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番外編1
しおりを挟む「なあ?女の子だったら『ハルヴァ』と名付けようと思ってるんだ、あのな?外国の言葉で『甘い』という意味があってな?甘い物はみんな好きだろ?みんなに好かれるように」
「あー、はいはい!わかったわかった!」
私は夫の言葉をカラカラと笑い飛ばした。
彼は少し神経質なところがあって考えるのが得意だ。
「変かな…?」
少ししょんぼりする夫の頬に手を添えながら私は「いや、いい名前だよ」と笑う。
夫は優しく私の膨らんだ腹をなでると愛おしそうに私を見つめた。
(幸せだ…)私はそう思う。
永くは生きられないだろう。
聖なる力を持ってしまった女の宿命だ。
私が生まれて数年経つと手が光るようになった。
祖母に当たる人物はとうに亡くなっていて、私の光る手を見た母が「なんでこの子が…」と泣き崩れたのを覚えている。
私はなんとなくその様子を見て(ああ、私は大変な存在として生まれてしまったのだな)となんとなく思った。
幼い私は荒れ果てた。
頼んでもいないのに勝手に産んで…挙げ句私は早く死ぬのだ。
私は野山を駆け回り、死んだ動物達に手をかざして回った。
ドロドロの屍が歩きまわればパニックが起こって面白いだろう…そう思ったからだ。
「……なんだよ…動かないじゃないか」
私はピクリともしないウジの湧いた死骸を見つめてつまらない気分になった。
自分と同じ光る手を持って生まれた祖母は私が物心つく頃にはもういなかった。
聖なる力を持つ女は短命だ。
なぜか?
それは……
「……下らない」
私は伝え聞いた祖母の末路を思い出し、吐き捨てるように呟くとそこらに咲いている花を踏んで歩いた。しかしその花はキラキラ輝くとまた美しく咲き誇るのだ。
それは自分が踏む前よりも美しく。
ある時、私は学校の前で膝を抱えて蹲る男子を見つけた。
土まみれな彼は見るからに敗北者だ。
いつもなら無視するだろう
明日魔女に会う私はなんだかいつもよりアンニュイな気分になっていたのかもしれない。
明日自分の運命が決まる。
恐らく私も祖母と同じような末路を辿るのだろう。
(どうして生んだんだよ)
私はこの先に待つであろう自分の悲惨な運命に自分の両親を呪う。
(勝手に結婚して、勝手に私を産んだ……頼んでもいないのに!)
だからいつもは掛けないであろう声を、その男子にかけた。
「どうしたんだよ?大丈夫?お前」
顔を上げた男子は誰かに殴られたのか、顔を大きく腫らしている。「……」
「…大丈夫かよ…」
私は想像以上の彼の様子に目を丸くするとそこに触れた。
私の手が光る。
「……あ」
すると見る見る間に彼の顔の腫れが引いていった。
(……ダルい……)
私は何か悪い空気を吸ったときのように頭をクラクラさせると彼の制止も聞かず、フラフラとその場を去った。
私は家に帰ると、わざと指をレターオープナーで傷つけた。
自分が手をかざすと何か起こる…それを試してみたかったのだ。
そこに手をかざしても何も起こらず私はただただ首を傾げる。
手が光る女は短命だ。
魔女は手が光る女を見つけると顔を曇らせて一番彼女の中で価値のない男と結婚させる。
祖母もまた、そんな理由で祖父と結婚させられて私の母を産んだ。
祖母は手が光る女性として生まれ、結婚してからも人に会うのを拒んでいたそうだ。
「私の母様…あなたのお祖母様はね、それでも手が光るのが治まらなかったそうなのよ…」
「……」
いつか母が泣きながら私に告げた話をなんとなく思い出す。
その時も(なんでお母様が泣くの?人生が絶望的なのは私なのに)と内心イライラしていた。
「だから…あんな最期だったのね…」
「……」
私の祖母は母を生んですぐに腕を切り落とされた。
子どもを生んでも手が光ったままだったからだ。
私は母からそれを聞かされて(それを聞いて私はどうすればいいのか?)と思ったものだ。
「……でも……」
私は朝、自分の少し弱くなった光を見つめながら思った。
(これには…容量があるのでは?)と
「……私、ちょっと出かけてくる」
私は魔女と会う当日の朝、家族の制止を振り切って野山を駆けた。怪我をしたり、死にかけた動物に片っ端から光を分けていく。
魔女への顔合わせに遅れたら今すぐ全員殺される。
家族は必死になり私を探し回っていることだろう。
「でも…このままじゃ私は確実に死ぬじゃないか…」
私は柄にもなく溢れ出た涙を隠すように野ウサギを抱いた。
私の分けた光は、彼の折れ曲がり千切れかけていた脚をドンドン元に戻していく。
私はこみ上げてくる吐き気に耐えきれず、嘔吐を繰り返した。
体調が悪い。
涙が溢れてくる。
子を産んでも光が治まらなかった祖母は腕を切り落とされて魔女の住処の端にある塔に放り込まれた。
そこから出てきたものはいない。
だから中がどうなっているか誰も知らない。
魔女は時折、宝物を覗く子どものようにそっと塔の天辺を開けると中を覗き込む。
その時の魔女は幼女のような声を出して笑うそうだ。
まるで塔の中からその様子を見た記憶があるように、嬉しそうに笑う魔女の顔が脳裏に流れ込んでくる。
「……誰が見たんだよ」
私は頬に垂れた涙を腕でぐいっと拭うと野ウサギを放し立ち上がり、遠くから家族が走ってくる様子を見た。
私はチラリと自分の手元に目線を下ろす。
その手のひらはもう…光ってはいなかった。
私はムカムカする胃を手で抑え、舌打ちをした。
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