山口さん

ベランダ

朝、出勤の準備をしていると
「すみません」と声がしたので窓の方を見る。
レースのカーテン越しにぼんやりと若い女性のような人影が浮かんでいたので少しだけ肩の力を抜いて「……なんですか？」と恐る恐る聞いた。

「あのー……すみません、鍵を部屋に忘れてちゃって……あれ？なんでベランダ…鍵かかってるの……？それにあなた誰です？もしかしてうち部屋間違えてる？それとも……」
恥ずかしそうに頭をかいているような動作で影が動く。
「あ、何号室です？隣じゃありません？」私は相手がベランダから自分の部屋に入ろうとしていることに気付いてそう声をかけた。
「608号室です」
「あ、じゃあやっぱり隣、隣ですね」
「え。やだー！間違えちゃったウケる！なんか変だと思ったんだよねー！すみませーん！」
自分の間違いに気付いた女性は砕けた口調でそう言うと影が薄くなり見えなくなった。
「びっくりしたー……」
私は気を取り直して出勤の準備を完了させ、駅に向かい電車に揺られている時に気付いてしまった。


(あれ？うち六階だよね？)


ベランダ周りには防犯のため背の高い木は植えられていない。
勿論最上階でもない……

私はベランダの鍵をしっかり閉めただろうか。と不安になり、その日は仕事が手につかなかった。