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第2章 花精霊族解放編

第32話 沼地の祠

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 結局、村に入る訳にもいかず、アスターゼとシャルルは沼地のほこらへと向かった。
 ヒュドラがどうやって生贄の存在を感知しているのかは不明だが、祠にいればまた襲ってくるかも知れないと考えたからだ。

 祠は思わず?マークがアスターゼの頭の上に浮かんでくる程、貧相な出来であった。一応、中に人が入れるようになっていて、シャルルに寄れば生贄はこの中でジッとヒュドラが現れるのを待たねばならないらしい。

 取り敢えず、シャルルには寝るように言って、アスターゼは寝ずの番に入る。

 しかし、いつの間にか寝落ちしていたようだ。
 祠内に差し込んできた朝の陽ざしでアスターゼは目を覚ました。
 寝ずの番があっさり寝てどうする……と反省しつつ、隣に目をやるとシャルルは既に起きていた。

「そ、そんなに見ないでください!」

「ああ、ごめん」

 寝起きの顔を見られるのは年頃の少女からしてみれば、あまり好ましいことではないのだろう。
 シャルルは祠から出ると沼地の方へと走って行ってしまった。

「顔でも洗うのか?」

 そんなことも考えたが沼地の水が果たして綺麗なのか、ふと疑問に思う。
 一人にするのも危険なので、アスターゼはすぐにシャルルの後を追った。

 沼地の水はアスターゼが考えていたよりずっと澄んでおり透明度も高かった。
 沼と言うより少し濁った湖かなとぼんやりした頭で考えていると、シャルルが振り返り思いがけない言葉を口にする。

「アスターゼさん! 私も戦いたいです!」

「正気か? 戦った経験なんてないんだろ? 初めての戦いがあのヒュドラなんて無茶もいいとこだ」

「いえ、考えたんですが、やっぱり力を借りるだけと言うのも納得ができないんです。私も何かお役に立てませんか?」

 アスターゼはジッと彼女の目を見つめるが、その瞳には強い意志の力が感じられる。取り敢えず、何の職業に素質があるかだけでも確認しようと、アスターゼは精神を集中させた。

「へぇ……」

 アスターゼの口からは自然と感嘆の声が漏れていた。
 彼女の天職てんしょくは回復魔術などを使う白魔術士、そして月光騎士ルーンナイトであった。
 月光騎士ルーンナイトは自らの体内に流れる魔力を剣に乗せ力に変えることができる。
 魔力が高い程、その攻撃力、破壊力は凄まじいものとなるのだ。
 放っておいてもシャルルは農民として終わる人物ではないのかも知れない。

「シャルル、今まで剣を扱ったことはある?」

「ええッ!? 剣ですか? 農民なのでくわを振るったことならありますけど……」

「だよなぁ……」

 だとすれば、白魔術士に転職させるのが一番良い選択だろう。
 白魔術士と月光騎士ルーンナイトの素質を持つからには魔力が高いのは、まず間違いないとアスターゼは考える。

 しかし、ここでアスターゼはハッと我に返った。
 何故、彼女を転職させる前提で考えているのか。
 職業を変えることができる職業――転職士が存在することを知っているのは、この広い世界の中でまだほんの一握りの人間だけなのだ。
 彼女を取り巻く状況が分からない以上、慎重に動く必要がある。

 だが、やはり葛藤もある。
 彼女は自ら転職を望んでいる。そんな人々の職業を変えようと心に決めたのだ。

 ――しかし時期尚早だ

 あの時の野望が頭をよぎるもアスターゼは、むくむくと頭をもたげる気持ちを何とか押さえ込んだ。

「戦った経験もない上、武器もない。シャルルが戦うのは無謀だよ」

「そう……そうですよね……。すみません。変なことを言って」

 シャルルの方も喰い下がるようなことはしない。
 無謀は百も承知なようだ。

 良い手が浮かばないので、沼地の畔でヒュドラが現れないかしばらく待ってみることにした。生贄が近くにいれば、姿を現すかも知れないと期待して祠の前にシャルルを座らせ、アスターゼは祠の中で隠れて様子を窺った。

 だが。

 時間。

 ばかりが。

 経過。

 していく。

 そう簡単にことが運ぶはずもなく、アスターゼは猛烈な空腹に見舞われていた。
 水は法術ほうじゅつで出すことができるので問題ないが、水で喉の渇きを潤せても腹は膨れるはずがない。

「腹減った……」

 アスターゼは考える。
 昨日、3つある首の内の1本を斬ってやったダメージが残っていて動こうにも動けない可能性をだ。
 魔物の中には凄まじいまでの再生能力や治癒能力を持つ種が存在する。
 あのヒュドラがそのような力を持っていたなら、すぐにでも襲ってくるのではないか。確か鑑定を行った時、低レベルではあるが【再生】の特性を持っていたはずである。まさか、人間であるアスターゼに恐れをなしたと言うことはないだろう。

「村へ行ってみるか……?」

 このまま待っているだけでは埒が明かない。
 それに村に行けば、ヒュドラについての情報を得ることもできる可能性もある。
 思い立ったが吉日である。
 アスターゼはすぐに飛び起きると、外にいるシャルルへ話しかけた。

「シャルル、やっぱり村へ行こうと思うんだけど」

 しかし返事がない。
 アスターゼがまさか屍に?と思い、彼女の正面に回ると、そこには正座しながら、ぐーすかぴーと眠りこける彼女の姿があった。

 肝の据わった少女である。
 いや、きっと張りつめていた空気と疲れでこうなったのだとアスターゼはすぐに思い直した。アスターゼは、声を掛けても起きないシャルルの肩を揺すると、彼女からやたらとあでやかな声が口を突いて出た。

「んあぅ?」

 彼女は正座したまま、大きく伸びをすると不思議そうな顔をアスターゼに見せる。

「あれ? アスターゼさん? どうしたんですか?」

「天然娘。村へ行くぞ」

「ええッ!? 村へ行くんですか? どうしましょうか……私、どうなっちゃうんでしょう」

「ヒュドラの話は俺がする。取り敢えず腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできん!」

「ムリムリムリですぅぅぅぅ! 今更どの面下げて帰れって言うんですかぁぁぁぁ!?」

「だから、シャルルが喰われそうになっていたところを俺が助けてしまったって説明すればいいだろ!?」

 実際そうなのだから仕方がない。
 ヒュドラに打撃を与えたことを強調すれば、不安感よりも期待感の方が高まるのではないかと思ってのことだ。

「ほらッ! 行くぞッ!」

 アスターゼはそう言いながら、シャルルの両脇に手を回して強引に立ち上がらせる。シャルルの頬が紅潮しているような気がするが恐らく気のせいだろうとアスターゼは判断する。

「き、き、き、急に何をするんですかぁ!」

 何故か批難ひなんの声を上げるシャルルに構うことなくアスターゼはスタスタとヤツマガ村へ向けて歩き出した。
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