大道探偵事務所

飛鳥弥生

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『大道探偵事務所』

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 近年、国内各地で警察・自衛隊力では太刀打ちできない不可解な怪事件が頻発し、社会を混乱させていた。
 新興宗教による思想犯罪。続発する陰惨な猟奇殺人。政府組織へのサイバーテロ。闇取引される粗悪なドラッグ。蔓延するコンピューターウィルスとインフルエンザウィルス。自殺を推奨・幇助するアングラサイトやカルト本。悪質なマルチまがい商法。変造硬貨による自販機荒らし。資源ゴミの未分別。絶えない煙草のポイ捨て。笑えない最近のコント。
 それらは一見すると無関係であるが、政府はこれらの背後に「組織」が存在すること、組織の計画によって犯罪と混乱が発生していることを知らないでいる。
 ただ一人、その事実を知り、組織の陰謀に立ちはだかる男がいた。
 その名は……ダイドー少尉!

 正午前、鳩羽美咲{はとばみさき}は手土産を持って、駅前商店街にある雑居ビル二階のドアの前に立ち、そこにかかる看板を見て溜息を一つ、がっくりとうなだれた。たれてくる青みががかった前髪が顔面を覆い、すらりとした体が少し縮む。
 その看板は一メートルほどの縦長の木板で、「大道探偵事務所」とやたらに達筆な書体で刻まれてあった。
「いや、だからここは道場かっつーの……おーい、サー。美咲ちゃんが来てやったぞー」
 ゴンゴンと安作りで埃っぽいアルミドアを拳でノックするが返事はない。返事はないが中に人気{ひとけ}はあった。そして、時折、意味不明な奇声も聞こえた。
「おーい、いるんだろー? 土産あるぞー?」
 奇声が止み、しかしまた始まった。「ほあぁぁぁぁ……」と聞こえ、そこで鳩羽美咲の表情ががらりと変わった。端整な顔立ちは一編、般若となった。
 手荷物とボア付きコートを床に置き、アルミドアの二歩手前に立ち、ふっ、と息を吐いてから、右足を軸に回し蹴りを放った。スリムなジーンズとその先にあるピンヒールが、盛大な音を立てて安作りのアルミドアを突き刺し、屋内に吹き飛んだ。
 手荷物とコートを手にした美咲は、アルミドアの枠をくぐり、ずかずかと屋内、事務所へと進み、
「このあたしをシカトするなんて、いい度胸じゃねーか! サー!」
 事務所の中央に向けて怒鳴った。
 三つの安物ソファーと、仕切り、ローボードと簡単な事務机が一つ置かれた十二畳ほどの事務所。
 そのソファの一つに座る「サー」と呼ばれた、逆三角形で無意味に筋肉の付いたスーツ姿の男は、美咲の鬼の形相を見て、ふん、と吐き捨てた。
「我輩の職場にして聖地たる誇り高き事務所に無断で入り、しかも扉を一つオシャカにするとは、ナイアガラでの古式泳法ほどにいい度胸だな」
 対して美咲は、手近にあった雑誌「ネイチャー」を手に取り、「ふおぉぉぉ」とお得意の呼吸法を始めたサーに素早く近付き、太眉毛の顔面に向けてフルスイング、バン! とこれまた盛大な音が埃っぽい事務所に響いた。
「ふん! そんな打撃で我輩を倒そうなどとは百年早いわ! 修行して出直して来い! ……む? 見ろ、鳩羽。これは我輩の奥歯だ。虫歯はないが、何やら視界がブレておるぞ? ほほう、これは風邪か? なあ、鳩羽よ?」
「どこに向けてんのよ、あたしはこっち! 倒そうなんて思ってなかったケド、しっかり効いてるじゃん。頭、ぐらぐらじゃねーかよ!」

 この、鳩羽美咲という可憐な暴君によって脳震盪{のうしんとう}になりかけの男こそ、あの(どの?)ダイドー少尉である!
 仲間内では敬称を付けて「サー・ダイドー」と呼ばれているが、旧知の仲の鳩羽美咲は「ダイドー」の部分を省略して、サーと呼んでいる。要するにバカにしているのだ。
 サー・ダイドーことダイドー少尉。本名は大道{おおみち}でダイドーはニックネームである。「大道探偵事務所」所長という肩書きだが、事務所のウェブサイトに書かれてある彼の「探偵としての」能力は……よく解からない。

 ウェブサイトを参照すると……、

・空対空ミサイル・サイドワインダーを、野原から素手のオーバースローで地対空発射できる。
・水深四百メートルで領海侵犯した原子力潜水艦のバラストタンクのハッチを素手でこじ開け撃退したことがある。
・アメリカ海軍の合同演習の際、護衛艦のそばに救難用ゴムボートで立ち、二十ミリ機関砲CIWSの速射を二分間、素手で弾き返し、軍需産業にテコ入れをした。
・FBIのサイキック捜査の陣頭指揮を取り、プレ・コグニション(予知)能力を使って連続猟奇殺人犯を捕らえた。
・国連軍介入の紛争地帯でサイコメトリー(残留思念の読み取り)により民族紛争の根幹を付き止め、十五年に渡った紛争を終結に導いた。
・ミャンマーの山奥にレアメタル鉱脈を発見し、採掘権を手に入れようと全財産プラス借金で念願が叶うも、採掘資金がなく休暇のたびにピッケル持参で鉱脈を訪れては振るっている。
・チベット寺院での拳法修行で半生を過ごし、中国大陸の奥地で遂に悟りを開き、奥義を習得し、それを生かすべく探偵となった。

 ……このウェブサイトの片隅には、
「一部、過剰な表現がございます」「あくまで個人の感想です」「イメージ画像です」「実在する人物、団体とは関係ありません」
 と、しつこく書かれてある。ウェブサイト作成を依頼したデザイン事務所からの「当然の配慮」である。

「おっと、これ、差し入れの手土産だ」
 鳩羽美咲が小ぶりな紙袋から蒸篭{せいろ}を持ち出した。
「熱々の小籠包{しょうろんぽう}! 商店街に新しく中華店ができてたっしょ? 美味いって評判聞いたからねん」
「ほほぅ、貴様にしては気が聞くな、鳩羽よ。小籠包とはすなわち熱との戦い。しかし! 我輩に小籠包など効かぬわ!」
 言うとダイドー少尉は、レンゲに乗った小籠包をパクリと口に入れた。
 次の瞬間、天井に向けてそれを吹き出しソファから転げ落ち、床をどたばたとたたき、ローボードに後頭部をぶつけ、しばらくしてソファに戻り、一言。
「図ったな! 鳩羽ぁ!」
「テメ……実は僕、バカなんですって正直に告白しろ。そしたら新人リアクション芸人として大目にみてやるよ!」
「ほぁちゃちゃちゃちゃぁぁー!」

 近年、国内各地で警察・自衛隊力では太刀打ちできない不可解な怪事件が頻発し、社会を混乱させていた。
 新興宗教による思想犯罪。続発する陰惨な猟奇殺人。政府組織へのサイバーテロ。闇取引される粗悪なドラッグ。蔓延するコンピューターウィルスとインフルエンザウィルス。自殺を推奨・幇助するアングラサイトやカルト本。悪質なマルチまがい商法。変造硬貨による自販機荒らし。資源ゴミの未分別。絶えない煙草のポイ捨て。笑えない最近のコント。
 それらは一見すると無関係であるが、政府はこれらの背後に「組織」が存在すること、組織の計画によって犯罪と混乱が発生していることを知らないでいる。
 ただ一人、その事実を知り、組織の陰謀に立ちはだかる男がいた。
 その名は……ダイドー少尉!
 とりあえずがんばれ、ダイドー少尉!(涙)


 ――おわり
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