【R18】さよなら、婚約者様

mokumoku

文字の大きさ
上 下
31 / 44

31

しおりを挟む
「すみません…よく…」

ディオスは記憶にはない女性の顔を見てそう言った。
申し訳ないがわからない。

「会ったことがあるはずなのにね」
更に背後から声がしてディオスはそちらを振り返る。
少し警戒した。

(女が二人…俺は今何も持っていない…大丈夫か?)
ディオスは念の為木の側までジリジリと下がると背中を守った。

「何もしやしないわ」

少し年を重ねたであろう女性の声にディオスはますます首を傾げる。
(軍隊にこの年齢の女性はいないはずだ。少なくとも俺がいた実務部隊には…)
二人の女性…やはり何度見ても覚えがない。
それにディオスはハルヴァ以外の女性と仕事以外で深く関わった覚えもない。



「お父様は元気?ディオスくん」

そう言われて初めて…ディオスは少しだけ脳を刺激されたような気がした。



ディオスは人の顔を覚えるのが苦手だ。
特に女性がよく…覚えられない。

子どもの頃、父が他所で作った子どもたちと自分の兄弟が遊んでいる輪の中にディオスはどうしても入ることができなかった。

そんな彼は庭で土をほじくって暇を潰していた。

「みんなと遊ばないの?」
1人の女性が背後から話しかけてきた。
「……今、土をいじってるから」ディオスが答えになっているのかなっていないのかわからない返答をすると女性がディオスの手元に手を伸ばしてきた。

そこには大粒の赤い宝石がついた指輪をした女性の手が見えて、ディオスはその赤い宝石を見つめた。

「ディオス君…お父様元気?」
「……わかりません、多分元気」
「お父様に伝えて?こんなもの…貰ったって…人の心は精算できないのよって…」
ディオスはどういう意味かわからず顔を上げた。
「…あの、俺お父様とは」あまり話をしないんです、と伝えようと顔を上げると女性はもういなかった。



看護長は大粒の赤い宝石がついた指輪を見せながら「ディオス君…あの時のお話、お父様にしてくれた?自分だけ幸せになろうなんて…そうはいかないのよ?」と顔を引き攣らせながら言った。

「…………」

ディオスはその顔をじっと見つめる。
「ディオス様」
もう1人…看護長よりは若い女性が自分の名前を呼ぶ。

「本当に本当に私のことは覚えていないのですか?」
甘い声を出しながら彼女はディオスに近寄った。

ディオスは見ても覚えのない顔に「……すみません、俺…女性の顔がよく…」と眉を寄せた。
するとその女性は激昂したように眉を吊り上げながら「ハルヴァのことは覚えてるのに!?ふざけんなよ!なんで私じゃなくてハルヴァなんだよ!!!合わせ子のくせに…!誰でもいいんでしょ!?なんで私じゃないのよ!」と大きな声を上げた。


「……?すみません…よく…」
看護長がディオスのセリフを聞いてため息をついた。
「お父様と一緒ねぇ?ディオス君…親子揃って記憶力が悪いの」
「看護長!私もハルヴァと一緒にあの時いたんです!ディオス様だとわかっていれば!もっと手厚く看護しました!なんで言ってくれなかったの?ハルヴァは多分知ってたんだわ!あの子…本当にあざといんだから!ディオス様だと気付いていたのよ!」

「ちょ…」ディオスはよく把握しきれない会話に動揺しつつも、話を整理しようと声を上げたがそれはかき消されることになる。


「ディオス、貴様なにをしてる」


赤い髪をバサリと靡かせてキミアナ様が登場したからだ。
「キミアナ様…」
「ハルヴァ殿を悲しませるようなことをしていないだろうな…」
キミアナがカチャリと腰の剣に手をかけたのを見てディオスは頭を左右に振った。
「ふん…ならいい、…どうしましたか?ご婦人達、私の部下が何か?」キミアナは王子様のように二人の前で畏まると爽やかに笑った。


二人は少し動揺した素振りを見せると何事もなかったかのように立ち去ろうとしたが、ディオスが看護長とハルヴァの先輩の背中に向けて「俺と親父は別です。俺は…あの人ではない、血は繋がっていますが…別の存在なんです」と言った。

「だから…父に何かあるなら、本人に…それに俺は妻以外は抱けません。…親父とは違うので……それに、妻は俺のこと覚えていませんでした。……妻は誰にでも分け隔てなく癒やす素晴らしい女性です」と言った。


そうディオスが言い切った時「あれ?ディオス様…まだいらしたんですか?キミアナ様も」
ハルヴァがサラと一緒にルンルンと箒を持って入口にやってきた。

「看護長、先輩…まだいらしたんですか?夜勤明けですよね」サラが気遣うような素振りで内心(早く帰れよ)と思いながら二人に声を掛けていると、ディオスが「ハルヴァ殿…その、なんだ…仕事は?どんな感じだ?」と問いかけてきたので「え?へへへ…あまり上手く出来てなくて…でも、私…頑張りたいと思ってるんだ」とハルヴァは顔を上げた。

それを黙って見つめていたキミアナが「すみません、あの…お二人」と看護長とハルヴァの先輩に声を掛ける。
「…なんでしょうか」
「私、大佐の部屋に伺いたいのですが…案内をお願いしたいんです」と凛とした声で言った。
看護長は何やら口を開きかけたが「……わかりました」そう呟きキミアナを連れて医院に入って行った。


ハルヴァは首を傾げながらそれを見送ると、ディオスはハルヴァの頬に触れながら「あまり無理せず」と言ったのでハルヴァは「うん!」と元気よく返事をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

アリシアの恋は終わったのです。

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

処理中です...