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第1章 辺境編

第17話 スタリカ村の奇跡

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 アルテナの、エルフィスの剣を持つ手に力がこもる。
 流石に最後まで様子を見ていた亜人である。
 亜人たちの序列がどう言ったものなのかアスターゼは知らないが、本陣に残っていた者は実力的にも上の部類の可能性だって考えられる。

 アスターゼが大きく深呼吸をしたその時、大きな喊声かんせいが上がった。
 いきなり畑に植えられた作物の陰から人間たちが突撃を敢行したのだ。
 人数はおよそ五○。その多くが鎧や軽装鎧を装備している。

「なんだ……?」

「多分、守備兵だ……生き残っていたんだな」

 エルフィスの疑問の声にアスターゼも正確な回答を返せないが、しっかりとした武装をしている辺り、ノーアの大森林で魔物を喰い止めていた兵士たちであろう。
 アルテナがこの好機を逃すはずがない。

「アルテナッ! 恐らくあいつが大将だッ!」

 アスターゼの言う個体がどれなのか理解したのか、急襲を受けて混乱する亜人たちに向かって一気に駆け寄って行く。

「俺たちも行くぞッ!」

「おうよッ!」

 二人もすぐにアルテナの後を追って突撃を開始した。
 突然の出来事に辺りは完全に乱戦状態に陥っているが、亜人の士気はまだまだ高いようで兵士たちに負けず劣らずの戦いを繰り広げていた。
 そこへアスターゼとエルフィスも参戦する。

「死ぬなよ、エルッ!」

「たりめぇよッ!」

 二人はお互いの背中を護るようにして戦いを開始した。
 アスターゼの現在の職業は空手家で職能は〈空手〉である。
 本来ならキャリアポイントを消費して身に着けた騎士剣技きしけんぎを強化するために騎士になるのが1番なのだが、今は素手の状態だ。
 これでは剣技は使えない。

 取り敢えず、大剣を片手に襲い掛かってきたオークの上段からの一閃をバックステップでかわすと、素早く敵の懐に入り込んでその顎に強烈なアッパーを喰らわす。ナックルがあれば、与えられるダメージも大きくなるのだが、ない物ねだりをしていても仕方ない。

 オークは膝がガクリと折れ崩れ落ちそうになるも、何とか踏みとどまる。
 しかし、アスターゼに容赦はない。一気に畳み掛けて倒すのがセオリーだ。
 大人でもそうするのがベストだ。ましてや12歳の子供なのである。
 勝負は少しでも早くケリをつけるのが重要だ。
 アスターゼは右の鉤突かぎづきをオークの脇腹に入れると、「ぐぅ」と言ううめき声が漏れる。破れかぶれで振りかざしてきた剣を左手で軽くいなし、オークの顎をかすめるように殴りつけた。オークは今度こそ膝から崩れ落ちる。

 ――やはりこれが1番手っ取り早い

 アスターゼが空手家に転職したのは初めてだったので、キャリアポイントも溜っておらず空手家の能力を使用することはできない。
 【空手Lv1】の上、こんな乱戦の状況で素早く敵を無力化するには脳震盪を起こさせて気絶させるのが1番である。
 気絶させた後は持っているナイフでトドメを刺すのだ。

 この要領で次々と亜人を倒していくアスターゼ。
 周囲では人間側が有利な状況で推移していた。
 アルテナはその素早い動きで翻弄しつつ、剣で確実に亜人を葬って行く。
 〈聖剣技〉を使う必要などない。

 エルフィスも戦う姿が様になってきていた。
 ヴィックスの剣術の稽古に参加したのが遅かったため、彼は何とかアスターゼたちに追い付こうと陰ながら努力していたのだ。
 今も周囲に気を配りながら1匹のオークと剣を交えている。
 こうして様子を確認できるようになったのも余裕ができた証拠である。

 もうひと踏ん張りだとアスターゼが再び動き出そうとすると、目の前に金色がかった肌を持つオークが立ちはだかった。
 先程、【看過かんか】を使用した時には見当たらなかったオークである。
 普通のオークやゴブリンの肌は深緑色をしている。
 アスターゼは何か特異な種類の亜人なのかと考え、金色のオークへ向けて〈鑑定〉の【看過】を発動する。
 【看過】では【鑑定】では分からなかった特性まで見ることができるなど、より詳細な情報の確認が可能だ。

名前:ジェン・ガ
種族:豚人族オーク
性別:男性
年齢:38歳
職業:魔物使い
職能:魔物操作
加護:-
耐性:神聖攻撃Lv2
職位:魔物操作Lv3
特性:【魔物強化Lv2】【歩兵突撃Lv3】

 ――魔物使い!?

 アスターゼの目は大きく見開かれ、背中には冷や汗が伝う。
 魔物に職業があり、特性まで持っている。
 更に【歩兵突撃Lv3】と言う特性には思わず目を疑ってしまった。
 これは確か『軍師』の職能〈計略〉で習得できるものだったはずだ。
 アスターゼはヴィックスとの会話を思い出していた。

『魔物に職業ジョブ? そんなことある訳ねぇ。これは神が人間に授けた贈り物ギフトだぜ』

 人間のみならず、魔物たちとの戦闘を何度もこなしてきたヴィックスの言葉である。鑑定士ではなくとも能力やスキルを使用されれば分かるはずなのだ。
 それに彼が嘘を教える理由もない。

「こいつはここで倒すッ!」

 黄金色のオークの危険性を肌で感じ取ったアスターゼは、ジェン・ガと言う名のオークへと飛び掛かった。
 体長が2.5メートルはあるかと言うジェン・ガは一体どこから手に入れたのか、かなりの大剣を両手に携えてアスターゼを迎え討った。

 剣撃が速い。

 何とか反応しているが、亜人の中でもかなり強い部類のように感じられた。
 アスターゼは攻撃をギリギリでかわしながら何とか懐に飛び込もうと隙を窺う。

 他の兵士もジェン・ガに対して攻撃を仕掛けはじめたが、その大剣によって攻撃が弾き飛ばされている。
 それを見れば、かなりの威力を持つ一撃だと判断できた。
 
 アスターゼの隣ではアルテナがオークキングとの戦いを繰り広げている。
 こちらも一進一退の攻防となっていた。

「大抵の世界じゃ亜人は雑魚キャラだろッ! なんでこんなに強いんだよッ!」

 思わず毒づくアスターゼにジェン・ガの大剣が迫る。

 ――避けられないッ!

 そう判断したアスターゼはとっさの判断で両手で大剣の刃の部分をいなす。
 アスターゼは大剣の一撃をまともに喰らい大きく吹っ飛ばされてしまった。

「アスッ!」

 アルテナの悲鳴に近い声が耳に届く。
 アスターゼはそれに手を上げて応えると、すぐに立ち上がった。
 攻撃を受けたのは刃の部分ではなく側面の部分だったのである。
 兵士たちが一般兵とも言うべき亜人たちの多くを討ち取っていたため、ジェン・ガとの戦いに参戦していたことも幸いした。
 ジェン・ガの追撃がなかったお陰で何とか助かったのである。

 幾人もの兵士に囲まれてしまったジェン・ガであったが、その巨躯きょく膂力りょりょくにものを言わせて戦いを続けていた。
 もしかしたら亜人のボスはオークキングではなく、ジェン・ガの方なのかも知れない。

 大剣を振り回して周囲を牽制するジェン・ガの攻撃を姿勢を低くしてかわしつつアスターゼは一気に間合いを詰める。
 ジェン・ガは近づけさせまいと大剣で攻撃をしてくるが、振り切られる前にその両腕を受けることで攻撃を回避する。
 更に零距離からの後ろ回し蹴りで両腕を跳ね上げると、そのまま回転の力を利用してその力士のような土手っ腹に正拳突きを叩き込んだ。

 ジェン・ガの顔が初めて苦痛に歪む。

 本当ならば後ろ回し蹴りで顔面を蹴り上げたかったのだが、如何いかんせん身長が低いので無理だったのだ。
 体格差により顔面への攻撃は難しい。

 ――ならば

 アスターゼはジェン・ガのひざを砕くべくローキックをたて続けてに放った。
 まともに喰らいグラつくジェン・ガであったが、一発で沈むはずもない。
 周囲の兵士と連携して少しずつ削るのだと心に決めたアスターゼは兵士たちと視線を交わした。
 そして、攻撃に移ろうとしたその時、アルテナがあらん限りの声で叫ぶ。

「敵大将討ち取ったーッ!!」

 その声の後、すぐにジェン・ガの大音声が辺りに響き渡った。

「グルァアアアアアア! ヒケェ! テッタイだァァァ!」

 余りの大声と人語を話したことで驚いてしまい、体が固まるアスターゼ。
 統率者の叫び声を聞いた亜人の軍団は一切の迷いなく逃亡を開始した。
 その変わり身の速さに茫然ぼうぜんとする兵士たちであったが、すぐさま我に返ると追撃を開始した。

「お前ら、逃がすなッ! 逃がすと厄介だぞッ!」

 散り散りに逃げ去って行く亜人たちを傍目に、長時間戦い続けていた村人たちはその場に座り込んでしまった。
 もう精根果ててしまったと言う感じである。

 追撃は兵士たちに任せておけば良いだろう。
 あの特殊なオークを逃すのは危険であるが。
 アスターゼは地面に大の字になって寝転ぶと、戦友たちに声を掛けた。

「2人共生きているかぁ……?」

「何とか……」

「流石に疲れたよ~」

 こうしておよそ7時間にも及ぶ戦いが終わった。
 村で戦える者は二○○程度だったのにも関わらず、亜人の軍勢およそ六○○を撃退したのだ。もちろん、アスターゼが農民を戦闘職に転職させたのが大きいし、守備兵の生き残りの急襲と言う要素が絡んだのもあるのだが。

 この戦いは大規模な魔物の襲撃を、数で劣る村人が退けた一戦として『スタリカ村の奇跡』として各地に広まることとなる。
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