上 下
14 / 26
四 斎藤一之章:Betrayal

油小路事件(二)

しおりを挟む
 六月になって、伊東さんたちは五条橋東の善立寺から東山の高台寺の月真院へ拠点を移した。
 高台寺は、寺や神社だらけの東山でも特に敷地が広い。新たな拠点である月真院は塔《たっ》頭《ちゅう》といって、僧侶が寝泊まりするための離れだ。本堂までは、裏山を登って少し歩く。オレたちは僧侶ではないから、本堂に通う用事もないが。
 誰が言い出したものか、伊東さんたちは高台寺党と呼ばれるようになった。伊東さんも案外それを気に入って、高台寺党と名乗っている。
「高台寺は由緒ある寺だ。太《たい》閤《こう》秀吉の菩《ぼ》提《だい》を弔《とむら》うため、正室である北政所《きたのまんどころ》、寧々《ねね》が建立した。この月真院も、二百五十年の歴史を持つそうだ。その長い歴史に、私たちもあやかろうではないか」
 月真院の庭からは八坂の塔が望める。木や草が伸び放題の庭は、見る人が見れば風情があるらしい。伊東さんはよく縁側に腰掛けて庭を眺めている。有名な俳句にも同じ風景が詠まれているそうだ。
 晩夏の太陽がようやく沈んだ。出掛ける支《し》度《たく》をして庭に立つと、藤堂さんが呆れ顔になった。手桶を持っているから、打ち水をしていたんだろう。
「斎藤、また祇園かよ?」
「ああ」
「まさか斎藤が祇園通いに嵌《は》まっちまうとは思ってもみなかったぞ。そんなにいい妓《おんな》がいるのか? 色恋沙汰なんざ初めてだろう?」
「別に」
「なあ、おまえが贔《ひい》屓《き》にする妓《おんな》って、どんな感じだ? あ、もしかして年上か? 確か斎藤は、姉さんと兄さんがいて、末っ子だったよな。好いた相手には、ちゃんと『あいらぶゆう』って言ってやるんだぞ」
 高台寺党は伊東さんを先生に、英語を勉強している。アメリカから仕入れた、武器の本や法律の本が指南書だ。
 でも、それだけではおもしろくないからと、伊東さんは口説き文句も教えてくれる。皆、まじめな言葉よりも「あいらぶゆう」のほうをよく覚えている。
 黄昏時の薄暗がりにも、藤堂さんの目元が赤いのが見えた。日のあるうちから酒を引っ掛けていたんだろう。このところしょっちゅうだ。藤堂さんだけじゃなく、皆、酒の量が増えた。
「贔屓の芸妓がいるわけじゃない。安い酒を飲んでるだけだ」
「手酌ってわけじゃねぇんだろ? あ、そうか、逆か。斎藤が妓《おんな》に入れ込んでるんじゃなく、向こうが斎藤に惚れ込んじまって離さないんだな?」
 けらけら笑う藤堂さんから顔を背ける。行ってくるとだけ告げて、オレは門をくぐった。
 東山の坂を下って東大路に出る。東大路を北に少し行けば、花街のにぎわいに包まれる。東山は八坂神社の門前町、祇園だ。
 祇園は甲部と乙部に分けられる。甲部は、京都に六つある花街でいちばん格式が高い。例えば勝先生くらいの身分なら、問題なく店の敷居をまたげる。もとは野良侍だった新撰組じゃ玄関払いだ。
 普通の武士が入れる程度の店は、乙部のほうにある。祇園東とも呼ばれる場所で、店の格式はいろいろだ。思想家が密談しても秘密が洩れないくらい、きちんとした店もある。三度の飯を口にできる程度の銭を渡せば女が抱ける、安い色茶屋もある。
 オレはいつもの料理屋に入った。店の女に告げる。
「内《ない》藤《とう》隼《はや》人《と》の連れだ」
「へえ。内藤さまは先ほどお着きどす。こちらへ」
 鰻《うなぎ》の寝床の店構えは、差し詰め迷路だ。幾度か来るうちにおおよその構造は見当が付いた。どう考えても、隠し部屋が三つも四つもある。
 奥まった席のすだれ越しに、女が内藤隼人の名を呼んだ。聞き慣れた声が返事をして、すだれを上げる。
「待ってたぞ」
 役者のように端正な顔で笑っているのは、土方さんだ。内藤隼人というのは、土方さんが使う偽名だ。
 オレはすだれをくぐって席に着いた。盆の上には二人ぶんの酒と肴《さかな》が用意されている。土方さんはオレの盃に酒を注いだ。
「高台寺の居心地はどうだ? あのへんは山手になっているし、木が多い。大勢で押し合いへし合いする新撰組の屯所より、ずっと涼しいんじゃないか?」
「いくらか涼しいと思う。でも、藪《やぶ》蚊《か》が多い」
「なるほど。そいつはご愁傷さまだ。おまえの祇園通いは怪しまれてねぇか?」
「藤堂さんにからかわれるが、気付かれてはいない」
「だろうな。まじめな男ほど女遊びにも熱中しちまうってのが、世間の相場だ。高台寺党は皆、不安を抱えて、酒やら双六《すごろく》やら花札やらで気をまぎらわそうとしてるんだろう? 斎藤の場合は女に走ったと、平助たちも思ってるのさ」
 勘違いされるのは好都合だが、気分はよくない。
 オレは京都の女が苦手で、芸妓は特に駄目だ。気位が高くて、オレみたいな無骨者を見下してくる。遊郭で楽しいと感じた試しがない。色茶屋でさえ、吐き出した欲望より抱え込んだ気苦労のほうが、嵩《かさ》が大きかった。
 土方さんとはしょっちゅうこの店で会っている。高台寺党の様子を伝えて、新撰組の近況を聞かされる。京都を巡る佐幕派と倒幕派の力関係も逐一知らされる。新撰組にとって、状況はよくない。
 今日もまた、いくつか情報を交換した。それから、土方さんはおもむろに切り出した。
「一つ、仕事を頼まれてくれ。武《たけ》田《だ》観《かん》柳《りゅう》斎《さい》を斬ってほしい」
 ついに、という気がした。今さら、という気もした。
 四年も前の池田屋事件のころにはもう、武田さんは危うかった。軍師を気取っていて、近藤さんの腰巾着。でも、伊東さんが来てから、武田さんは頭脳や弁舌を自慢するのをやめた。近藤さんも武田さんを遠ざけるようになった。
「なぜ、今?」
「薩摩藩と連絡を取っていることが露見した。媚《こ》びへつらうのが鬱《うっ》陶《とう》しいだけなら生かしてやってもよかったが、敵との密通は許さねえ」
「罪を認めさせて、切腹させることは?」
「認めねぇだろうよ。それに、時間をかけてもいられねえ。何者にやられたかわからねぇ形で葬りたい」
「オレが出《で》張《ば》って、新撰組としては問題ないのか?」
「斎藤が新撰組を抜けたわけじゃなく、高台寺党を探る間者として働いてることは、試衛館の仲間は知っている。つまり、俺と近藤さん、総司、永倉さん、原田さんと源さんだ。武田の暗殺も同じ顔触れで計画を立てた」
 試衛館の仲間と括《くく》られる中に、山南さんと藤堂さんがいない。山南さんはすでに死んだ。藤堂さんももうすぐ死ぬんだと告げられた心地になる。酒で熱いはずの胃の腑が、すっと冷えた。
 土方さんは武田さんの暗殺計画を淡々と告げた。近々、京都の町の南端、竹田口あたりの料亭で宴を開く。古くから新撰組に貢献する者をねぎらうという名目だ。宴では、武田さんを功労者の筆頭の一人に据える。
 武田さんには、宿の用意があることを伝える。竹田口を出て伏見に向かう途中にある宿で、女の手配もしてある、と。
「斎藤には、竹田街道の銭《ぜに》取《とり》橋《ばし》で武田を討ってほしい。鴨川に架かる橋だが、両端に柳が垂れて視界が悪い。人目に触れずに事を運べるだろう。頼めるか?」
 尋ねられて、嫌だと答えられるはずもない。土方さん自身は気付いていないが、こういうところは意地が悪い。尋ねるんじゃなく、命じてほしい。人を斬るのは自分の選択じゃなく、他人からの命令だと思っておきたい。
「わかった。斬る」
 短く答えて、酒を呷《あお》る。空になった盃に、土方さんが酒を注ぐ。また一息に呷る。オレは昔から酒は強かったが、最近は少しも酔えない。顔にも出ないから、水を飲んでいるんじゃないかと、よく言われる。
 しばらく無言で飲み食いした。うっすらと頬を赤くした土方さんが、不意に眉をひそめた。
「平助は戻ってきそうにないか?」
「戻る?」
「新撰組に戻ってくる気があるなら、平助だけは迎え入れたい。戻ってこないとしても逃がしてやりたいと、永倉さんは言っている。斎藤の目から見て、平助はどんな様子だ?」
 オレはかぶりを振った。
「藤堂さんは、曲げない」
「高台寺党として、伊東さんと心中する覚悟か?」
 オレはうなずいた。少し違うとも思う。藤堂さんには、命懸けで伊東さんに付いていく覚悟がある。でも、それは心中する覚悟とは別のものだ。藤堂さんは、一和同心の理想の中で生きていきたいと望んでいる。
 いずれにしても、相容れない。新撰組は伊東さんを赦《ゆる》さない。藤堂さんは伊東さんから離れない。
「土方さんたちも、覚悟を」
 オレの言葉に、土方さんは唇を噛んだ。差し向かいで盃を傾けるとき、土方さんは正直だ。うらやましいくらいに。


 枝《し》垂《だ》れた柳の向こうに、背の高い影が揺れた。一人とは不用心だ。宴で持て囃《はや》されて、気が大きくなったのか。暖簾《のれん》のように柳をくぐって、坊主頭が橋の上に現れる。
 武田観柳斎だ。とろりと酔った目がオレを認める。顔に驚愕が走り抜ける。
 その瞬間、終わらせた。心臓を一突き。左手に、ひくひくと、か弱い振動を感じる。それもすぐに止まる。
 刀を引き抜くと、血が噴き出した。跳びのいて、返り血を躱《かわ》す。死体がうつ伏せに倒れる。橋の上に血だまりが広がる。血の匂いが臭い。
 血糊を拭って、刀を鞘に収めた。蒸し暑い夜だ。川面には風もない。
 ふと、足音が聞こえた。柳の枝越しに、明かりを手にした人影が見える。逃げるか斬るか。思案するオレに、人影が声を放った。
「俺だ、永倉だ」
 柳が揺れて、永倉さんが現れた。腰に刀を差してはいるが、気軽な着流し姿だ。永倉さんは死体のそばにしゃがんで、首筋に手を当てた。うなずいたのは、ちゃんと死んでいるという意味だ。
 永倉さんは立ち上がって、オレに笑い掛けた。
「刀の柄から手を離せよ。人を殺した後は、さすがのおまえも気が立っちまうってか」
「……誰にも見られていないはずだ。声も上げさせなかった」
「ああ、ご苦労。俺も一応、刀を抜く心づもりだったんだが、必要なかったな。死体のほうは、これから応援を呼んで持って帰る。斎藤はその前に行け。それにしても、相変わらずいい腕だ」
「試合では、俺より永倉さんが強い」
「実戦でいちばん強いのは斎藤だろうよ。神道無念流の俺は、力任せの一撃必殺で打ち込むのが流儀だ。わかりやすいことこの上ねえ。それに比べて、斎藤が左手で戦うときの剣は、謎めいて静かで不気味だ。敵に手の内を明かすことなく、確実に屠《ほふ》る」
 本来、たとえ左利きでも、右手で剣を振るうのが武士の流儀だ。オレが試衛館に通うことになったのは、無礼な左手の剣をやめさせたいと父が望んだからだった。
 オレは試衛館で、右手で使う儀礼の剣を教わった。でも、左手の剣も捨てなかった。
 同い年の強敵がいた。天然理心流の沖田さんと北《ほく》辰《しん》一刀流の藤堂さん。二人に負けないためには、利き手で剣を持つ必要があった。唯一無二の戦型を編み出す必要もあった。
 いや、沖田さんと藤堂さんに勝ちたくて工夫したのは、もう昔の話だ。勝先生に見出されたときから、左右の剣を使い分けるのは人を欺《あざむ》く手段になった。
「謎めいている、か」
 オレは幾重にも隠し事をしている。自分を取り巻くすべての人を裏切っている。藤堂さんや伊東さんの仲間のふりをする。土方さんたちの前では新撰組に忠実なふりをする。その実、勝先生に使われる走《そう》狗《く》だ。汚い間者だ。
 だからオレの剣は不気味なんだろう。二重三重の嘘がいくつもの虚像を生み出して、相対する者を惑わす。皮肉だ。嘘だらけの汚い人間だからこそ、オレは強い。
 左手に視線を落とす。手の甲の蒼い環。節の目立つ指。青く浮き出した血管。人差し指と親指の間の、右利きの居合で付いた傷痕。皮の硬い手のひら。刺し貫いた心臓が止まる瞬間の、繊細な感触の記憶。
 斎藤、と呼ばれた。顔を上げる。永倉さんは、表情豊かな眉を、ぎゅっとしかめた。
「なあ、斎藤よ。一《はじめ》ってのは、おまえに似合いの名だと思うよ」
「急に何を?」
「おまえの気性は一本気だ。なのに、妙な方向に能力を発揮するもんだから、表と裏の顔なんぞ使い分ける羽目になる。似合ってねぇよ。あまり無理をするな」
「無理はしていない。もう慣れた」
「嘘をつくな。俺は、おまえが餓鬼のころからずっと見てきた。一の名が似合うおまえのままでいてほしいんだよ。新撰組の闇を背負うのは、おまえらしくねえ。総司や平助とやり合ってたころのおまえは、おとなしいくせに気が強くて正直だった」
 今さら言われても、どうにもならない。オレは丸っきり変わった。あのころには戻れない。
「一本気の一の名が似合わないなら捨てる。捨てて、二郎とでも名乗るさ。二心ありの二郎、と」
 本当はもうとっくに、二郎と名乗るべきだ。吐き気がする。オレは永倉さんに背を向けた。
「斎藤、やっぱり疲れてるんじゃないのか? なあ、もう帰ってこい。高台寺党のことはどうにでもなる。おまえは嘘を重ねなくていい。土方さんも、おまえに酷なことをさせてるってのはわかってる。斎藤、帰ってこい」
 永倉さんは、泣き出しそうなくらい顔をしかめているだろう。見なくてもわかる。情に厚い人だ。子どものころ、オレの父が怪我をしたときも母が病にかかったときも、心配して泣いてくれた。味方がいるんだと、オレは嬉しかった。
 なあ、永倉さん。オレはやっぱり変わっちまった。今、オレはあんたに罵《ば》声《せい》をぶつけたい。何ひとつ知らないくせに、と。あんたに心配されても、昔みたいに嬉しくない。
「高台寺に戻る。怪しまれるわけにはいかない。土方さんたちによろしく」
 それだけ言い残して、駆け出す。でも、高台寺に戻る気分でもない。自分がどんな顔をしているか、察しが付く。人斬りの顔になっている。体から血の匂いもする。勘のいい藤堂さんには、きっと気付かれる。どこで何をしてきたのかと問われる。
 闇雲に走る脚が、いつしか祇園乙部に迷い込んでいた。場末の花街は異様な匂いがする。どぶ川と安い酒と魚油と、幾種もの人の体液の匂い。雑踏のにぎわいに交じって、唄と楽器の音が聞こえる。かすかに、嬌声も聞こえる。
 息が切れている。吐き気がする。汚らしい場所だ。でも、導かれるようにここに来た。何かがほしい。とりあえず酒でいい。オレはひどく渇いている。
「お侍はん、ちょっと休んでいかはりまへん?」
 いきなり、袖に手を掛けられた。すんでのところで躱《かわ》して後ずさる。年増の女が色茶屋の明かりを背に立って、笑っていた。
「あら、ええ男やないの。負けたるさかい、寄っていきよし。うちと、ええことしぃひん?」
 狭い路地で、すぐ後ろに板塀がある。女はオレに近付いてきた。刀を差した男を相手に、あまりに遠慮がない。
「小さい店やけど、ええお酒も置いとるんえ。今夜は暑《あ》っついからなぁ、伏見も灘も、よぉ冷やしてあるで。お侍はん、あんた、お酒強いやろ? 見たらわかるわ。あっちのほうも強いんと違う?」
 女が笑う。甘ったるい白粉《おしろい》の匂いと、酒の匂いがする。袖をつかまれる。振りほどいても、またつかまれる。女は酔っ払って、けらけらと笑っている。女の手がオレの手をつかんだ。思わず、びくりと震える。
「何やのん、えらい初心《うぶ》やないどすか。立派な体のお侍はんやのに、ほんま、おかしいわぁ。女に慣れてはらへんの? うちが全部、教えたげまひょか?」
 つかまれた手を、振りほどけなかった。オレの手は、女の胸元に導かれた。しどけなく開いた襟の間から、じかに肌に触れる。柔らかい膨らみを押し当てられる。
 ぐしゃりと音を立てて、壊れた。オレの中にあった、なけなしの誇りのようなものが粉々になった。
「うちがあんたを気持ちよぉしたげるわ。何もかも忘れさせたる。なあ、うちのこと買《こ》ぉて?」
 オレはうなずいた。
 色茶屋の狭い部屋に上がった。女がいそいそとオレの帯を解いた。前をはだけて、褌《ふんどし》に手を掛ける。女がオレの肌に吸い付く。顔を上げては何かしゃべる。けらけらと笑う。
 うるさい。
 口を吸われる。酒の匂いがする。ねっとりした舌に、また吐き気がした。オレは女を突き放す。仰向けに転がった女が、わざとらしく脚を開く。着物の裾《すそ》が割れて肌がのぞいた。女は、濡れた目をして嬌声を上げた。
 うるさい。
 右手で女の口をふさぐ。これから殺すみたいだと、ちらりと思った。女の目が恍《こう》惚《こつ》に染まる。不気味だ。殺してしまいたい。殺す代わりに、オレは女の着物を剥《は》ぐ。白くぶよぶよした体があらわになった。
 醜い。殺したい。人が人に見えない。命をひねり潰すのも女を凌辱するのも同じだ。暴力の衝動に、オレという人間が真っ先に壊される。
 欲望が痛いほど張り詰めている。オレは何をやっているんだ? 何のためにこんなことをしているんだ? 苦しい。まともでいたら苦しいから、火を放つ。頭の中が燃えて、真っ白になる。
 もういい。
 もう、どうでもいい。
 楽しくも気持ちよくもない。ただ没頭した。浅ましく暴れる間、何も考えなかった。その虚《うつ》ろな時間がほしかったのだと知った。オレはこんなにも求めていた。
 店の名も女の顔も覚えなかった。武田観柳斎を斬って色茶屋に迷い込んだその夜以来、祇園通いがやめられなくなった。
しおりを挟む

処理中です...