青い月の下で

大川徹(WILDRUNE)

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4節『肝試し』

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 肝試しの日が来た。時刻は午後七時過ぎ。既に日は暮れ、五月とはいえ夜は少し寒い。特に、待ち合わせ場所が鳥居の真下というのが荒涼感を余計に感じさせた。
 
 「そろそろ揃ったか?」
 「まあな」

 雨宮神社の山の麓、石段の入り口に僕達は集まっていた。見まわすと、遠藤に桑谷という見知った顔から僕が呼んだクラスメイトが何人かいる。女子にも声はかけたが、ここにいるのは男だけだ。華はないが僕は雨宮以外に興味はない。
 
 「じゃあ、行こうか」
 「幽霊なんていないってことを証明しにな!」

 なぜか遠藤が張り切っている。教室で誘った時とだいぶ雰囲気が違うが、普段はこんな感じだと思い返す。桑谷も怖がっているようには見えないし、たまたまその辺で会ったような顔だ。頭上はいわくつきの神社だというのに。
 
 「笹本は?」
 「誘ってない」

 いたら、それこそ雰囲気ぶち壊しだ。
 
 「妥当な判断だ。大声出して近所迷惑になる」
 「上から神主が怒鳴り込んでくる方が俺は怖い」

 桑谷の発言に遠藤がうなずく。
 僕は持ってきた懐中電灯をつけて言った。
 
 「ルートは前に説明したけど、もう一度言うよ。まずはこのまま石段を上がって、神社に行かずに裏の墓場の方へと回る。そこを見て回った後に、ここへ戻ってきて最後に神社へと行こう。何かついてきたら、境内で払い落すんだ」
 「むしろ神社がクライマックスみたいだな。落ちるのか?」
 「噂の龍がいるんだ。なんとかなる」
 「その方が面白いしな!」

 和気あいあいとしながら、僕達は石段に足をかけた。周囲に明かりはなく、頭上は空っぽの闇が広がっている。明かりで照らしてみても不気味だ。ふとガサガサという音が聞こえ、全員が一瞬鎮まる。僕はそっと懐中電灯を向けると、木々が揺れているだけだ。
 
 「風あったか?」
 「たぬきかもしれないぞ」

 クラスメイトの声に僕は返す。
 ふと空を見上げれば、曇っているのか何も見えなかった。どこを向いても闇。僕達はそのまま進んで、より一層の闇に飲まれていく。
 
 そして、十分くらいした頃だろうか。周囲の木々の音がなくなり、開けた場所へと出た。照らしてみると、そこはもう墓場の中。どうやら柵があるというわけでもなく辺り一帯に乱雑に墓石が立っているようだ。

 「昔、墓参りに来たことあるんだけどさ」
 後ろにいる誰かが言う。
 
 「神社は立派なわりに、墓場は全然そうじゃないんだよ。整列されてないどころか無縁仏みたいな苔むした墓があちこちにある。雑草だって」
 「広いから手入れできないのかもな」
 「どうりで出るとか言われてるわけだ」
 
 闇の中で照らされる墓場は確かに不気味だが、おそらく一人で昼に来ても同じだったはずだ。周囲を見渡しながら僕は耳を澄ます。遠藤も無言の中、何も聞こえない。誰も彼も黙ったまま僕は一歩踏み出し歩き始めた。

   舗装されていない砂利道を、墓石を避けながら歩いていく。時々ある凸凹に気を取られ、自然と目線は足元へと落ちた。闇をのぞけば得体のしれないものが見えるだろうに、そんな余裕も暇もない。黙々と僕達は進み、やがて木々の音が近づくところに来た。
 
 もう参道が近い。その時、桑谷が突然声をあげた。

 「随分思い切りがいいんだな」
 「何が?」
 「たいして怖がりもせず、道に迷いもしなかった。まるで何度も来ていたみたいだ」
 「……来たのは初めてだよ。それに僕が怖がってたら困るだろ」

 そう言って懐中電灯を彼に向ける。桑谷は目を細め、光から守るように手で顔を隠した。
 
 「初めて? 熱心な下調べをしたとしても、地図もない闇の中でできるか?」
 「やめろよ、優介。渡が猪突猛進なのは今に始まったことじゃないだろ」
 「そうだが、よく見てたのかお前ら。道に足跡いっぱいついてたぞ。こんな人並み外れた荒れた墓場で誰が来るんだよ。街で誰か死んだ話もないくせに」
 「おいおい優介……」

 遠藤がかばうが桑谷は続けた。
 
 「それに、ここらで聞いておきたいところだったんだ。樫崎、雨宮の病気は一体いつになったらよくなるんだ?」
 「それは――」
 「まさか、この後確認しに行くんじゃないだろうな」

 こいつ――! 僕が今から言うはずだったセリフを、こんなふうに。
 
 「それこそまさか。でも、行きたかったら、」
 「行かねえよ。バカかお前は」
 「――――」
 「やはり、そうか」

 蔑んだ目で彼は僕を見た。
 駄目だ。肉まん事件の時も思ったが、こいつは勘が鋭すぎる。下手に考えれば、その隙が彼に確信を与えてしまう。
 
 「一人で行けない話は前に聞いたが、今はこの人数で肝試しの途中だ。全員で見舞いに行けば、ストーカーだとは雨宮はともかく親の神主には悟られない。それでも、こんな夜に浅はかだぜ」
 「渡、嘘だろ?」
 「僕達を利用した……?」

 遠藤も後ろのクラスメイトも言いよどみながら僕を見る。僕は「そんな不自然なことするわけない」と笑って言ってみせたが、直後に桑谷が言った。
 
 「樫崎、笹本から聞いたがSNSのグループには自分から入れてくれるよう頼んだらしいじゃないか」
 「えっ」
 「何もかもこいつはおかしいんだよ。お前らもそうだ。他人の個人情報をSNSで垂れ流しにしやがって。正気の沙汰か!」
 
 その瞬間、僕の中にある何かが爆ぜた。
 懐中電灯を切り、一瞬で周囲が闇の中に飲み込まれる。光に慣れた目では、もはや何も見えない。それが合図だ。

 『―――――――っっっつ!!!』

 突然、奇怪な音が響き渡る。遠くで物が倒れる音がし、ガンガンと何かがぶつかりあっている。僕達の誰かが叫び、すぐそばで倒れる音がした。僕はそれと同時に前へと走り出す。
 
 浅はか? 正気の沙汰だと?
 不自然を自然にする鍵は今ここにあるんだよ!
 
 ダダダダダダッと足音響かせ、走り寄る気配がすぐそばで通り抜ける。計画より強引だが、このまま神社まで――と思ったその時、何か鈍い音が背後からした。そして、後ろから刺した光に思わず立ち止まる。
 
 ぞっとした思いを抱えて振り向くと、そこに怪異の正体が倒れ伏していた。黒い布をかぶり、手にバールのような物を持ったそれは――
 
 「誰だお前」

 桑谷が携帯電話の光で照らしながら、呆けた顔で言った。
 
 そこにいたのは、僕と同じ制服を来た少年だった。背丈は僕より低くて、少し童顔。呼ばれてもいないし、このクラスの人間でもない。知っているのは唯一、僕だけ。以前同じクラスでスクールカーストの低い者同士のつながり。少なくとも遠藤よりは友達で、正確には僕の手駒という情けないやつだった。
 
 「ごめん」

 彼は痛そうに腹を抑えながら情けない声でそう言った。
 ……失敗した。予防線もこのザマか。
 
 「おい、渡。どういうことだ」
 「…………」

 彼は肝試しが終わった時、この場を混乱させるために呼んだ人材だ。全員が油断したところを怪奇現象ないし不審者が出たと神社に逃げる傍ら通報し、その流れで雨宮に会う予定だったのに。想定外の非日常を演出し雨宮と仲良くなる乾坤一擲の策さえ、僕には許されないのか。
 
 「ごめん、樫崎くん……」

 その発言で知らないふりをすることもできなくなった。申し訳なさそうな顔をするな。
 
 今や墓場だとか闇だとか誰も気にしてなかった。全員が僕を見ていた。その光景こそ幽霊より遥かに怖い。サプライズ、純粋な肝試し、まだそうごまかせるか考えた時。
 
 ふと何かが聞こえた。
 気のせいかと思ったが、どこかで誰かが呼んでいる。鏑木を見るが、彼も知らないのか周囲を見回している。桑谷も不審げに視線をそらした。
 
 それはか細く、女のような声。ふと息を吹くような風を感じた。声はそれに流れてくる――いや、こんな風があるわけがない。
 
 「後ろ!」

 遠藤が叫んだ。とっさに振り向くと、視界が霧のようだ。幻覚かと思うが違う。それは人の形、虚ろな穴が僕を覗く靄の人形。すなわち――幽霊。笑ってしまうほど、出来の悪いそれに僕は口を開けることすらできなかった。

 誰かが叫んだ。桑谷の声かもしれない。誰かが走る。誰かが倒れる。周囲は一斉に靄に覆われ、棒立ちの僕は飲み込まれた。
 
 意識が途切れるまで、耳には呼び声が遠く響いた。
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