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第7話 プライベートと職場

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「優……」
「えっと、その子が前メールしてたバイト先の新人の子?」
「あ、あぁ……」
「カラオケ来てるとか結構仲良さそうじゃん?」
「あ、あぁ……まあな……」

 そういいながら、綾の方を見ると目が合った瞬間に逸らされた。
 さらに言えば、どこか恥ずかしがっているようにも見える。千佳のほうを見て反応をみると、カップルはカラオケに来るでしょと言わんばかりの表情をしていた。

「お前らはデートかよ?」
「まあな。意外といける場所が限られているから普通に・・・カラオケに遊びに来たんだ」
「普通に……か……」
「なんだよ……」

 修平の様子に、違和感を感じる。
 多分綾が何も言わないのも気になり二人を交互に見る。
 さっき千佳は、なんて言っていた?

『付き合うってそういうこと』

 そういった、千佳の言葉が頭の中で反響する。
 まさかな……あいつらに限ってそこまで行ってるわけないだろうと自分に言い聞かす。

 それから、レジを済ませ外に出る。そのあと二人と何を話して別れたか思い出せないくらいに二人の様子からの考察を千佳に聞きたかった。

「あのさ……」
「もしかして、あんたが好きだったのって今の子?」
「……ああ。そうだよ」

 千佳は表情を変える様子もなく、淡々としている。

「それでさ、千佳……」
「なに?」
「あの二人、カラオケで何かあったと思うか?」

 俺がそういうと、千佳は少し悲しそうに笑って言う。

「そりゃ、あるでしょ。カップルなんだから」
「そっか……」
「落ち込むなよ、あたしがいるじゃん?」

 彼女になんて言ってもらいたかったのだろうか、『まだ、何もないと思う』とでも言って欲しかったのだろうか。分かっていてもあっさりと言い切った彼女はやっぱり色々見てきたのだろうだと思った。

『恋は戦場』

 そんな言葉を、何かの題名か歌詞で聞いた記憶がある。
 でも、俺はまだ、あの時『綾争奪戦』に立ってはいなかった。いや、立っていたののかも知れないけど、そうだと理解していなかったんだ。

「かわいい子だね……あたしには負けるけど」
「なんだよそれ」
「でも、彼氏のほうは優とタイプがちがうから難しいかもね」
「あ、でも最初は俺と仲良くなりたくて修平声かけたらしいって……」
「まぁ、そういう子は多いだろうね……」

 無駄な抵抗。
 これほどまでぴったりと合う言葉は見つからない。

「……ドンマイ」

 彼女はそういうと俺の頭を撫でた。

「おい、ガキじゃねーんだぞ……っていうかさっきおまえって呼ばなかったか?」

 俺が聞いた事には返事をすることなく、また悲しそうな笑顔を見せる。
 その日千佳とはそのまま別れた。


 翌日のバイトまでのあいだ、それ以降千佳からの連絡は無かった。
 別に、元々仲がいいから会っていたわけでは無かったが、少しだけきになる。

 その間も、学校で自然を装って二人と話す度に、千佳の言った『恋は戦場』という言葉が頭をよぎった。

 修平は本当は俺の気持ちを分かっていたんじゃないだろうか。ただそこで、戦う気があったのか無かったのか。宣戦布告してから攻めるなんて常識は恋愛には無いのかもしれない。

 でも……修平をそんな奴だとは思いたくない気持ちと、負けると分かっていたなら手段を選んでられないというのも分からなくもない。あの時の言葉はそんな葛藤の中の言葉だったのだろうか。

 いろいろと考えた末、その日、俺はバイトに少し早めにむかい店長に相談してみる事にした。

「あの……店長?」
「どした? 来月のシフトの件か?」

 店長は、バックヤードでパソコンを開きコーヒーを飲みながら仕事をしている。

「店長って、新宅さんの事好きだったんですよね?」
「ブフッ!!!!!」

 驚いたのか、コーヒーを噴き出した。

「おまえ……いきなり古傷えぐるとか、どんな性格してんだよ! パソコンにコーヒーかかっちまったじゃねーか」
「すみません……」

 そういって、布巾ふきんでキーボードを拭いている。

「なんだ長坂、好きな人でも出来たのか?」
「いや、正確には先に取られたんです」
「えー!!!!! マジかよ……」

 店長は、驚いた表情でこちらを向いた。

「それで俺にきいてきたのか……ってやっぱりお前いい性格してるよな……」
「はい、自分的には店長が負ける理由が思い浮かばなくて……」
「なるほどなぁ……」

 そういうと店長はため息をつく。

「まぁ、長坂の目に俺はどう映っているかわからんが役職を取ったら俺なんて大したことないぞ?」
「そうですかね……的確な指示出したり普段もオシャレだったりすると思うんですけど」
「まぁ、店長になる以上、色々と責任があるからな。それらの"やらなければいけない事"が無ければ、俺も普通の人間って事だよ」

 普通の人間……店長の言いたいことは分からなくもない。中山さんには申し訳ないのだけど、俺はそれを取っても店長が負けているとは思えなかった。

「店長の方が、おしゃれだしルックスもいいと思うんですけど。それに、人のことよく見ているともおもいますし……」
「まぁ、そういってくれるのは嬉しいんだけどな。人を好きになる掛け合いってもっと複雑なんだと思うぞ?」

 そう聞いて、店の中の噂で聞いていた彼女より仕事を取ったとかそういった類の話は単なるうわさでしかないのだと思った。

「中山は、いい奴だよ。仕事も出来るし、皆の事を良くみている。まぁ、分かりにくくはあるけどな。ただ、新宅は無口なあいつの中のそういう部分をしっかり見れる奴だったんだよ……」

 俺は修平のいいところは色々知っている。意外と周りの事を考えていたり、困っている時には助けてくれたり……きっと綾はそういう所に惹かれていったのかもしれない。
 店長がそこまで言うと、従業員の入口から千佳の声が響いてきた。

「おはようございまーす!」
「おー、日比野おはよう」

「何話してたんですかぁ?」
「いやさぁ、こいつが恋愛相談に乗ってくれっていうからさ……」

「えっ!?」
「そんなことは言ってないです!」
「ふうん、そうなんだ……」

 彼女はあっさりとした返事をして、ロッカーのある休憩室に向かう。店長は少しニヤニヤした表情で俺に言った。

「どうやら日比野には脈なさそうだな?」
「ちょ、店長。そもそも俺はあいつにそんな事望んで無いですし……」
「そうなのか?」
「そうですよ!」

 先日の事が嘘のように、その日千佳は普通にバイトの先輩と後輩といったように接してくる。先日の話をするでも無く、当たり障りのない世間話と、業務上の質問などというバイトの先輩と後輩であれば理想的な会話量だ。だが、また仕事が終わった後、何か話すために待っているのかと思っていたら、案の定彼女は待っていた。

「なんだ、やっぱりいるじゃん……」
「やっぱりってなによ。あたしらは戦友でしょ?」
「そうは言っても、仕事中はなにも触れてこなかったからさ」
「ヒートアップしたら、迷惑かかっちゃうからね」
「そうだな。それで、今日は何の話になるんだ?」

 俺は何の気なしに尋ねた。すると彼女は表情を曇らせ、立ち上がり近くに来ると小さな声で言った。

「今日は話したい事があるんだけど……」 
「なんだよ、話したい事って……」

 千佳は少し間を取る。そして俺の目を見て小さく、でも力強く言った。

「あの子まだあんたに、気があると思うよ……」
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