幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―

馳月基矢

文字の大きさ
上 下
25 / 26
六 斎藤一之章:Farewell

北上転戦(五)

しおりを挟む
 鳩《はと》に手紙を持たせて飛ばしてみる。もし届いたら、返事がほしい。沖田さんの体調はどうだ? こちらは会津の中心、若松に到着した。先発の隊士たちや島田さんとも合流できた。
 慶応四年四月二十九日              斎藤一
花乃殿

 お手紙、頂戴しました。会津にお着きとのこと、安心いたしました。沖田さまの具合は、もとのとおりです。立って歩くんがやっとで、昼間は熱が高《たこ》ぉて、ほとんど眠って過ごさはります。せやけど、お見舞いが来はったときには、起き上がって笑ってはりますえ。
 沖田さまは、化け猫になったときのことを覚えてはりません。宇都宮の敗戦を聞いたあたりから記憶が途切れて、近藤さまが亡くならはったことも斎藤さまと戦ったことも、忘れてはります。ええことやと思いますわ。
 ヤミはお庭の隅にお墓を作って埋めました。江戸もやっぱり何かと騒がしゅうて、辻斬りやら妖やらうろついてますさかい、そいつらにやられたんと違うかと、沖田さまには言うておきました。
 こちらは、今のところは、さすけねぇどす。さすけねぇ言うんは、問題ない言う意味やと時尾さんに教わりました。何や語呂のええ言葉どすな。
 それはそうと、ずいぶん早《はよ》ぉ会津に着かれたんどすな。時尾さんの縮地の術を使わはったんどっしゃろ? 脚の筋肉を極限まで酷使する術や。筋肉の損傷を治癒する術といっぺんに使うさかい、術者に掛かる負担が大きい。時尾さん、疲れてはりますやろ?
 無理しすぎんと、休めるときはきちんと休まはってください。いざというときに動かれへんかったら、何の意味もあらへんでしょう?
 どうぞご無事で。
 慶応四年うるう四月七日              花乃
斎藤一様

 手紙、受け取った。沖田さんの件、よかった。記憶がないのはせめてもの救いだ。引き続き、よろしく頼む。オレたちはさすけねぇとだけ伝えてほしい。さすけねぇは、オレもたまに使うから、沖田さんも知っている言葉だ。
 時尾には負担を掛けた。若松に着いてすぐに倒れた。それまで、そんなに力を使わせていたことに気付かなかった。会津の女は気丈だが、時尾は並外れて肝が据わっている。
 新撰組は会津公に謁見して、白河の守備を任された。土方さんは怪我の具合が万全じゃないから、オレが局長代理となった。
 倒幕派は、兵の数も武器の性能も、会津をはるかに上回っている。会津には奥羽諸藩が味方しているが、それもいつ瓦解するかわからない。でも戦うしかない。
 沖田さんによろしく。
 慶応四年閏四月十五日              斎藤一
花乃殿

 お返事、ありがとうございます。ちょうど今日、珍しいおかたが沖田さまのお見舞いに来てくれはりました。斎藤さまのお姉さまとお兄さまどす。斎藤さまがくれはったお手紙、お二人にお見せしました。お姉さま、斎藤さまの字を懐かしがって泣いてはりましたえ。
 斎藤さまは、事情が事情やったとはいえ、ほんまに一度も家に連絡しぃひんかったんどすな。不孝はあきまへん。会津から戻ったら、お姉さまとお兄さまに挨拶しはってください。
 お酒が過ぎてるんと違うかと、お姉さまが心配してはりました。いくらお酒が強ぉても、量には気を付けはってください。五臓六腑が働かへんと、剣術もよぉしぃひん。胃の腑に腫《しゅ》瘍《よう》のできやすい血筋やと聞きました。ご自分のお体、労《いた》わったってください。
 どうぞ怪我などしはらへんように。早ぉ戦を終わらせて、沖田さまのお見舞いに来てください。沖田さまは最近、眠ってばかりどす。どんどん弱って、咳き込む力さえなくなってきてはります。
 慶応四年閏四月二十二日              花乃
斎藤一様

 白河を守り切れなかった。一度は敵を撃退したが、数が違いすぎる。大砲の射程の差も痛い。白河城を奪い返そうにも敵軍は増える一方で、撤退するしかなかった。
 姉や兄には気苦労を掛けた。謝っておいてほしい。いつか戻る。
 沖田さんによろしく。
 慶応四年五月六日              斎藤一
花乃殿

 お怪我してはりませんか? 時尾さんもご一緒どすか? 土方さまの傷はまだあかんのどすか? 沖田さまに何てお伝えすればええか、わからへん。斎藤さまたちは会津にいてはるって、それだけしか言えへん。
 昨日、原田さまが亡くならはりました。五日ほど前、上野で大きな戦闘がありました。原田さまは永倉さまと離れて、彰《しょう》義《ぎ》隊《たい》の一員として、倒幕派と戦って負傷しはりました。その傷がもとで亡くならはったと、さっき知らせが届きました。
 原田さまのこと、沖田さまには言えへん。原田さまは、京都に奥方さまとお子さまがいはるのに、何で先に逝ってしもたん? 永倉さまは無事どっしゃろか? もう誰も死なんといてほしい。
 知らせを持ってきはったんは、試衛館のそばに住んではった武家のご隠居さまどした。十年くらい前の沖田さまや斎藤さまのこと、話していかはりましたえ。
 沖田さまと斎藤さまと藤堂さま、三人でよぉ悪さもしてはったんどすな。塀に登って柿の実を泥棒したり、壁に落書きをしたり、障子にのぞき穴を空けたり、落とし穴を掘ったり。ほんまに子どもやわ。
 いたずらをするたび、近藤さまに蔵に閉じ込められて、井上さまや山南さまにおむすびを差し入れしてもろぉとったそうどすな。楽しかったみたいで何よりや。ええ思い出がぎょうさんあったと聞いて、涙が出ました。
 どうぞご無事で。生きて戻ってください。
 慶応四年五月十八日              花乃
斎藤一様

 原田さんのこと、悲しいが、本人にきっと悔いはない。そう信じたい。
 土方さんの怪我は、そうひどくはない。ただ、山がちの地の利を活かした戦術を取る上では、少し心もとない。会津藩士との連携も、会津の言葉がわかるオレのほうが都合がいい。だからオレが局長代理を続けている。
 時尾も従軍している。若松で待てと言ったのに、会津の女は頑固だ。話を聞かない。時尾の友で、鉄砲がうまい八重という女も一緒だ。若松の城下でも、武家の女たちが戦く覚悟を決めているらしい。
 花を同封する。押し花、というのか? 時尾から沖田さんに、見舞いの品だ。白河で、守りを固める土塁を造っていたとき、オレが見付けて摘んだ花だと思う。もとは青い花と白い花だったが、押し花にすると、色が変わるんだな。
 沖田さんによろしく。
 慶応四年五月二十六日              斎藤一
花乃殿

 斎藤さま、遅ぉございました。お花、沖田さまに見てもらえへんかった。
 五月三十日、沖田さまは亡くならはりました。眠ったまま、静かに息を引き取らはりました。ええ夢を見てはるようなお顔どした。
 斎藤さまと時尾さんからいただいたお花は、刀と一緒に、沖田さまに持っていってもらいました。うちは、四十九日を過ぎたら、京都に帰ります。壬《み》生《ぶ》の光縁寺の山南さまや藤堂さまのお墓にお知らせしに行かんとあきまへんさかい。
 沖田さまのお墓の場所は、沖田家代々の墓地がある元《もと》麻《あざ》布《ぶ》のお寺さんどす。いつか必ずお参りに来はってください。
 どうぞご無事で。ご武運をお祈り申し上げます。
 慶応四年六月四日              花乃
斎藤一様


 受け取った手紙を何度も読んだ。何度も読んで、繰り返し読んで、やっと理解した。
 沖田さんが死んだ。享年二十五。沖田さんは、オレより半年ほど遅い晩夏の生まれだ。沖田さんの生まれた日は、間もなく巡ってくるはずだった。試衛館のころは、その日になれば、沖田さんの姉さんが祝いの菓子を届けに来た。
 オレの肩の上で、鳩が喉を鳴らす。オレは、さっき鳩が飛んできた空を見上げた。日が傾いた南の空は、鮮やかな青色。段だら模様の新撰組の羽織は、あの青よりも淡かった。浅《あさ》葱《ぎ》色と呼ばれるその色に、沖田さんは初め、皮肉を言ってみせた。
「こんな色を着るの? 派手すぎやしない? 江戸の通りで浅葱色なんか着てたら、田舎くさくてちっとも粋《いき》じゃないって、からかわれるよ」
 オレに洒落《しゃれ》っ気はよくわからない。粋って何だろう? 浅葱色の羽織も誠の一文字も、きりりとして爽やかだ。沖田さんに似合うと思った。そんな正直なことを言ってみたら、沖田さんは笑った。
「実はね、おれ、渋い色なんかより、こういう派手な色のほうが好きだよ。田舎臭いだの何だの、言いたいやつには言わせておけばいい。格好よく着こなしてやるさ。でも、斎藤さん、ずるいな。おれより似合ってて格好いいって、何か悔しいよ」
 もう初七日を過ぎている。沖田さんの魂は今、どこにいるんだろう? 青い空の中を探す。白い雲が流れている。鳶《とび》が飛んでいる。山から蝉《せみ》の声が聞こえる。沖田さんはどこにもいない。
 時尾がオレを呼んだ。
「斎藤さま? 何《な》如《じょ》したがよ? 花乃さんからの手紙に何が書いてあったのですか?」
 オレは振り向いた。時尾は、何かを予感した顔をしていた。
「沖田さんが死んだそうだ」
 それだけ告げて、オレはまた空を見る。死んだら沖田さんに会えるんだろうか。大事な人が次々といなくなる。寂しさに任せて死にたくなるときがある。
 いや、そんなことを言えば、きっと沖田さんに笑われる。藤堂さんに呆れられる。原田さんに怒鳴られて、近藤さんに叱られる。源さんと山南さんに微笑んでたしなめられる。
「さすけねぇ。オレは、さすけねぇから」
 生きなければならない。誠心誠意、まっすぐに。いつか本当に終わりを迎える日まで。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

シンセン

春羅
歴史・時代
 新選組随一の剣の遣い手・沖田総司は、池田屋事変で命を落とす。    戦力と士気の低下を畏れた新選組副長・土方歳三は、沖田に生き写しの討幕派志士・葦原柳を身代わりに仕立て上げ、ニセモノの人生を歩ませる。    しかし周囲に溶け込み、ほぼ完璧に沖田を演じる葦原の言動に違和感がある。    まるで、沖田総司が憑いているかのように振る舞うときがあるのだ。次第にその頻度は増し、時間も長くなっていく。 「このカラダ……もらってもいいですか……?」    葦原として生きるか、沖田に飲み込まれるか。    いつだって、命の保証などない時代と場所で、大小二本携えて生きてきたのだ。    武士とはなにか。    生きる道と死に方を、自らの意志で決める者である。 「……約束が、違うじゃないですか」     新選組史を基にしたオリジナル小説です。 諸説ある幕末史の中の、定番過ぎて最近の小説ではあまり書かれていない説や、信憑性がない説や、あまり知られていない説を盛り込むことをモットーに書いております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

処理中です...