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第2章 花精霊族解放編
第42話 独立か隷属か
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トラットスが副酋長に呼びつけられたと聞いて、アスターゼはその付き添いとして社へ共に赴いた。
これは事前に取り決めしておいたことだ。
ちなみに、姿を変えるために職業は俳優に転職済みだ。
今のアスターゼは花精霊族の男の風貌をしている。
また、アスターゼによって無事転職を果たした花精霊族の男衆と、戦いへ参加したいと志願してきた女衆合わせて六○名が社付近の雑木林に伏せている。
相手の要求が隷属であるのは間違いない。
それを拒否した場合、人間が取る行動は決まっている。
男は殺すか奴隷落ち、女は犯され汚される。
拒否したと同時に人間たちはトラットスとアスターゼを殺すべく襲い掛かってくるはずである。
そこで仲間が強襲を掛けるまでにアスターゼがトラットスを護りながら敵戦力を削ると言う算段になっている。
広間の中央の上座には副酋長が木の椅子に腰かけている。
その両側には家臣たちがズラリと顔を揃えている。
以前にこの部屋へ来た時と何ら変わりのない光景だ。
ただ、どことなく緊張感に包まれ、空気がピリついているようにアスターゼには感じられた。ちなみに武器は持ち込めないのでシャルルに渡してある。
トラットスが礼をしたのに合わせてアスターゼも倣って同じように礼をした。
すると副酋長が仰々しい態度で話し始めた。
「今日、呼んだのは他でもない。この地を脅かしていたヒュドラもいなくなった。これも我らが神の思し召しとサナトスの武力のお陰であろう」
ヒュドラが勝手にいなくなったような物言いである。
というか、あの傲慢な態度のサナトスが倒したことになっているようだ。
「今後このようなことがないように戦えぬ花精霊族を我らが保護する必要があろう」
副酋長の白々しい言葉にアスターゼは頭を下げたまま心の中で笑う。
言うに事欠いて保護とはよく言ったものだ。
「よって申し渡す。花精霊族は我らに従属し、我らが欲した時に女と花結晶を献上するように」
それを聞いてアスターゼは自分の中に言い様のない怒りが湧水のように吹き出してくるのを感じていた。
聞いた話に寄れば、献上はヒュドラの時と同じ半年に1度だったと言う。
とは言っても女性は人間側の気まぐれで手籠めにされていたらしいが。
アスターゼはチラリと左横にいるトラットスの様子を窺う。
トラットスは頭を下げたまま、目を大きく見開いていた。
その手は微かに震えていて、彼があらん限りの力を込めて握り拳を作っていることが分かった。
その震えは怒りによるものなのか、それとも物怖じからくるものなのか。
トラットスが何の反応も示さないので、家臣の一人が大声で怒鳴りつける。
「おいッ! 返事をせぬかッ! この蛮族がッ!」
頭ごなしに怒鳴られてトラットスは覚悟を決めたのか、頭を上げる。
そして、はっきりと凛とした声で告げた。
「我々、花精霊族は人間の要求を拒否する……今後、我々は一切お前たちに従う気はない」
人間側にとっては思いもよらない返答だったのだろう。
広間がしばしの沈黙に包まれる。
しかし、すぐに我に返ったのか、1人、また1人と口々に罵倒を始めた。
それを大声で制した副酋長は、ドスの利いた声でトラットスに確認する。
「その選択に悔いはないのか? 拒否……それは即ち、お前たちの滅亡に他ならない」
最後通牒のつもりなのだろうが、ありがちな恫喝である。
花精霊族にとって長年に渡る屈辱は忘れられぬことであろうし、ここで立ち上がらなければ種族としての汚点になる。2度はないのだ。
同胞を生贄に生の喜びを味わうこともなく、花精霊族にとっての"世界"そのものとも言える花も木々もない平地で暮らす。
それで生きていると言えるのか。
アスターゼからすれば、それは単に死んでいないだけだ。そこに意味も価値も存在はしない。
「悔いなどないッ! 私たちはもう誰にも屈しないと決めたのだッ!」
トラットスの自らにも言い聞かせるかのような言葉が絶叫となって口をついて出る。その瞬間、広間の奥や隣の部屋から武装した兵士たちが乱入して来た。
その中にはサナトスの姿もあった。
アスターゼはすぐに空手家へと転職を果たすと、青の輝石でシャルルへ合図を送った。持っていた剣はシャルルに渡してきたので目の前の敵は素手で倒すつもりだ。転職したので、当然アスターゼの正体は有象無象に晒されることになり、人間たちがどよめいた。
「貴様……何故ここにいるッ!?」
「ああ? お前らをぶん殴るために決まってんだろうがッ!」
もうじき、花精霊族の仲間たちがこの広間を強襲する。
それまで粘ればアスターゼたちの勝ちは揺るがない。
朝服を着た者たちが取り乱す中、兵士たちは果敢にもアスターゼとトラットスに向かってくる。
アスターゼが見た感じでは、ざっと三○名と言ったところか。
得物は剣か槍だが、それ程手入れが行き届いているようには見えない。
アスターゼは囲まれる前に前へ出て兵士の一人に正拳突きを喰らわせる。
そのスピードについてこれず、彼は拳をまともに顔面にめり込ませて吹っ飛んだ。
――こちらの動きは見えていない
向こうでは副酋長が吹っ飛ばされた兵士に巻き込まれているのが見える。
そして、隣にいた別の兵士に後ろ回し蹴りを放って顎を突きあげる。
ドレッドネイト製の上等なブーツだ。
その硬さと頑丈さはヤツマガ村の人間が履いている草鞋のようなものとは出来が違う。その兵士が崩れ落ちるのを確認したアスターゼは、バックステップでトラットスに迫る兵士に一気に接近し裏拳を見舞った。
更に回転を加えつつ、兵士の鳩尾に渾身の右突きを放つ。
膝から崩れ落ちる兵士。
倒した兵士の末路を確認している暇などない。
起き上がってこなければよし。
アスターゼはトラットスを広間の隅へと誘うと、彼を護るように立ちふさがった。
兵士たちは二人に槍を突きつけてじりじりと包囲を狭めてくるが、時間を掛けて状況が良くならないのはお互い様である。
彼らは花精霊族の部隊が迫っていることは知らない。
今まで大人しく見下していた存在が、気焔を上げて襲い掛かってくるのだ。
人間側が混乱に陥るのは目に見えている。
アスターゼは一人の槍の先端を掴むと強引に引き寄せ、懐に入るとその顎にアッパーをかました。
確かな手ごたえと骨を砕く嫌な感触。
アスターゼは槍をトラットスの方へ投げ捨てると、顎を砕いた兵士を掴み、固まっていた兵士へ向かってダッシュを掛ける。
仲間を盾にされた兵士たちの間に起こるわずかな逡巡。
その一瞬がアスターゼにとっては十分過ぎる時間であった。
掴んでいた兵士を投げ出して目の間の敵をなぎ倒すと、横から剣で斬り掛かってきた兵士の足を思いっきり踏みつける。
裸足同然の足が踏みつぶされて、苦悶に満ちた声を上げて前かがみになった兵士の頭部にアスターゼの中段蹴りが見事に決まった。
襲撃部隊の到着が予定よりも遅い。
風に乗ってなにやら剣撃の音や喊声が聞こえてくる。
どうやらこの場所に来る前に会敵してしまったようだ。
アスターゼの予想ではそれ程の兵士が警備に当たっているとは思えなかった。
予定とは違うがここに至っては仲間の無事を祈るしかない。
「頼むから、死ぬなよ……」
ボソリと呟くアスターゼの前に一人の男が進み出た。
兵士の壁が割れ、現れたのは後方で様子を見ていたサナトスである。
「これ以上は殺らせはせん……。殺らせはせんぞッ!」
「はッ! 吠えたところでもうどうにもならないよ。お前らは今日ここで死ぬんだ」
「弱卒の花精霊族如きに何が出来る?」
「弱卒はお前らだよ。三日会わざれば刮目して見よ。今の花精霊族は以前のような虐げられてきた花精霊族ではないッ!」
「なんだとぉ……?」
「御託は良いからかかってこいよ。それとも弱卒のお前にそんな勇気なんかないってか?」
「お……のれ……」
まともに言い返すこともできず、見る見る内にサナトスの表情が変わって行く。
その表情は般若の如く。
『いざッ!』
二人の言葉が重なり、アスターゼとサナトスは同時に地を蹴った。
これは事前に取り決めしておいたことだ。
ちなみに、姿を変えるために職業は俳優に転職済みだ。
今のアスターゼは花精霊族の男の風貌をしている。
また、アスターゼによって無事転職を果たした花精霊族の男衆と、戦いへ参加したいと志願してきた女衆合わせて六○名が社付近の雑木林に伏せている。
相手の要求が隷属であるのは間違いない。
それを拒否した場合、人間が取る行動は決まっている。
男は殺すか奴隷落ち、女は犯され汚される。
拒否したと同時に人間たちはトラットスとアスターゼを殺すべく襲い掛かってくるはずである。
そこで仲間が強襲を掛けるまでにアスターゼがトラットスを護りながら敵戦力を削ると言う算段になっている。
広間の中央の上座には副酋長が木の椅子に腰かけている。
その両側には家臣たちがズラリと顔を揃えている。
以前にこの部屋へ来た時と何ら変わりのない光景だ。
ただ、どことなく緊張感に包まれ、空気がピリついているようにアスターゼには感じられた。ちなみに武器は持ち込めないのでシャルルに渡してある。
トラットスが礼をしたのに合わせてアスターゼも倣って同じように礼をした。
すると副酋長が仰々しい態度で話し始めた。
「今日、呼んだのは他でもない。この地を脅かしていたヒュドラもいなくなった。これも我らが神の思し召しとサナトスの武力のお陰であろう」
ヒュドラが勝手にいなくなったような物言いである。
というか、あの傲慢な態度のサナトスが倒したことになっているようだ。
「今後このようなことがないように戦えぬ花精霊族を我らが保護する必要があろう」
副酋長の白々しい言葉にアスターゼは頭を下げたまま心の中で笑う。
言うに事欠いて保護とはよく言ったものだ。
「よって申し渡す。花精霊族は我らに従属し、我らが欲した時に女と花結晶を献上するように」
それを聞いてアスターゼは自分の中に言い様のない怒りが湧水のように吹き出してくるのを感じていた。
聞いた話に寄れば、献上はヒュドラの時と同じ半年に1度だったと言う。
とは言っても女性は人間側の気まぐれで手籠めにされていたらしいが。
アスターゼはチラリと左横にいるトラットスの様子を窺う。
トラットスは頭を下げたまま、目を大きく見開いていた。
その手は微かに震えていて、彼があらん限りの力を込めて握り拳を作っていることが分かった。
その震えは怒りによるものなのか、それとも物怖じからくるものなのか。
トラットスが何の反応も示さないので、家臣の一人が大声で怒鳴りつける。
「おいッ! 返事をせぬかッ! この蛮族がッ!」
頭ごなしに怒鳴られてトラットスは覚悟を決めたのか、頭を上げる。
そして、はっきりと凛とした声で告げた。
「我々、花精霊族は人間の要求を拒否する……今後、我々は一切お前たちに従う気はない」
人間側にとっては思いもよらない返答だったのだろう。
広間がしばしの沈黙に包まれる。
しかし、すぐに我に返ったのか、1人、また1人と口々に罵倒を始めた。
それを大声で制した副酋長は、ドスの利いた声でトラットスに確認する。
「その選択に悔いはないのか? 拒否……それは即ち、お前たちの滅亡に他ならない」
最後通牒のつもりなのだろうが、ありがちな恫喝である。
花精霊族にとって長年に渡る屈辱は忘れられぬことであろうし、ここで立ち上がらなければ種族としての汚点になる。2度はないのだ。
同胞を生贄に生の喜びを味わうこともなく、花精霊族にとっての"世界"そのものとも言える花も木々もない平地で暮らす。
それで生きていると言えるのか。
アスターゼからすれば、それは単に死んでいないだけだ。そこに意味も価値も存在はしない。
「悔いなどないッ! 私たちはもう誰にも屈しないと決めたのだッ!」
トラットスの自らにも言い聞かせるかのような言葉が絶叫となって口をついて出る。その瞬間、広間の奥や隣の部屋から武装した兵士たちが乱入して来た。
その中にはサナトスの姿もあった。
アスターゼはすぐに空手家へと転職を果たすと、青の輝石でシャルルへ合図を送った。持っていた剣はシャルルに渡してきたので目の前の敵は素手で倒すつもりだ。転職したので、当然アスターゼの正体は有象無象に晒されることになり、人間たちがどよめいた。
「貴様……何故ここにいるッ!?」
「ああ? お前らをぶん殴るために決まってんだろうがッ!」
もうじき、花精霊族の仲間たちがこの広間を強襲する。
それまで粘ればアスターゼたちの勝ちは揺るがない。
朝服を着た者たちが取り乱す中、兵士たちは果敢にもアスターゼとトラットスに向かってくる。
アスターゼが見た感じでは、ざっと三○名と言ったところか。
得物は剣か槍だが、それ程手入れが行き届いているようには見えない。
アスターゼは囲まれる前に前へ出て兵士の一人に正拳突きを喰らわせる。
そのスピードについてこれず、彼は拳をまともに顔面にめり込ませて吹っ飛んだ。
――こちらの動きは見えていない
向こうでは副酋長が吹っ飛ばされた兵士に巻き込まれているのが見える。
そして、隣にいた別の兵士に後ろ回し蹴りを放って顎を突きあげる。
ドレッドネイト製の上等なブーツだ。
その硬さと頑丈さはヤツマガ村の人間が履いている草鞋のようなものとは出来が違う。その兵士が崩れ落ちるのを確認したアスターゼは、バックステップでトラットスに迫る兵士に一気に接近し裏拳を見舞った。
更に回転を加えつつ、兵士の鳩尾に渾身の右突きを放つ。
膝から崩れ落ちる兵士。
倒した兵士の末路を確認している暇などない。
起き上がってこなければよし。
アスターゼはトラットスを広間の隅へと誘うと、彼を護るように立ちふさがった。
兵士たちは二人に槍を突きつけてじりじりと包囲を狭めてくるが、時間を掛けて状況が良くならないのはお互い様である。
彼らは花精霊族の部隊が迫っていることは知らない。
今まで大人しく見下していた存在が、気焔を上げて襲い掛かってくるのだ。
人間側が混乱に陥るのは目に見えている。
アスターゼは一人の槍の先端を掴むと強引に引き寄せ、懐に入るとその顎にアッパーをかました。
確かな手ごたえと骨を砕く嫌な感触。
アスターゼは槍をトラットスの方へ投げ捨てると、顎を砕いた兵士を掴み、固まっていた兵士へ向かってダッシュを掛ける。
仲間を盾にされた兵士たちの間に起こるわずかな逡巡。
その一瞬がアスターゼにとっては十分過ぎる時間であった。
掴んでいた兵士を投げ出して目の間の敵をなぎ倒すと、横から剣で斬り掛かってきた兵士の足を思いっきり踏みつける。
裸足同然の足が踏みつぶされて、苦悶に満ちた声を上げて前かがみになった兵士の頭部にアスターゼの中段蹴りが見事に決まった。
襲撃部隊の到着が予定よりも遅い。
風に乗ってなにやら剣撃の音や喊声が聞こえてくる。
どうやらこの場所に来る前に会敵してしまったようだ。
アスターゼの予想ではそれ程の兵士が警備に当たっているとは思えなかった。
予定とは違うがここに至っては仲間の無事を祈るしかない。
「頼むから、死ぬなよ……」
ボソリと呟くアスターゼの前に一人の男が進み出た。
兵士の壁が割れ、現れたのは後方で様子を見ていたサナトスである。
「これ以上は殺らせはせん……。殺らせはせんぞッ!」
「はッ! 吠えたところでもうどうにもならないよ。お前らは今日ここで死ぬんだ」
「弱卒の花精霊族如きに何が出来る?」
「弱卒はお前らだよ。三日会わざれば刮目して見よ。今の花精霊族は以前のような虐げられてきた花精霊族ではないッ!」
「なんだとぉ……?」
「御託は良いからかかってこいよ。それとも弱卒のお前にそんな勇気なんかないってか?」
「お……のれ……」
まともに言い返すこともできず、見る見る内にサナトスの表情が変わって行く。
その表情は般若の如く。
『いざッ!』
二人の言葉が重なり、アスターゼとサナトスは同時に地を蹴った。
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