転職士の野望~現代で散々転職に失敗した俺は職業固定の世界の価値観をぶち壊す~

波 七海

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第1章 辺境編

第8話 家族会議

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 翌日、目が覚めたアスターゼは朝から憂鬱な気分であった。
 再度話し合いの場が設けられることになり、時間ができたもののアスターゼは事態をどう持って行くか焦っていたのだ。

 いっそのことドンレルを消してしまおうかとまで考えた程だ。

 そんな中、ヴィックスが昼から家族会議を行うと宣言した。

 今までそんなことはなかったので、父の考えが読めずにアスターゼは驚いたが、ヴィックスの目は真剣なものであったし特に異論もなかったので了解の返事をしておいた。

 アスターゼの父親ヴィックスは、ドレッドネイト王国の東の辺境にあるコンコールズ地方の領主、レイノル・ド・コンコルド辺境伯に仕える騎士で『夢幻流剣術むげんりゅうけんじゅつ』の免許皆伝を持つ猛者である。彼の言うことだから何か重要なことを言われるのだろうとアスターゼは心の準備をしておこうと決めた。
 ちなみに母親はニーナと言い、ヴィックスと同じく辺境伯に仕える白魔術士であったが、結婚して引退後、このスタリカ村で主婦として暮らしている。

 午前中に畑仕事を手伝った後、アルテナたちに今日の剣術の稽古は中止だと伝えに行った。
 本来なら剣術の稽古に当てる時間帯が家族会議の時間となったからだ。
 
 アスターゼが居室に顔を出すと、既に両親は着席していた。
 準備は万端のようでテーブルの上には番茶が入った湯呑みが3つ置かれている。
 一体何を言われるのかと、緊張しながらアスターゼも自分席に着く。
 それを確認したヴィックスは早速、家族会議の開会を告げた。

「さて、では家族会議を始めようか」

「何の会議なの?」

 議題が気になるアスターゼは両親の顔を窺うが、母のニーナも良く分かっていないようだ。
 彼女はヴィックスの言葉をじっと待っている。

「もちろんお前のことについてだ。心当たりはないか?」

「僕のこと?」

「ああそうだ」

 心当たりがないかと言われれば、有り過ぎて困る位だ。
 だが、前世ののことも含めてボロが出ないように立ち振る舞っているつもりだ。
 考える素振りを見せたアスターゼにヴィックスは仕方ないと言った表情で言葉を続けた。

「……まずは就職の儀リクルゥトゥスの時の話から始めようか。あの時、お前の職業ジョブがどんなものなのか誰にも分からなかった……そうだな?」

 黙り込んだアスターゼに、ヴィックスは就職の儀リクルゥトゥスの時の話題を持ち出した。
 動揺に心がビクンと跳ねた気がするが、何とか冷静を装って言葉を返すアスターゼ。

「はい。今も分からないままで、村の皆からは職業不詳の子供として認識されています。父さんと母さんにはご心配をお掛けしています」

「そうシレッと嘘をつくんじゃない」

「ッ!?」

 間髪入れずにそう窘められてアスターゼは更に動揺してしまい、言葉もない。

「アス、お前は未知の職業ジョブを神から与えられた。だがその職業の意味を知っているはずだ」

「な、何故……?」

 思いがけない父親の言葉に声がかすれて上手くでてこない。

「思えば就職の儀リクルゥトゥスの時からおかしかった。お前はあまりにも冷静過ぎたんだよ。まるで『てんしょく』と言う言葉の意味を理解しているかのようだった。鑑定士たちは動揺してお前の余裕ある態度を見抜けていないようだったがな」

 いつも、気楽な態度で軽いノリの父親をアスターゼはどこか軽く見ていたのかも知れない。この辺境で『戦神せんじん現身うつしみ』の異名を持つと言うヴィックスは、やはりただの人ではなかったのだ。

「昔からお前の態度は大人びていたな。それに、とにかくあらゆるものを吸収しようとする姿勢には目を見張るものがあった」

 アスターゼに言葉を挟むことすら許さずにどんどん畳み掛けてくるヴィックス。

「今回の件で確信に変わったよ。お前は昔から正義感が強かった。俺だってドンレルが皆に高価な物を売りつけていたことは知っていた。それでお前がヤツの店に交渉に行ったこともな」

 ――全てお見通しだ

 観念したアスターゼは転生のこと以外は打ち明けるしかないと覚悟を決める。

「すみません、父さん……そうです。僕は神から転職士の職能と転職の意味の啓示を受けました……。それに能力も既に習得済みだったんです」

 アスターゼの告白を聞いたヴィックスは、はぁッと大きなため息をついた。
 それをどう受け取ったのか、母のニーナは優しくアスターゼに語りかける。

「まぁ……。アス、貴方は家族を気遣って知らない振りをしたのね? 異端は常に排斥されるもの……。あなた、この子ばかりを責めるのは酷と言うものですわ」

 ニーナの真剣な眼差しがヴィックスに向けられる。
 それを感じたヴィックスはこれ以上、アスターゼを追いつめるつもりがなくなったようで、目を閉じて鼻の付け根を手でつまむと再びため息をついた。

「言っておくが、ドンレルはしたたかだぞ? お前は職業ジョブを変更してこれ以上の悪事を働かせないようにするつもりだったようだが、どう決着をつけるつもりだったんだ?」

「……落としどころは見つけられませんでした」

「いくら職能しょくのうが使えなくなったからと言っても、ヤツにはまだ金がある、それなりに権力がある。お前がどうしても元の職業に戻すつもりがないと知れば暴発するのは間違いない」

 全く持ってその通りである。
 追い詰められた人間が何をしでかすかは自分が良く知っていたはずなのだ。

「それでお前や俺の命が狙われるのはいい。だが無関係の母さんやアルテナたち、村の皆を巻き込んでいいはずがないだろう」

 アスターゼからは言い返す言葉も言い訳の言葉も出てこない。
 ぐうの音も出ないとはこのことだ。
 それだけヴィックスの言葉は重いものだった。

「いいか? お前が自分の正義を振りかざすのはいい。ただし自分のケツは自分で拭けるようになれ!」

「はい……分かりました……」

「ドンレルのことは……そうだな。俺に任せておけ。ただし今回だけだ」

 ヴィックスはそう言うと、家を出てどこかへと姿を消した。
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