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「シュンスケ?今度出掛けようよ、私冬物のコートが欲しいんだよねー!」
「……冬物のコートか」
「商店街に新しいお店ができたんだよねー!」
「商店街か……」

シュンスケがくれたおこぼれの昼食を台所で飲んで食卓にお茶を運ぶと、サツキがシュンスケの服の袖を引っ張っていて……どうやら二人は出掛ける約束をしているようだ。

「イトさんも行く?」
サツキが気さくな様子でそう尋ねてきたので、イトはとんでもない!と手を顔の前で左右に振った。
「私はいいです」
第一お金もないし欲しい物もない。
それに二人の邪魔をしてしまっては般若が怒る!
義母はとてもサツキさんを気に入っている様子なのだ。
「サツキちゃんが嫁だったらねぇ……」とため息混じりに何度も言われたものだ。
(私もそう思うーなんでサツキさんと結婚しなかったの!?シュンスケ!もー!バカバカ!バカ!)


「……なんでも買ってやるぞ」シュンスケがポツリとそう呟くと「えー?マジで?ラッキー!絶対だよ!」とサツキがはしゃいで言った。


イトは食卓の上を片付けてそれを台所に下げると(しょうてんがい……)と考えを巡らせたけれど情報がなさすぎて想像することもできなかった。
(何があるのかな?どんな感じなんだろう!)
イトは台所でこっそり今日きた新聞を広げると、中に入っていたチラシを眺めた。「……イトさんて字……読めるの?」
イトは盛大に肩をビクつかせた。
サツキに突然話しかけられたからだ。
「あ、はい。友人に教えてもらったのでちょっとだけ……どうしました?お茶のおかわり?」
「あ、うん。お湯……もらってもいい?」
「はい、どうぞ」イトはポットをサツキに渡すとサツキは「ありがとう」と笑って出て行った。

イトは再びチラシを眺めると服飾店のチラシだろうか?それを眺めた。線の細い女性が長い上着を着ているイラストが描かれている。
「セール」という文字にイトは首を傾げた。
ナキコのイトは基本的な義務教育を受けていない。



「イト、イト……」
「ただいまー!え?なに?どうしたの?」
奉公先から戻ると暗い土蔵の中、友人が一人で何やら本をめくっていた。
「奥にあった。面白いよ?イトも読む?」
イトは友人の隣に座ると本を覗き込んだ。
「あーダメ……私字が読めないの……数字ならちょっとだけ奉公先で教えてもらったけど……」
「教えてあげる。簡単だよ?イトならすぐ覚えられるよ」


(この文字は本に載ってなかったから判らない……)


イトが読めるのは平仮名だけだ。
「こっちから読むから……(へ)(い)(わ)(し)(よ)(う)(て)……」
「イト」
「あ、はい!」
イトはまたしても肩をビクつかせた。
本日二度目だ……
振り返るとそこにはシュンスケが立っていてなんだか少し気まずそうにしている。
「あ……す、すみません。チラシを整理しようかと……何かありました?お茶のおかわりですか?」(ちょっと水分取りすぎじゃない…?)
「いや……あの、あのな……」シュンスケが何かを言いかけた時、ガラガラと硝子戸が開いた。
「あ、お義母さんが帰ってきてしまいました!旦那様もお仕事が始まるのでは?さ、さあ!早く行かなければ!これは行きましょう!サツキさんも遅刻してしまいます!」
イトは慌ててシュンスケの背中を押すと台所から追い出した。
(二人きりでいるところを見られると般若が怒る!)



シュンスケとサツキを見送ると義母が「シュンスケと二人きりになってないでしょうね……サツキちゃんに聞けばわかるんだからね」と言ってきたので「なってません。旦那様とサツキさん、今度商店街に行くそうですよ?」と報告しておいた。

「まあ?そうなの?ほほほ、いいわね」
「いいですよね、あははは」イトがそう言って笑うと「まさかイトさんも……だなんて思ってないでしょうね?」と聞かれたので「は?なんでですか?」と本気で返した。なぜ私が一緒に行くのか?完全なるお邪魔虫ではないか……

「お義母さんならご一緒できるかもしれませんが…私なんて邪魔でしかないでしょー!買いたい物もお金もないし!」と笑ったら言葉遣いを注意されてから解放された。



洗濯板でゴシゴシと服を洗っていると鼻歌混じりに義母がやってきた。
「あ、そうだイトさん!今度ねぇ?サツキさんとシュンスケお泊りするらしいのよ」内緒話をするように義母がイトに顔を寄せると小声で言った。
「そうなんですかー」イトはそう相づちを打つとまたゴシゴシと服を洗う。
「あらー?嫌じゃないの?自分の夫が他の女性と外泊なんて」
「え?……別に……」
イトは義母の言葉に顔を上げた。
所詮自分はナキコだ、とイトは思っていた。
一番目とナキコの間には見えない溝があるものだ。
それは一生消えることがない。

「私……関係ないですから」

シュンスケと自分が本当の夫婦になることなど一生ないだろう、とイトは思っていた。やはり夫婦は似た者同士等とよく言われるように……身分やレベルが釣り合っていなければならないものだ。

自分とシュンスケは育ちが違う。
だから私たちが夫婦になることはない。

シュンスケはとても気を使ってくれるし、優しい。
いじわるもしないしご飯だって食べられる。おまけに彼は昼ご飯まで分けてくれるのだ!

これ以上何を望むというのか?

イトは本気でそう思っていた。
なのでシュンスケがサツキと外泊しようが男女の関係になろうがイトには全く関係がなかった。
舞台の上で繰り広げられている演劇を眺めているようだった。

「そんなことより~」

義母がぽかんと口を開けているのを見てイトは思った。
「いじわるな年上の女性が側にいる方が嫌ですねえ」
「はい?」
「なんだか自分より若い女性が憎いみたいで嫁をいびるんですよぉ」
「……」
「心が小さいんですよねぇ……恥ずかしくないのかなぁ?」
義母は途中から自分のことだと気づいたようだったけれど「心が小さい」との言葉に怒るに怒れなくなったようで顔を真っ赤にして震えているのを見てイトは(寿命…縮まれ!)と願をかけた。
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