上 下
5 / 44
第1章 辺境編

第5話 新たな決意

しおりを挟む
 就職の儀リクルゥトゥスが終わってから、アスターゼの態度は変わった。
 両親も目を見張る程の変化で、朝のランニングから家庭菜園の手伝い、父親による剣術の稽古、そして読書と彼の1日はあっと言う間に過ぎていく。

 音無静として生きた前世では、精神的に追い込まれて多くの人に迷惑を掛けた上、悔いのある人生となってしまった。
 この世界で同じようなことを繰り返したくはない。
 騎士ナイトの息子、アスターゼとして何ができるかは分からないが、決して悔いのないように生き抜いていきたかったのだ。

 音無静の父は世界的な規模を持つフライチャイズのチェーン店として店舗を任されていた。しかし、あまりの激務に父が過労で倒れたため、静が代わりを務めることになったのだ。まだ若かった静は、空手で培った精神力で、初めこそその溢れる精神力とみなぎる体力で業務をこなしていたが、じょじょに心身を消耗していくこととなる。

 本部からの理不尽な命令と冷徹な対応に悩まされ、ガチガチの業務契約に縛られて身動きも取れない。
 更に人手不足により1人で店を回さざるを得ないことが多くなり、ロイヤリティも払えない程の赤字が続いた。肉体的にも精神的にも追い込まれた静は、本部に何とか契約条件の見直しなどを求めたが、聞き入れられることは決してなかった。逆に反抗したことに不満を持たれたのか、店舗近くに同じフランチャイズの直営店を建てられると言う嫌がらせまで受けてしまったのだ。

 精根ともに疲れ果てとうとう店はつぶれてしまい、借金を負うことになった静であったが、心を奮い立たせて再就職の道を模索した。しかし、なんとか就職しようと転職活動に勤しむ彼であったが、何故か中々決まることはなかった。経歴に特に問題はなく、本人も恥の多い人生を送ってきたなどとは全く思っていなかったため、とにかく自分を信じて面接を受け続けた。落とされても落とされても転職に挑む内に静の転職に掛ける想いは誰よりも強いものとなったのである。

 落とされ続ける内に、どこかに違和感を覚えた静は、ひょんなことから、ことの裏にフランチャイズ社長の嫌がらせ、つまり就職妨害があることを知ってしまう。
 広い人脈を持つ社長が裏から手を回して妨害工作をしていたのだ。
 心神耗弱しんしんこうじゃくを通り過ぎて心身喪失しんしんそうしつ状態にまで追い込まれていた静は激昂し、発作的に社長一家を惨殺してしまう。

 確定死刑囚となった静は、刑を執行され、前世での生を終えたのであった。

 そこでこの転生である。
 静からアスターゼとなり、彼はこの世界で悔いのないように生きてやると心に誓った。また、心身喪失状態で、しかも散々自分に嫌がらせをしたとは言え人を殺してしまった身としては、この世界の人々の幸せを実現するために生きようとも考えていた。

 ――そう、自由に転職が可能な何にも縛られない国家を作るような

 アスターゼは12歳になり、幼馴染のアルテナやエルフィスと共に色々な場所を冒険してまわっていた。
 最初は自分の職業ジョブを嫌がっていた二人であったが、現在では割と受け入れたのか、アルテナは聖騎士ホーリーナイトとして、エルフィスは神官プリーストとして村の周囲に出没する害獣の駆除なども積極的に行っていた。

 流石に魔物と戦うことは許されなかったが、獣を倒してもキャリアポイントを得ることができるため、3人は村の近くにある森に棲むラヴィラビィを中心に狩りを行うようになった。
 ちなみにラヴィラビィは鋭い牙と角を持つ兎のような獣である。
 それ程キャリアポイントを溜めることは出来なかったが、そこはアルテナもエルフィスも気にしていないようであった。

 アスターゼは、現在、転職士から鑑定士を経て騎士ナイトに転職して狩りや稽古を行っていた。現時点では出来ることはまだ少ないものの、並行して職能やその特性などについて出来る限り検証していく。

 転職士の能力のマスターしていたため職業熟練者ジョブマスターとなっている。
 とは言え、転職士の職能〈転職〉で習得できる特性は【ハローワールド】のみなので神から職業を与えられた瞬間からマスターしていた訳なのだが。
 最初から【ハローワールド】を習得できていなかったら、他の職業に転職はできなかっただろうから、アスターゼとしては幸運だった訳だ。

 アルテナも職能〈聖剣技〉の一つ【神聖剣】を覚えていたし、エルフィスも職能〈神聖術〉の【ヒール】、【キュアポイズン】を覚えるに至っていた。
 ちなみに職業レベル―ー職位が上がって特性を覚えると、その職能をセットしていなくても能力を使うことが可能なので、アスターゼとしてもどんどんキャリアポイントを稼ごうと努力を惜しまなかった。

 こうして3人はすくすくと成長していったのである。

 そんな中、村にネイマール商会と言う大店が店舗を出す話が持ち上がり、あれよあれよと言う間に村に似つかわしくない大きな店舗が建てられた。
 このスタリカ村支店は、大きな商会の店だけあって安価な品物を提供することができ、村の他の店の業績を圧迫していった。
 更に支店長のドンレルはかなり、あくどい性格をしていた。
 巧みな話術で村の老人を騙し、高価な物を売りつけていたのだ。
 アスターゼが習得した鑑定士の特性【鑑定】を使用した結果、彼らが買ったものは悉く偽物や粗悪品だったのだ。
 鑑定結果を教えてもドンレルに直接、品物を売りつけられた者はその結果を頑として受け入れない。

 完全に信じ込んでいるのだ。

 流石にその場にいなかった家族たちは、品物は価値の低い物だと分かったらしく騙された者の説得を試みていた。
 鑑定するまでもなく低品質だと分かる程、見た目からして出来が悪かった品物は多かったのである。

 アスターゼは騙された人々を粘り強く説得したが、彼の職業が転職士と言う理解できない職能を持つものである上、鑑定士でもないことから大人たちは彼の言い分を聞かなかった。

 耐性がないと職業の能力やスキルには抵抗レジストできない。

 それなりに大きなスタリカ村はワインと言う特産があり、蓄財している者が結構存在していた。
 このままではドンレルに財産を根こそぎ奪われてしまうことにもなりかねない。

 それを危惧したアスターゼはスタリカ村の子供たちで組織していた『アルテナ騎士団』を招集した。
 名前の通り聖騎士ホーリーナイトアルテナを団長に結成した十人からなる騎士団だ。
 アルテナには抗議されたが、アスターゼが参謀に就任すると言うことで妥協してもらった。

 団員の胸には青の輝石エクジェンスのネックレスが光り輝いている。
 これはどこにでもある鉱石で一塊の石を砕いた物を意識を共有したい者同士で持つことで特殊な効果をもたらすのだ。
 これを持って念じれば、他のメンバーに知らせが行く仕組みになっている。
 青の輝石エクジェンスは、一種の精神同調をもたらす鉱石で、詳細は未解明だそうだ。
 アスターゼは団員各自の身に危険が及んだ場合に使用するよう言い聞かせていた。

「皆に集まってもらったのは他でもない……」

 アスターゼの言葉から会議は始まった。
 すぐさま、アルテナの間延びした声が響く。

「何があったの~?」

「参謀! 早く早く!」

 忙しない団員たちを手の平を前に突き出して制すると、アスターゼはゆっくりと説明を始めた。

「ネイマール商会のことだよ。支店長のドンレルが大人を騙して粗悪品を売りつけている」

「そあくひん?」

「ああ、偽物とか質の悪い物ってことだよ」

「悪者ってことだねーわかるよー」

 団員は皆8歳から12歳までまちまちである。
 幼い子供たちは、まだまだ未成熟でいちいち騒がしい。

「このまま放っておけば、皆の家からお金が無くなって生活が苦しくなる」

「父ちゃんが言ってた! 今年の冬は厳しくなるって!」

「ドンレルは悪者だ。悪人はどうする?」

「はいッ!」

「良し。カノッサ!」

「アルテナ騎士団規則その壱! 悪は成敗すべし!」

「その通りだ。よってドンレルは成敗する」

 成敗と言ってもアスターゼに殺すつもりなどない。
 この世界の司法制度はまだまだ未成熟なようで、教会が神の名の下に断罪したり、絶対の権力を持つ施政者が独断と偏見で裁いたりすることが多いらしい。アスターゼは自分たちのやることも一種の私刑だと自覚しながらも、この歪んだ世界を正すために力を尽くすことにしたのだ。

「証拠はある。俺が鑑定した結果、売りつけられたのは全て低ランクの無価値な物だった」

 ドンレルの職業ジョブ詐話師さわしであった。
 アスターゼがこっそりと鑑定したところ、得られた情報はこのような物であった。

名前:ドンレル
種族:人間族ヒューマ
性別:男性
年齢:46歳
職業:詐話師さわし
職能1:だま
職能2:-
加護:運気上昇Lv2
耐性:威圧Lv4
職位:だますLv6

 鑑定士の職能〈鑑定〉の【鑑定】ではこの程度しか情報が分からないようだ。
 習得している特性やその効果などは分からないし、もしかしたら他にも見えない情報があるも知れない。
 〈鑑定〉には他に【看破】、【全能の眼】があるが、キャリアポイントの関係で習得はできていない。

「それでどう成敗するんだ?」

 エルフィスの言葉にアスターゼは、真剣な顔で皆に告げた。

「試してみたいことがあるんだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

処理中です...