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第14話 通り魔と娘

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 綾の言葉に動揺が広がる。

「昼過ぎに刺されたって、俺その時間浅井さんに会ったんだぞ?」
「なんで優が浅井ちゃんに?」
「Tシャツ買いに行ったらたまたま居たんだよ……」

「そうなんだ……」
「浅井さん、友達と居たはずなんだけど刺されたのはあいつだけなのか?」
「犯人は通り魔で捕まったみたいだけど……」

 綾も、友達から聞いただけといった様子で、それ以上の詳細はわからないと言った。

「浅井さんは無事なのか? 行った病院の場所わかるか?」
「一度に言わないでよ。浅井ちゃんは命に別状はないって。あと、病院は聞けば分かると思うけど……優が行ってどうする気なの?」
「そりゃあ……」

 命は無事と聞いて少しホッとする。勢いで言ってみたものの、綾の言う通り怪我がどの状態でも俺が出来る事は何もない。

「メールくらいにしときなよ……」
「そう……だな」

 別に彼女の彼氏でも、よく遊ぶ仲でも無い。今日たまたまいつもよりその日接点があっただけだ。

「通り魔か……」

 浅井さんがどのくらい怪我をしているのか分からない。だけど俺は事情を聞いた事と、詳しい怪我の場所なんかはなるべく聞かない様に心配するメールを打つと、送信ボタンの手が止まる。


 直前に来ていた着信履歴のアイコンが目についた。

 この時、電話に出ていたら浅井さんは刺されなかったんじゃ無いだろうか。俺が電話した時には既に刺された後だったんじゃ無いだろうかと、考えても仕方の無い『もしも』が頭から離れなかった。



 ──次の日の朝。
 外は薄暗く、雨でも降りそうな厚い雲で空が埋まっている。

 俺は、精神的なダメージが抜けず、あまり眠れなかった。朝を迎えても浅井さんから返信が来る事は無かった。

 本当に、大丈夫なのだろうか。
 考えても仕方ない事だけど、もやもやしたまま俺はバイト先に向かう準備をした。

 業務が始まる直前、長袖をきた千佳か顔を出す。

「あんた、もしかして体調わるい?」
「ちょっと、昨日寝れなかったんだ……」
「そんなに焼き場教えるのにワクワクしてたの?」
「ちがうんだ」

「なんか嫌な事でもあった?」

 俺の雰囲気を感じたのか千佳は心配そうな顔をすると、エプロンを結ぶ手を止めた。

「クラスの知り合いが、通り魔に遭ったらしいんだよ……」
「はぁ? なにそれ、大事件じゃん?」
「ああ、ニュースにもなっているよ」
「あんたはお見舞いとか行かなくていいの?」

 そう言うと、千佳は険しい顔になった。

「お見舞い行くのも、どうなっているか分からない位の関係だし……多分清水さんが休んでいるのも同じ理由だと思う……」

「え? 清水さんと関係あるの?」
「犯人は捕まったらしいんだけど、その子と清水さんの娘が友達で一緒に居たんだよ」
「クラスメイトって女の子なの?」

 俺は頷いた。
 その直前、一緒に居たという事は千佳には言える雰囲気ではなくなっている。

「なにそれ? すっごくムカつくんですけど」
「千佳が怒っても仕方ないだろ?」
「だって……」

 もっといいたい事はあるのだと思う。
 だけど俺の気持ちを察したのか、彼女は唇を噛んで何かに耐えている様だった。

「長坂……焼き場を使う予定を変えてくれないか?」
「あぁ、今日売り場が足りないですよね……」
「すまんな」

 中山さんの指示で、千佳は売り場のフォローをする事になる。俺は焼き場に入り注文をこなす事に没頭する事にした。

 あっという間にピークが過ぎて、帰る時間直前になると中山さんは俺に声を掛けた。

「すまない、今日は売り上げ計算を教えてあげられそうにない。また今度でいいか?」
「大丈夫です。自分も今日は少し早く帰りたかったので……」
「そうか。そしたら次の一緒の時にしようか」

 俺は中山さんに挨拶して、着替えるために休憩室の前に向かうと千佳が入り口にいるのが見える。

「ちょっと、着替えるまで待ってて」

 普段なら先に着替えているのだが、売り場の整理で少し時間を押したのだろう。千佳は俺に待つように言う。

 話せなかった分、話したい事があったのだろう。元々待つつもりではいたが、改めて言われると色々と考えてしまう。

 先に着替えた俺は、入り口前の店長のパソコンの椅子に座って待つ。千佳は意外と早く着替えを済ませて出てきた。

「お待たせ……」
「それじゃあ出ようか」

 いつもの駐車場。暗くはなっているが空は曇っているのが分かる。俺は自販機でコーラを2つ買って片方を千佳に渡す。

「ありがとう」

 千佳はそう言って、ジュース代を俺に渡した。

「別にいいのに……」
「今日は奢ってもらう理由無いし」
「律儀だよな」

「それで……」

 と、千佳は何かを言おうとして止めると、俺の後ろを指を差す。

「あそこに、誰か居る……」
「えっ?」

 振り向くと、確かに人影が見える。だが、ここは裏の従業員用の自転車置き場。一般の人はここまではいる事はまず無い。

「この時間に上がるのは俺等だけだよな?」
「うん……」

 千佳はそう言って、構えた。

「こっちに歩いてくる……」

 俺は心臓がバクバク鳴る。
 通り魔の話が最近だっただけに、緊張感が走る。

 前に立つ千佳の肩を掴み、ゆっくりと下げた。

「……優」
「一応な……」

 蛍光灯の明かりの前に差し掛かると、小柄な女の子の様にもみえる。明かりがその影を照らすと見覚えのある顔だった。

「なんで? なんでその子もここに居るの?」

 そう言って現れたのは清水さんだった。その姿を見て、千佳は俺の顔を見る。まるで、見てはいけない物を見ているかの様な表情。

 それ以上に2人が知り合いの様な反応に驚く。すぐ様千佳は表情を変えずに俺に尋ねた。

「どう言う事?」
「清水さんの娘だよ……」

 あの日俺は、母親と同じ職場と言った。
 だから、彼女はここにきたのだろう。
 だけど、なんで2人が知り合いなんだ?

「あんたは知ってたの?」
「ごめん、昨日会ったんだ。だけど、なんで千佳が知り合いなんだよ」
「なんでって、覚えてないの?」

 すると清水さんは被せる様に言った。

「長坂くんは覚えてないよ……薄情だよね。でもまさかあの時の子と仲良さそうに話してるとは予想しなかったなぁ……」

 俺たち3人は会っていた?
 千佳と会った女の子は綾以外だと……。

 記憶を辿たどった瞬間、俺は全てを理解した。
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