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しおりを挟む「………そうか、ご苦労だったな」
俺は陰からの報告を受けて頭がグラグラする程の怒りに襲われた。彼女の姉である第四王女はティシュアが嫁いだ直後行方をくらましたようだ。ティシュアの教育係と共に。
「……ぶち殺してやる。許さん」
俺は第四王女の護衛である男を探し、捕えるように陰に指示をしていたが…その男を捕えたと報告があったのだ。
ゴツゴツと靴を鳴らし俺は階段を下りる。
薄暗い階段は地下へと続く。
「ただではすまさんぞ…」
護衛は一体どの立場にいるのか。
第四王女を逃がしたのか、それとも巻き込まれただけなのか、はたまた無関係なのか。「俺の宝物を汚したのは誰だ」
光も届かないジメジメとした地下室はとっておきの部屋だ。悲鳴が外に響かない。
俺は重い木の扉をギィー…と開く。
「だ、誰だ!?誰だ!!なぜこんなことをする!?おい!俺が誰だか知っているのか!!第一なぜこんなことに!ただではすまんぞ!俺は貴族の嫡男だぞ!!おい!!」簡素な木の椅子に後ろ手で縛られた男は唯一自由の効く足をバタバタさせて地面を蹴っている。
薄暗い部屋で目隠しをされ、さぞかし部屋にこびりついた血の匂いに怯えていることだろう。
「……お前こそ俺が誰か知っているか…?」
俺は護衛の髪の毛を掴むと顔を上げさせて耳もとでそっと囁いた。「うわぁ!!だ、誰だ!?……外国人か!?一体なんだっていうんだ!!!」俺のイントネーションが異なったからなのか護衛がそう言った。「そうだ…俺は外国人だ。ははは、しかし今かこではお前が外国人だな。なぜならここは俺の国だから」俺は正面に立ちキツく縛られた目隠しを外すと俺たちは目が合った。
護衛は美しい蒼色の瞳を恐怖に揺らしながら俺を見た。
「ははははは、なんてロマンチックなんだ。お前は美しい目の色をしているなぁ…」俺は側にあるろうそくに火を灯しながら言った。護衛は俺の一挙一動に怯えている。
灯りがついたことで自分の側にある鉄でできたカートの上が見えたのか、露骨にギョッとした顔をしている。その上にはペンチや金槌などが並んでいて、まるで工具屋のようだ。
「………こ、こ、こんなこと!!!俺は外国人だぞ!?こ、こんなことをしては…条例が許しはしない!!!た、た、大変なことになるぞ!!」護衛は顔色を悪くすると叫んだ。
「はははははははは!まあ、落ち着け」
俺はカートの前に立つとペンチを手に取る。
「お前のことはどうしても構わないと王から許可を貰っている」カチン…
カチン…
とペンチの柄を握ったり緩めたりをくり返す。
「………さあ言え、第四王女と消えた聖職者はどこにいる」
「第四王女!?知らない!アイツ…急にいなくなりやがって!!!無理矢理専属護衛にしたくせに!!アイツは聖職者とデキてたから…駆け落ちしたんだ!きっと二人で!!!俺は関係ないのに!!!上司に詰め寄られて…処刑されるところだった!!!俺の責任だと!!!だから王宮から逃げたんだ!!!くそ!!なんなんだ!!なんで見つかったんだ…!!!くそ…あの女のせいで人生終わりだ…!!あんな女に…くそ…くそ…なんで俺があんな女の護衛に…」
この美しい護衛はそう言うと鼻水を垂らしながら泣き始めた。
うううう…と悲痛な音が地下室に響く。
「……第九王女を知っているか」
「だ…第九王女?…………ああ、ティシュア様か?……美しくて優しかった…第四王女は目の敵にしてた。聖職者が大層ティシュア様を気に入っていたから。………あんな女…ティシュア様の足元にも及ばないのに…少し雰囲気は似てたけど…」
「……聖職者は第九王女を特別視していたのか」
「……そりゃあもうすごかったぞ?あの男…閨の教育係なのにティシュア様ばかり呼び出していたからな!」
「…………」
「な、なあ?頼むよ。俺は関係ないんだ。だから…」
俺は沸々と沸き上がる怒りに我を忘れてカートを拳で打った。
ガチャーンとけたたましい音が鳴る。
護衛は肩をビクつかせるとまたしくしくと涙を流した。
「殺してやる…ふざけるなよ」
ああ、ケモノが…
ケモノが
「た、頼む!殺さないでくれ!できれば痛いのも…お願いだ…この通り…!な、なんでもする!なんでもするから!!!」
うるさい護衛だ。
見た目ばかり麗しくてセドリックと全然違うではないか。こんな男に何か大それたことができるとは思えん。
「はははははは!なんでも?ではこれからある人物に会え。そして…全て話すのだ。第四王女と聖職者のことをな!」
「ははは、やっと見つかったのですか?…………いやいや、ここは鼻がおかしくなりそうです。ははは」「うわー!!」部屋の隅から湧き上がるように現れた神殿長に男が驚いている。
「…いつからそこにいた。…ちょうどよかった。コイツの話を聞いてくれ」俺が男を顎で示すと「ははは、ずっと聞いていましたよ?……嘘はついていない…でもどちらの居場所もわからない…そうですね?」
「え…?は、はい…」
男はポカンと口を開けると馬鹿みたいな顔をしながら神殿長を見上げた。「あなたは第四王女の護衛…一番側にいたはずです。……頬に触れても?」「え?は、はい…必要なら…」神殿長は男が了承したのを確認すると頬にそっと触れた。
「ふぅん…恐らく第四王女はもうこの世にいませんね」
「……え?」
「なんだと!?」
神殿長は少し気の毒そうな顔をするとそう言った。
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