

 顔を上げる遠藤に、背を向けて今度こそ歩き出す。つまらない友達ごっこは終わりにしよう。小学校での記憶など、僕にとってはもうないものだ。
 
 「人は遠くに行く。いつまでも同じ場所にいると取り残されるぞ」
 「そんな人間が誰かに好きになってもらえると思うなよ!」
 「はは」

 それはひどい冗談だ。何が人を遠くに連れていくかも知らずに。
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