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シュンスケがイトの中に出したのでイトは驚いた。
初めての交わり以来だ……
中にじんわりとシュンスケの精を感じる。
彼は余韻に浸っているのか目を閉じると眉間にシワを寄せ、腰を震わせている。
イトはシュンスケの背中に手を回すと「……赤子が……できてしまいます」と囁く。
シュンスケはイトを更に強く抱き寄せると「……たくさん作ろう」と言ったのだが、イトは複雑だった。
この村では第一子以外は扱いが悪いからだ…
「一人がいいです」
「不安か?……大丈夫だ。イト、俺たちの子はみんな平等に」
シュンスケはイトの額にキスをするとそう言って頭を撫でた。
しかしイトは(そんなの……ここの村では無理だ)と思う。
シュンスケがサカイと共に会社に戻ると入れ替わるように義母が帰宅した。「おかえりなさいませ」イトは廊下を拭く手を止めて立ち上がると頭を下げた。
義母はイトの前に立つと「ねえ?イトさん……」と話しかけてきた。玄関の硝子戸から差し込む光で義母は真っ暗な影に見える。
「……はい」
「明日……土蔵の掃除をしてくれない?」
「……はい」
イトはまた祭りでもあるのか?と大人しく指示に従うことにした。
夜、寝ずにシュンスケを待っていると襖が開いた。
そっと布団が捲られてシュンスケが入り込んでくる。
「起きてたか」
「ふふ、だってシュンスケさんに会いたいもの」イトはそう小さな声で言ってシュンスケに抱きつくと彼もまたイトを抱き寄せた。
「今日は母さんに何もされんかったか?」
「うん、でもね……土蔵を明日掃除することになった」イトはシュンスケにキスをされながら言った。
「……土蔵……?」
チュ……とリップ音を立ててシュンスケが離れて行く。
「そう……土蔵」イトがシュンスケの胸に頬を寄せるとギュッと抱き寄せられたが、夫はそのまま何も話さなくなった。
イトは昼間の疲れからゆっくりと眠りに落ちていく。
「いい?イトさん、私はちょっと用があるから一緒にできないけれど……全体的に掃除をお願いね」朝、義父とシュンスケを送り出すとイトは義母に土蔵へ押し込まれた。
「はい」
「ねえ?イトさん、シュンスケは幸せになるべきだと思わない?」
「……?はい、そう思います」
「よかった……そうよね、そうよね……」
持たされた掃除用具を握りイトは(般若からの解放……)を呑気に喜んでいた。
鼻歌混じりに土蔵を掃除していると外がガヤガヤと騒がしくなったので手を止める。
「……なんだろう」
イトが手を止めて顔を上げると直ぐ側にあった棚の扉が開いてそこに引きずり込まれてしまった。
「イト?イト……」
友人が暗闇から手招きをしたのでイトはそちらにそっと近寄る。
「どうしたの?」
友人はどこからか手に入れたであろう食べ物をイトに分けながら「イト?この村はね、少し変わってる」と囁くように言った。
友人は懐から日に焼けた紙を出すと床に広げる。
「なぁに?これ……」
「村の地図だよ。上から見たやつ」
「……ちず」
「今ここがイトのいるところ」友人が指を指す。他3点を指さしてイトを見た。
「同じマークがあんだろ?でもイトの所以外にはもういない」
「何が?」
「仲間、……みんな消えてしまった」
友人は少しさみしげに目を伏せる。
「仲間?友だちがいたの?……寂しいね」イトは亡くなるかしてしまったのかと気の毒に思った。ナキコは衛生環境も栄養状態も悪いことが多いので感染症で亡くなることも少なくない。
ここ最近奉公で会わないな……なんて思っていると実は亡くなっていた、ということもままある。
「イト……女が行方知れずになるとな、人によっては櫛を探しに一回家に戻ってくるんだよ。それは神様の嫁に行くときに、髪を美しく手入れするためだ」
「へー神様の?」
「イトは来るなよ?そう言うつもりであげたわけじゃない。お前は幸せになれ、イト……神に嫁なんかいらないんだから……ただ、神は自由が欲しいんだ」
友人は顔を上げてイトを見た。
「……勝手に閉じ込めて……忘れちまう、人間は」
その顔が泣いているようでイトは胸が締め付けられるようだった。
「……大丈夫?」
イトは友人の手をそっと包みこんだ。
「私……よくわからなくてごめんね。でも、辛かったね……辛かったね……」
イトがそう言うと友人は肩を震わせた。
「……この村は変わってしまったよ、昔は……四人いた時は豊かで飢饉なんかなかった……オレ一人では無理だ……お前だけでも幸せになれ、イト……」友人は絞り出すようにポツリ、ポツリと言葉を紡いでいく。
(ききん?)
しかしイトには言葉が難しすぎて半分以上意味がわからなかった。いつもなら聞き返すけれど、今はなぜかできなかった。
辛そうに話す友人に、質問など
イトにはできなかった。
その次の日だ。
姉が事故死したと土蔵から出されたのは。
現在イトは暗闇の中、得体の知れぬ人物に後ろから口を塞がれて……焦りの中そんな事を思い出していた。
土蔵の雰囲気と空気……それに棚の中に詰め込まれている緊張感がなんだかナキコ時代を思い出させたのだ。
力強さとガタイからなんとなく男性であることは予想できた。
それが益々イトを緊張させた。
(なんでこんなことを……)
イトは軽く身を捩ってみたがその人物が小声でイトに囁いた。
その時、土蔵の扉が勢いよく開いて何者かが飛び込んできた。
イトは棚の扉の隙間から、それを見た。
その人物を見た。
初めての交わり以来だ……
中にじんわりとシュンスケの精を感じる。
彼は余韻に浸っているのか目を閉じると眉間にシワを寄せ、腰を震わせている。
イトはシュンスケの背中に手を回すと「……赤子が……できてしまいます」と囁く。
シュンスケはイトを更に強く抱き寄せると「……たくさん作ろう」と言ったのだが、イトは複雑だった。
この村では第一子以外は扱いが悪いからだ…
「一人がいいです」
「不安か?……大丈夫だ。イト、俺たちの子はみんな平等に」
シュンスケはイトの額にキスをするとそう言って頭を撫でた。
しかしイトは(そんなの……ここの村では無理だ)と思う。
シュンスケがサカイと共に会社に戻ると入れ替わるように義母が帰宅した。「おかえりなさいませ」イトは廊下を拭く手を止めて立ち上がると頭を下げた。
義母はイトの前に立つと「ねえ?イトさん……」と話しかけてきた。玄関の硝子戸から差し込む光で義母は真っ暗な影に見える。
「……はい」
「明日……土蔵の掃除をしてくれない?」
「……はい」
イトはまた祭りでもあるのか?と大人しく指示に従うことにした。
夜、寝ずにシュンスケを待っていると襖が開いた。
そっと布団が捲られてシュンスケが入り込んでくる。
「起きてたか」
「ふふ、だってシュンスケさんに会いたいもの」イトはそう小さな声で言ってシュンスケに抱きつくと彼もまたイトを抱き寄せた。
「今日は母さんに何もされんかったか?」
「うん、でもね……土蔵を明日掃除することになった」イトはシュンスケにキスをされながら言った。
「……土蔵……?」
チュ……とリップ音を立ててシュンスケが離れて行く。
「そう……土蔵」イトがシュンスケの胸に頬を寄せるとギュッと抱き寄せられたが、夫はそのまま何も話さなくなった。
イトは昼間の疲れからゆっくりと眠りに落ちていく。
「いい?イトさん、私はちょっと用があるから一緒にできないけれど……全体的に掃除をお願いね」朝、義父とシュンスケを送り出すとイトは義母に土蔵へ押し込まれた。
「はい」
「ねえ?イトさん、シュンスケは幸せになるべきだと思わない?」
「……?はい、そう思います」
「よかった……そうよね、そうよね……」
持たされた掃除用具を握りイトは(般若からの解放……)を呑気に喜んでいた。
鼻歌混じりに土蔵を掃除していると外がガヤガヤと騒がしくなったので手を止める。
「……なんだろう」
イトが手を止めて顔を上げると直ぐ側にあった棚の扉が開いてそこに引きずり込まれてしまった。
「イト?イト……」
友人が暗闇から手招きをしたのでイトはそちらにそっと近寄る。
「どうしたの?」
友人はどこからか手に入れたであろう食べ物をイトに分けながら「イト?この村はね、少し変わってる」と囁くように言った。
友人は懐から日に焼けた紙を出すと床に広げる。
「なぁに?これ……」
「村の地図だよ。上から見たやつ」
「……ちず」
「今ここがイトのいるところ」友人が指を指す。他3点を指さしてイトを見た。
「同じマークがあんだろ?でもイトの所以外にはもういない」
「何が?」
「仲間、……みんな消えてしまった」
友人は少しさみしげに目を伏せる。
「仲間?友だちがいたの?……寂しいね」イトは亡くなるかしてしまったのかと気の毒に思った。ナキコは衛生環境も栄養状態も悪いことが多いので感染症で亡くなることも少なくない。
ここ最近奉公で会わないな……なんて思っていると実は亡くなっていた、ということもままある。
「イト……女が行方知れずになるとな、人によっては櫛を探しに一回家に戻ってくるんだよ。それは神様の嫁に行くときに、髪を美しく手入れするためだ」
「へー神様の?」
「イトは来るなよ?そう言うつもりであげたわけじゃない。お前は幸せになれ、イト……神に嫁なんかいらないんだから……ただ、神は自由が欲しいんだ」
友人は顔を上げてイトを見た。
「……勝手に閉じ込めて……忘れちまう、人間は」
その顔が泣いているようでイトは胸が締め付けられるようだった。
「……大丈夫?」
イトは友人の手をそっと包みこんだ。
「私……よくわからなくてごめんね。でも、辛かったね……辛かったね……」
イトがそう言うと友人は肩を震わせた。
「……この村は変わってしまったよ、昔は……四人いた時は豊かで飢饉なんかなかった……オレ一人では無理だ……お前だけでも幸せになれ、イト……」友人は絞り出すようにポツリ、ポツリと言葉を紡いでいく。
(ききん?)
しかしイトには言葉が難しすぎて半分以上意味がわからなかった。いつもなら聞き返すけれど、今はなぜかできなかった。
辛そうに話す友人に、質問など
イトにはできなかった。
その次の日だ。
姉が事故死したと土蔵から出されたのは。
現在イトは暗闇の中、得体の知れぬ人物に後ろから口を塞がれて……焦りの中そんな事を思い出していた。
土蔵の雰囲気と空気……それに棚の中に詰め込まれている緊張感がなんだかナキコ時代を思い出させたのだ。
力強さとガタイからなんとなく男性であることは予想できた。
それが益々イトを緊張させた。
(なんでこんなことを……)
イトは軽く身を捩ってみたがその人物が小声でイトに囁いた。
その時、土蔵の扉が勢いよく開いて何者かが飛び込んできた。
イトは棚の扉の隙間から、それを見た。
その人物を見た。
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