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第35話 わがままと現実

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 日が沈み始めた路地裏に中山さんの声が響く。
 千佳は驚いた様に彼を見る。

「大丈夫そうだな」

 そう言って中山さんは倒れている男の元に近づいた。男達は彼を見て戦意を失った様に見える。

 体格が大柄だからなのか。
 だが、そんな事で怯む様な奴らには見えない。

「この子達は僕の後輩達なんだけど、もういいかな?」

「はい!」

 そう言って、男たちは返事をした。

「中山さん、一体何者なんですか?」
「今はただのお弁当屋の社員だよ」

 俺は「今は」と言う言葉に引っかかる。その事を尋ねようとするとそれを察した様に彼は言った。

「昔、総合格闘技の選手だったんたよ。その頃の事を知っているんじゃ無いかな?」
「そうなんですか……」

 それだけじゃない気もするが格闘技に疎い俺は、もしかしたら有名だったのかもしれないと納得する事にした。

「千佳! 時間が!」
「うそ! もう17時!?」
「急ぎの用があるのかい? 後は僕に任せて行っていいよ。お前達は、これからちょっと来い」

 普段の優しい表情から、鋭い顔になり男たちに声をかける。千佳はそのまま急ぐ様に走り始めた。

「ちょっとあたし、先にいくね!」

 急いでいるのはわかる。だけど、なんで先にいくんだよ……。

「ちょっとまてよ純、カジさんに遅れるって電話すればいいんじゃないか?」
「本当は歩きながら言おうと思ってた……というかそれまでに千佳が言うはずだったのだけど……」

 意味深な純の言葉に、俺は戸惑う。
 言うって俺に何を言うつもりなんだ……。

「言うって何をだよ……」

 俺がそう言うと、純は言葉を詰まらせている。先に行った千佳が気になる俺は内心焦り始める。

「早く言ってくれよ……言わないなら俺は千佳を追いかけて聞きにいく」

 追いかけると言ったのが効いたのか、覚悟したのかはわからない。純は言うしかないのだと口をひらいた。

「千佳、けじめをつけたいって……」
「先に告白するって事かよ?」
「それは……知らない。だから……」
「純、なんでだよ。それって今必要な事なのかよ」

 俺はわからない。本当に告白するとしても今、この約束をしているタイミングでする事じゃない。

 何よりそれなら千佳はもっと先に一人でする。
 あいつはそう言う奴だ。

「そんなのわかんないよ……」
「あいつが、そんな訳わからないことする訳ないだろ?」

「千佳を分かってるみたいに言うんだね」
「あいつは、迷惑かけるのを誰よりも嫌うんだぞ?」
「それでもしなきゃいけない事とは考えないの?」
「千佳が、そうやって自分の目的を優先する事が出来る奴ならもっと器用に生きている」

 俺は純を見て、言った。

「なんで優はそんなに千佳を分かってる気になっているの……」
「それは……」

 そこまで言って、自分でも不思議に感じる。バイト先が一緒だから? 違う、よく遊ぶから……そうじゃない。

「今回はカジさんには悪いけど、千佳の好きな様にさせてあげよ?」

 それを聞いて、俺は納得した。

 ああ……そうか。
 千佳がどう考えているとかじゃないんだ。



 俺が嫌なんだ。



 俺の自分勝手なわがままなのは分かっている。
 だけど、上手くいくのもフラれた千佳の涙を見るのも嫌なんだ。

「純……ごめん……自分勝手なのは分かっている……」
「いいよ、行ってきなよ」

「いいのかよ?」

 純は少し黙ってから言った。

「多分私は、千佳が好きな優が好きなんだよ」

 そう言って、彼女はにっこりと俺を見た。
 自然な雰囲気でそう言った純。だけど、俺のわがままのせいで傷つけてしまっているのだと思う。

「こう見えて私はモテるんだよ?」
「知ってる」
「だから、優は思うように動きなよ」
「ごめん、ありがとう」

 彼女がどんな気持ちで言ったかなんてわからない。だけど、俺には追わないという選択肢は無かった。たとえ、どんな結果になったとしてもそれを受け入れる覚悟が出来た。


 純を尻目に、待ち合わせ場所に走る。
 彼女が来るかはわからないけど、俺は千佳を追って走った。

 見慣れた、アーケードのある街の大通りに入る。地方といえど、人は多い。

 足には多少自信はあるけど、千佳に追いつけるだろうか。その事が頭を過ぎっては考えないように、ただひたすらに走った。

 曲がり角を曲がり、アーケードを抜けると、もう少しで待ち合わせ場所が見えてくるはず。

 行った事の無い、少しお洒落なイタリアンのお店。そういう店のチョイスが出来るのも経験の差をかんじる。

 ふと、信号が赤になる。
 焦る気持ちが膨らみ、走り出したくてうずうずする。

 その瞬間、反対車線に見慣れた顔が見えた。

 綾だ……。

 修平と一緒に来ていたのだろうか。ふと、俺に気づいた様な表情を浮かべた瞬間。信号が青になる。

 二人の事が、気になるとか、気にならないとか正直どうでもよかった。

 今はただ、少しでも早く千佳の元へ。以前の様に彼らに対する黒い感情はない。今となっては、あの時、俺に隠そうとして葛藤していた修平の気持ちもわからなくは無い。

 千佳が言っていた様に『戦場』に立つ気持ちが俺に足りなかった。

 きっとそれは、彼女と出会う為だったのかとも思えるくらい、俺の気持ちは揺るがないものになった。

 最後の曲がり角を曲がろうとする。
 これで、何かが始まる。そんなはずはないのに。

 そんなどこかワクワクした様な気持ちを抑えられないまま、曲がると千佳とカジさんの姿がすぐ近くに見えた。


『間に合わなかった』


 そのまま、俺は足を止めた。
 体温が上がり、身体中から汗が吹き出ていくのがわかる。

 そして、俺に気づき、振り向いた彼女と目が合って時が止まるのを感じた。
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