【R18】マザコン夫は妻をとっても愛してる

mokumoku

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「イト、少しだけ静かに」

自分の背後からそう囁いたのはシュンスケだった。


イトは背後にいる人物がシュンスケだと知って肩の力を抜いた。


扉の隙間から覗く土蔵にはゾロゾロと男性が入ってきた。
みんなキョロキョロと辺りを見渡し、誰かを探しているようだ……

シュンスケがイトを抱き締めた。
その時、イトは自分が震えていたのを知る。

(みんな……あの夜土蔵に来た人たちと同じ目だ)


イトはそう思った。

シュンスケを見上げると彼は隙間から外をじっと眺めている……


そしてイトにキスをした。

(……そんな場合ではないのでは!?)

イトは驚いて離れようとしたけれど、狭い箱の中……力が上手く出るはずもなく……シュンスケにガッチリと抱かれて舌を舐め回された。
「……ん……ふぅ……」
イトが快感に耐えられず声を上げた時、外側から扉が開かれた。イトは恐ろしくてシュンスケに抱きつくと夫もまた、イトを強く抱いて「……なんだ?覗きか?……趣味が悪いな」と低い声を出した。

「ゲ……シュンスケ……」
「なんだお前ら……うちになんの用だ?」シュンスケはそう言いながらゆっくり棚から外へ出るとイトの手を握り棚から出るように促した。
恐る恐るイトは外へ出る。

「妻を可愛がっていたというのに……とんだ邪魔が入った」
シュンスケはそう言うと愛おしそうにイトを見つめた。

土蔵には数名の男性がいたが、みんなシン……と静まり返っている。「……うちに用だとしたら……お前ら場所を間違えてやしないか?俺は妻をお前たちに会わせる許可を出していない。違反だろ?それは……まあ、うちの母なら母屋にいるが……」シュンスケはニコニコ笑うとそう言ってイトの肩を抱いた。

男性たちは出て行く口実ができたからか「あ、ああ……そうなんだ。お前の母親にな、呼ばれて……」とヘラヘラ笑うと土蔵を出て行った。

イトがぼんやりとその様子を見ていると
ギリ……と固いものが擦り合う音がしてイトはシュンスケを見上げた。

シュンスケが鬼のような顔をして土蔵の入口を見ているのに気付いてイトは顔を青ざめた。


シュンスケはイトの方を向いて腰を屈めると頬に手のひらを当て「イト、大丈夫か?」と優しい声で聞いた。
「う、うん……大丈夫……」イトはシュンスケの温かさを感じて安心感から顔を歪めた。「……いいか?イト、今から部屋に行って……大事な物を鞄に詰めるんだ。できるか?」
「うん、なんで?」
「ちょっと早いけど旅行に行くぞ、楽しみだな」シュンスケはそう言って口角を上げる。
「旅行?うん、行く行く!」
「ははは、よし、じゃあ誰にも会わないように気をつけるぞ」
「……なんで?」
「ついて来られては堪らん、二人きりがいいんだ」
シュンスケ作業着の上着のポケットに手を入れると恥ずかしそうに頭を掻いた。

二人はそっと勝手口から家に入ると台所を経由して自分たちの部屋に戻る。家には誰もいないのか、しん……と静まり帰っていた。

「緊張する」

イトがシュンスケにそっと耳打ちすると夫は口角を上げながら作業着を脱ぎ捨てている。ガッチリとした身体つきとしっかりと付いた筋肉にイトは顔が熱くなったので違う方を向いた。

イトはシュンスケに買ってもらった着物に急いで着替えると少ない荷物を鞄に詰める。
シュンスケは上着を羽織ると「イト、準備できたか?」と声を掛けてきた。

その時、襖をトントン……とノックされたので、二人息を潜める。
(……般若?)


しばらくの沈黙の後……

「シュンスケ、イトさん……いるかい?開けてもいいかい?」
と穏やかな義父の声がした。

シュンスケはイトをギュッと抱き寄せると
「……父さん、一人ですか?」と義父に声を掛ける。

「勿論」
「……」シュンスケは背後の窓をゆっくり開けながら「……どうぞ、開けても大丈夫です」と義父に声をかけた。
いつでも逃げられるようにしたかった。
今回失敗してしまったら、もうチャンスはないだろう。
シュンスケは揺らいだ。
父を信じたい気持ちと……もしかしたら、という狭間で……揺れて涙が出てきそうだった。

自分の子ではないと知りながら、優しく穏やかに接してくれた。

(この人は……そんな人ではない)

だが、シュンスケは窓を開けた。
いつでも逃げ出せるように…

襖がゆっくりと開けられていく。

そこにはいつもより少し小さく見える父が一人で立っていた。
「シュンスケ、今母さんは土蔵で村の若い衆と話している。父さんがイトさんは職場に来たよと話しておいたから……まだ、時間があるよ」
父は眉を下げるとそう言った。
シュンスケは胸が震える気持ちがして、思わず目に涙を浮かべた。
「……父さん」
「お前の気持ちはわかるよ。出て行くのか?」
「……出て行く」シュンスケはポロポロと涙を流し始めた父から目が離せなくなった。いつの間にか自身の頬にも伝っている涙の筋に気付きながらも拭うことはできなかった。

「そうか、たまにハガキでも寄越せよ?住所は書かなくていいから……名前だけ書いてな」
「……わかりました」
「イトさん……嫌な思いをさせたね、ごめんね」

父はそう言うとひらひらと手を振った。
最後の挨拶だった。

「父さんが母さんと話してくるから、土蔵には近付いてはいけない。早く出て行きなさい。……またな、シュンスケ」
「父さん、俺はあなたの息子です」シュンスケはボロボロと涙を流しながらそう言った。シュンスケはサツキの父ではなく、この人の子として生まれたかった。
何度そう思っただろう。

「当たり前だろ、シュンスケ。お前は俺の子だ、血なんか……関係ない。生まれた時からずっと…お前は俺の子だ。シュンスケ」

父はそう言うとシュンスケに二人の草履を渡しながら早く行きなさいと出発を促した。
しゃくり上げるイトを支えながらシュンスケは鼻を啜る。



シュンスケは窓から飛び降りた。「ほら、イト」シュンスケは両手を広げ、イトを抱き止めて荷物を持つと「よし、じゃあバスで駅まで行こうか」と目元を拭う。
「うん」



バスに乗り込むとシュンスケはイトの手をギュッと握りしめ窓の外を眺めると「……もう、あの家には帰らないから」となんでもないような風に言った。


「え?」
「……もう帰らない、俺がいなくなればあの家の一番目はノブになる。だから……この方がいいんだ」
「…………」

イトはシュンスケにそっと寄り添うと「……うん、そうだね」と目をつむり、シュンスケの匂いを嗅いだ。

窓の外を流れる風景はこの前見たものと変わらず、ドンドンイトの横を流れて行った。


シュンスケからはとてもいい匂いがする。
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