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第9話 報告と背景

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「やらかすとは思っていたけど、まさかそこまでやらかしちゃうとはねー」

 綾に告白みたいな事をした日。バイトが終わると、千佳にその事を話した。

「だって仕方ねぇだろ? 綾が後悔してるみたいだったんだし……」
「それにしても、罪な男だよ。綾さんはどうすればいいんだって言う所だよね」
「ま、まあ……それは俺もわかってるよ」

 暗い弁当屋の駐車場で、千佳は俺の自転車の荷台に腰をかける。短いスカートから開いた白い脚が覗いていた。

「それで、優は綾さんの事まだ好きなわけ?」
「多分……そうだと思う……」
「でも付き合いたいとかじゃないんだ?」

 あやふやな返事のせいで、千佳は気付いたのかもしれない。

 綾と付き合いたく無い訳じゃ無い。
 でも、正直彼女を受け入れられる自信がない。
 俺はその場に、頭を掻いて、しゃがみこんだ。

「よくわかんねーんだよ。付き合いたくない訳じゃないけど、付き合ってくれと言うのも違うっていうか……修平の事気にしてるわけじゃないんだけど」

「そっかー、まぁ優の気持ちの整理がつかないって感じかなぁ?」
「多分。そんな感じかもしれない……」

 そう言って薄暗い中、千佳の方を見ると内腿を過ぎ明るい柄のパンツが見え視点が吸い寄せられて行く。

「ん? どうしたの?」

 俺は慌てて視線を逸らすも、そのせいで余計にその事に気づかれてしまった。

「優、コーラでいいよ?」
「すみません……」

 落ち着いた口調でそう言うと、彼女は荷台から跳ねる様に降り脳天にチョップをかまし叫ぶ。

「やっぱり見とっりんかーい!」
「痛っ……くない……あれ?」

 千佳のチョップは意外にもソフトタッチで、力が入っていないのが分かる。彼女の方を見ると少し照れ臭そうにしているのが意外と可愛らしかった。

 微笑ましく思いながら、自販機で買ったコーラを渡すと恨めしそうな目でみながらそれを受け取った。

「そう言えば気になってたんだけど、俺の事ばっかりな気がしてるんだけど、お前はいいのか?」
「あたし?」
「そもそも、お互い相手と上手く行くようにって話だっただろ?」

 そう言うと、彼女は意表を突かれた様に驚いた表情になる。

「優がそんな事いい出すなんて意外! あんたも心に余裕ができてきたのかな?」
「まぁ、おかげでスッキリはしたかな……」

 千佳は、後ろを向いて仰ぐ様に夜空を見上げる。そのままこちらに振り向くと彼女は呟いた。

「あたしの好きな人はね、年上でお洒落でカッコいい人なんだー」
「えっ……」
「勘違いしないでよ、カッコいいって言ってんの! あんたの訳ないでしょ?」

 一瞬、当てはまるんじゃ無いかと思ったが彼女はすぐ様否定した。

「今の条件で自分だと思うとか、どれだけ自惚れてんのよ」
「あはは、そ、そうだよな……」

 最近、クラスの女子とも話す様になったせいか、千佳の言う通りどこか自惚れているのかもしれない。

「でもね、あたし最近フラれたんだ……」
「は? そんな話聞いてないぞ?」
「だって……言って無いし」
「それ、いつ頃の話?」

 彼女の約束に、『好きな人が出来たら言う』というものがあったのを思い出す。もし最近なら俺は彼女に、それを言わせてあげられない程いっぱいいっぱいになっていたのかも知れないと思った。

「優と会った日だよ……」
「ちょっとまて、会った日は髪を切りに……」

 そこまで言って、俺の中で色々な物が繋がった。なんとなく、もやもやしていたモノが自分の中で大きくなって行くのがわかる。

「お前、なんで……」
「なんでってあんたの方がヤバそうだったじゃん?」

 あの日千佳の目が赤かったのも、長い髪を切ったのも、あんなよくわからない約束をしたのも彼女自身辛かったからなんだろう。

 それなのに、俺の事気にして……なんで言ってくれなかったんだよ……。

「お前バカだよ」
「バカって……てゆうか、なんで優が泣いてんのよ」
「お人好しにも程があるだろ……」

 彼女の気持ちや、それに気付く事が出来なかった自分の情けなさに感情が溢れ出した。

 今更何をしてあげられるかわからない。

「千佳、コーラもう一個いるだろ?」
「今飲んでるし要らないよ」
「家用に持って帰れよ!」
「どれだけコーラ漬けにする気なのよ。自分が落ち着いたからって調子乗りすぎ!」

 そう言った彼女に俺はもう一つコーラを渡した。
 千佳はそれをピンク色のネイルをしている手で、そっと受け取る。

「まあでも、近いうちにあんたに協力してもらう事あるから!」
「ああ、なんでも言ってくれ!」
「本当、今までクールぶってたのはなんだったのよ……」

 昨日まで、自分の隣には綾の様な流されやすくてほってはおけない明るい弱い女の子がいるイメージだった。

 きっと千佳は強く、一瞬の閃光の様に俺を置いてどこかに行ってしまう遠い存在に感じていた。いつの間にか縮まっていた距離感のせいで彼女の不器用なお人好しが顔をだす。



 彼女はそんな事を言いながらも、別れ際笑顔で手を振って帰路に着いた。彼女の姿が見えなくなるのを見届ける。

 自転にまたがり、深く沈んだ夜空を見上げると、さっきまでとは違う寂しさと怖さを感じる暗い空からが見える。

「今、何時だろう……」

 不意に気になって時間を確認すると着信履歴が複数届いているのが見えた。


「修平か……まぁ、そうなるよな」
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