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第1章 辺境編

第16話 激戦

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 砦跡の内部から外に出ると、そこは地獄のような光景が広がっていた。
 既に砦跡の敷地内には亜人たちが侵入し、村人たちを蹂躙している。
 柵や土塁が破壊されて防御機能は完全に喪失し、正門こそ開いていないものの、門以外の場所から敵の侵入を許してしまった時点で詰んでいる。

 砦跡にある広場は怪我人が寝かされており、そこで白魔術や神聖術での回復が行われているが、到底間に合っていない。
 現状、その広場と砦跡内部への入り口付近を何とか死守できている程度だ。
 これでは砦跡内部へ雪崩れ込まれるのは時間の問題である。

 アスターゼは回復役を務めている母親の姿を探していた。
 役割的には広場にいるはずなのだが――

「母さんッ!」

「アスッ!? どうしてッ!?」

「どうしてもこうしてもどう見ても総崩れじゃないかッ!」

 アルテナは既に近くにいた亜人の1匹に斬り掛かっている。
 親を探すよりも全滅の危険性を優先したのだろう。
 とても12歳とは思えない判断力である。

「アス……貴方だけでも逃げなさい」

 アスターゼは、母の信じられない言葉を聞いて驚いた。
 どんな状況でも気丈に振る舞って来た芯の強いニーナの言葉とは思えない。

「母さんッ! 気をしっかり持ってください! 『戦神せんじん現身うつしみ』たるヴィックスの子が逃げ出したら末代までの恥ですッ!」

「貴方で末代になってしまうよりはいいわッ!」

「大丈夫です。まだ可能性はあるはず……。僕が全員を転職させます」

「ッ!?」

「農民から騎士ナイト戦士ファイター、槍使い、弓使いに転職させればその人の技量は一気に跳ね上がる。形勢は逆転します」

「そうね……私はどうかしていたようね……ああッ……もっと貴方の言うことを村長に進言しておけば……」

「嘆くのは後です。まず母さんから転職させます」

「私も?」

【ハローワールド!】

 戸惑うニーナにアスターゼは転職の能力を使用する。
 そして持っていた剣を手渡した。

「これは……」

「これで母さんは守護騎士ガーディアンです。もう一つの職能には白魔術をセットすれば白魔術も強化されます」

「分かったわ。でも貴方は何の職業になると言うの?」

「僕は空手家からてかになります」

「からてか……?」

「剣など不要の最強の職業の一つですよ」

 疑問の声を上げるニーナに笑いかけるとアスターゼは手を上げて走り去った。
 後に残されたニーナは息子の無事を祈りつつ、怪我人を回復させるために白魔術を発動した。


※※※


 ニーナと別れたアスターゼは、エルフィスを見つけると彼を連れだって村人たちの転職活動に赴いた。エルフィスを連れていくのは行く先々で転職させた村人が怪我をしていた場合、回復させるためだ。彼も神聖術を連発して疲れている様子であったが、事情を説明すると張り切って賛同してくれた。

「破ァッ!」

 アスターゼの正拳突きがオークの顔面にめり込む。
 その巨体は体格差から考えると不自然な程見事に吹っ飛ぶと、ゴロゴロと転がってピクリとも動かなくなった。

「スマン、助かった!」

【ハローワールド!】

「何だッ!? 力が急に湧いてくるだと!?」

 剣を持っている者は騎士ナイトに。

【ハローワールド!】

 槍を持っている者は槍使いに。

【ハローワールド!】

 斧を持っている者は戦士ファイターに。

【ハローワールド!】

 弓を持っている者は弓使いに。

 流石にこうして能力を連発するとかなり消耗するが、生きるか死ぬかの土壇場瀬戸際崖どたんばせとぎわがけっぷちだ。

 泣き言など言ってはいられない。

 本当はもっと上位の職業にできれば良いのだが、消耗し過ぎて自分が動けなくなるのもマズい。
 やはりどの職業に転職させるかで、消耗する度合いが違うのだ。
 弓使いは砦跡の2階テラスや、尖塔などの高い場所へ移動するよう指示を出す。

 そして、亜人を見つけては一気に間合いを詰めて顎に一発入れる。
 動かなくなった亜人には、エルフィスがトドメを刺していく。

 こうして地道に転職活動をしていくと、あちこちで村人のものと思しき喚声かんせいが聞こえてくるようになった。
 どうやらアスターゼの活動が効を奏しているようだ。
 まだまだ、砦周囲では乱戦状態が続いているようだが、状況はかなり改善され、村人たちは各地で盛り返していた。

 アスターゼとエルフィスは粗方あらかたの転職を終え、砦跡の正門付近へと戻って来ていた。どうやら砦跡の周囲を一周したようだ。

「エル、見ろッ! あれが亜人の大将じゃねーのか?」

 砦跡は周囲よりも高地に建てられている。
 ここからでも外の様子は十分に見ることができた。
 アスターゼが指差した方向にはかなりの大剣を右手に携えた巨躯きょくを持つ亜人の姿があった。周囲にはその個体を護るかのように立っている亜人がいる。
 アスターゼは、すぐに最近習得したばかりの【鑑定】の上位能力【看過かんか】で巨漢の亜人を鑑定する。

「あいつ……オークキングだ」

 ついでに見える範囲の亜人も鑑定してみるが、一般的な亜人であった。
 アスターゼはすぐに職能を変更すると、エルフィスに不敵な笑みを見せる。

「あいつを倒せば勝ちだ。エル、覚悟はいいな?」

 魔物使いのことは一旦忘れるべきだ。
 姿を見せない者をどうにかすることはできないし、そもそも魔物使いなど関わっていない可能性だってある。

「ええ……周りに五○はいるぞ?」

「エル、英雄になってやろうぜ」

 エルフィスは英雄と言う言葉を聞いて目を輝かせる。
 相変わらず単純な性格をしている。
 それも彼の良いところの1つだなと思いつつ、アスターゼは突撃の覚悟を決めた。

 その時、響く聞き覚えのある声。

「良かった! 2人共無事だったんだね」

 アルテナだ。
 余程、亜人たちを斬ってきたのだろう、返り血を浴びて顔も体も真っ赤に染めている。アスターゼは腰からぶら下げていたタオルを彼女に渡して顔の血を拭うように促した。

「何とかな」

「俺はもうへとへとだよ……」

 せっかくアルテナを見つけたのだから彼女にも敵本陣への突撃に加わってもらおうと、アスターゼはエルフィスと話し合っていたことを彼女に告げた。
 それを聞いたアルテナは間髪入れずに即答する。

「やるッ! 早く戦いを終わらせないと!」

「そうだな。じゃあ、とっとと行ってこようぜ」

 アスターゼはまるで二人を散歩に誘うかのような口ぶりでそう告げる。
 それに呼応して二人はそれぞれのやり方で気合を入れる。

「よしッ! 俺は英雄。俺は英雄。俺は英雄……」

「魔物は敵。魔物は害悪。魔物は殺す……」

 何だかアルテナの性格が最近変わってきているようで怖いアスターゼであった。

 3人は戦いを続けている村人たちを置いて、正門から堂々と外へと歩いていく。
 正門は既に侵入した亜人により、開かれて跳ね橋が降ろされていたのだ。
 正門からオークキングまでの距離は50メートルもない。

「アルテナ、お前が一番強い。敵をかき回してくれよ?」

「うん分かったよ! あたしがヤツらを翻弄してやるんだから!」

 敵本陣までの距離が残り20メートル程になった時、亜人たちも動き出した。
 二○程が得物を片手に近づいてきたのだ。

「さぁ、戦いの始まりだ」

 アスターゼの声には力強さが込められていた。
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