【R18】フォルテナよ幸せに

mokumoku

文字の大きさ
上 下
4 / 43

しおりを挟む
「ゴホゴホ」
フォルテナは朝咳が止まらなくて起きてしまった。
自分の実家よりも北側のこのお屋敷はフォルテナには少し寒かったようだ。
「あー……風邪をひいちゃったかも……」
フォルテナは鼻をぐずつかせながら夫婦の寝室で一人、身を起こした。
だから昨日の記憶がないのだ。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
「旦那様にうつってないといいけど……」フォルテナは毛布を一枚自分の部屋に持ち出すとソファでコロリと横になった。
頭が痛い。
自分には予定がないのでこうして体調を崩しても休むことができる。よかった……とフォルテナは思った。
友人との約束や、恋人との逢引、それこそパーティーなどに行ったり忙しくしている人ならキャンセルの連絡を入れたりしなければならなくて大変だったに違いない。
「……よかった……ヒマで……」
フォルテナは寒さを少しでも和らげようと毛布にくるまり目を閉じた。体調不良は寝るに限るのよ……



私は5歳くらいだろうか……

「お母様……お母様」
「…………」
お母様はなんで私の手を握ってくれないのかしら?
フォルテナは廊下で俯く母親の側に駆け寄り手を差し伸べても何の反応もしないことが無性に悲しかった。

「あ、お嬢様。お嬢様!」
「リリー」
リリーが私を見つけて慌てて駆けてくる。
すっかり冷えた手をリリーは包み込むように握ってくれた。
「リリー……お母様ね。私の手を握ってくださらないの……」
「お嬢様。今奥様は心に声が届かないご病気でして……治ったらきっと一番にお嬢様の手を握ってくださいますよ」
「そうかな……?」
「きっとそうですとも!」
リリーの手は温かいけれど少しカサカサしていて……でも当時の私にはそれがすごく嬉しかった。
リリーが手を握ってくれると心まで温かくなった。
風邪をひいた時もずっと側にいてくれたっけ……

もう一人で頑張らなければいけないのね。
リリーはいないんだもの。


誰かが手を握っているような気がする……
温かいわ……
寒くて寒くて堪らなかったのよ……

リリー?

リリー……私今一人で頑張っているのよ。
あなたならきっと褒めてくれるわね。

「……リリー……」

自分の寝言で目が覚める。
と思ったが夢の続きだろうか……あまり視界がハッキリしない……それに喉が乾いて仕方がないわ。
リリーは私をそっと起こすと飲み物を飲ませてくれた。

「あ、ありがとう……」

夢の中でも嬉しくてお礼を言った。
「リリー……会えて嬉しい。私……あなたに会いたかったの……」
夢でも嬉しい。
リリー……私今一人ぼっちだよ。
「リリー……本当は離れたくなかった……なんで大人になると我慢ばかりなんだろう……」フォルテナはゴホゴホと咳き込んだ。
リリーが背中をそっと撫でてくれる。

「寒い……」

私がそう言うとリリーが布団をもう一枚掛けて手を握ってくれた。フォルテナはそれを握り返すと「温かい……リリー」と呟いた。





「お嬢様……お嬢様……」
「……え……?」
フォルテナは夢うつつの中懐かしい声で目が覚めた。
辺りはすっかり暗くなっている……
その暗闇の中にいつものメイド服では無い……普段着のリリーがフォルテナの前にしゃがみこんでフォルテナを呼んでいたのだ。急いで来たのかハァハァと肩で息をしている。


「……幻覚?」
「お嬢様……幻覚ではありませんよ。旦那様から今すぐこちらに行くようにと命が……そんなことより!こんなに汗をかいて……体調がお悪いのでございますね」リリーは涙目になると慌ててバスルームに駆け込んでいる。

タオルを山のように抱えるとフォルテナの服を脱がし、身体を拭いた。

「リリーありがとう……あれ?夢?」
「お嬢様……リリーも夢のようでございます……うっ……またお会いできるなんて……」
「リリー泣かないで……」
フォルテナはリリーの背中を擦った。
その手は力が入っていなくてフォルテナの体調が悪いことが伝わってくる。
「お嬢様……お嬢様……リリーは大丈夫でございますから……ほら、横になってくださいませ。お水を飲まれますか?」
「うん」リリーに支えられて起き上がり水を飲ませてくれた。

「リリーずっといる?」
フォルテナはソファに寝転がるとリリーに聞いた。
ずっと一緒にいたかったのだ。

「今回はお嬢様の体調が戻り次第一度あちらに……でもリリーはお嬢様のお側にいたいので……あちらの旦那様に交渉してみます」
リリーはフォルテナの手をギュッと握るとそう言った。

「リリーがいなくなっちゃうなら……ずっと風邪をひいていようかな?」フォルテナは冗談交じりにそう言った。
リリーは困ったように笑うと「それは困りますよ。お嬢様」とフォルテナのおでこに冷たいタオルを乗せてくれた。





フォルテナがすっかり元気になるとリリーはフォルテナの実家の屋敷に帰ってしまった。


「え?旦那様が?」
「はい、クロードが風邪をひいたので……」
「あ……看病を……」一応妻だし……看病に行くべきなのではないかしら……?
「大丈夫です。私が行きますから」
ハーネットはキビキビと準備をすると部屋を出て行ってしまった。私はポツンと部屋に残されて「今風邪が流行っているのね……」と他人事のように言った。

なぜならフォルテナは闘病中クロードと会っていないから自分のせいではないと思っていた。
今回の風邪は長引くタイプだったのかフォルテナの密かな願いが叶ったのか一週間も寝込んでいた。
初日に会っていたとしてもフォルテナの風邪がうつったのなら二、三日前には発症しているはずだ。だから自分のせいではないと確信していた。

「でも今回の風邪は辛かったわ……」

フォルテナはカーディガンを羽織ると外を見た。

「でもそのせいでリリーに会えた……ふふ、やっぱり私ってばとてもラッキーね」フォルテナはすっかりここで餌を啄むのに慣れた小鳥がバルコニーに様子を見に来ているのをみて、可愛らしさに微笑んだ。
やっぱり結婚してよかった。
私はだんだん幸せになっているもの。
しおりを挟む
感想 316

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

処理中です...