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036 ロイチン商会

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 富国教の総本山での見学会は、特に波乱は起きなかった。
 商連合オーメイは派手な繁栄の裏で、さまざまな問題を抱えている。
 代表的なのが北部と南部の確執だ。
 勢いがあり発展目覚ましい南部域に比べて、完全に取り残された形にて旧態依然とした考えや習慣が色濃く残る北部域。両者を隔てる溝は深くて、いまもこの国を蝕み続けている。各国の代表が集まっている記念式典の開催期間中に、北部の過激派がコソコソ悪だくみを画策しているという不穏な情報もある。
 だからひそかに帯革内のミヤビ、アン、ツツミたちには警戒を怠らないようにお願いしていたのだけれども、ひょうし抜けするぐらいに何もなかった。
 うーん。取り越し苦労だったのかな。やっぱり先日の医学舎の火災はたんなる事故であったのかも。
 とはいえ万が一のこともある。用心するにこしたことはない。
 もっともわたしがいちいち言わなくても、そんなことネジャ導師ならばとっくにわかっているのだろうけど。
 なんぞということをわたしが別れ際に口にしたら、ネジャ導師が驚くべき発言をする。

「あー、ここに関しては問題ない。なにせこの地には、北部や南部の関係者だけでなく、各国の手の者がごまんとまぎれこんでおるからな」

 手の者とは、送り込まれて潜伏している間諜のこと。
 たいした制約もなく誰でも自由に商売ができる。大勢の人や品物が集まるということは、情報もじゃんじゃん入ってくる。それらを往来で堂々とやりとりしても何ら怪しまれない場所。
 いわば間諜天国。
 陰に潜み暗躍する者にとっては、これほど都合のいい土地はそうそうなかろう。
 そして富国教側はこれを非公式ながらも容認している。
 理由は彼らを受け入れることで、身の安全と安寧が保たれるから。
 ここは間諜らにとって有益な拠点。失うのは大損失。そのために少なくとも表沙汰になるような騒動は起こさない。またお互いを牽制し見張り警戒することで生まれる緊張状態が、いい塩梅に機能して全体の治安が保たれている。

「行儀の悪い輩は連中が勝手に片づけてくれるから、こちらとしても大助かりよ」

 そう言って「がっはっはっ」と笑うネジャ導師。
 豪放磊落にみえてけっこうしたたかな舵取りをしている教団。
 その運営っぷりに「宗教団体すげえ」とわたしは内心で感心する。俗世臭ぷんぷんの金ピカな見た目に惑わされていたら、気づけなかったことが多々。
 これらを知ることもまたネジャ導師がおっしゃる「見識」へと至る道なのかもしれない。
 そんな感想でもって、富国教の見学会はおしまい。
 フム。なかなかためになった。

  ◇

 でもって見学会もいよいよ大詰め。
 トリを飾る第三弾は稀代の毒華シャムドが率いるロイチン商会。
 商会が運営する店舗は国内外にいくつもあるが、その中でも首都ナンシャーチにある一番大きなところに招待されたわたしは、建物を前にしてあんぐり。

「でかっ!」

 四階建てゆえに高層建築ではない。
 ぶ厚い本を寝かせて重ねたような形状。ほぼ正方形ながら、幅と奥行きがとにかく広い。
 なにより度肝を抜いたのが、一階正面がすべてガラス張りだったこと!
 ガラスは大きさに比例して価格が跳ね上がる。しかも歪みは皆無で透明性にも極めて優れている特注品とあっては、いくらかかっているのかちょっと想像もつかない。
 外の通りから、キラキラした華やかな店内が丸見え。
 眺めているだけで、なんだかワクワクしてくる。
 そして入り口は珍しい回転扉。これをおっかなびっくりにてくぐった先は桃源郷。
 かと見まがう異空間。
 魔道具の照明により白光に照らされた店内は明るく、清潔感があり、空気までもが清浄。
 ピシっとしたお辞儀と笑顔で出迎えてくれる店員たちは、そろいの制服姿。
 棚に並ぶのは古今東西から選りすぐられた品々。
 けれどもけっして高価な品ばかりじゃない。子どものお小遣いでも買えそうな品から、庶民でもがんばれば手が届きそうなモノ、眺めているだけで眼福なモノまで。じつに幅広くあつかっている。
 そのせいか店内は個人客から家族連れまで、じつに多彩な客層でにぎわっていた。

 うーむ。規模や店内の様子など、なにもかもがわたしの知る商店とは大ちがい。
 ポポの里に唯一あるシケシケのぼったくり商店は論外として、神聖ユモ国の聖都タモロ地区にて軒を連ねる大店は、基本的に奥へとのびた縦型の構造をしている。
 入り口から店内奥へと進むほどに、棚に並ぶ品の希少性や価格が段階的にあがっていく陳列。それらが店内の手前三分の二ほどを占めており、奥の残りの空間は倉庫となっている場合がほとんど。あとはこれに地下室があったり、上階を従業員らの居住空間に当てているところも多い。こうすることで従業員の生活管理と店舗の防犯も兼ねている。
 まぁ、この造りが多いのは店主にとって都合がいいからなのだろうけれども、客にとってはいささか不便。というか、おっかないというのが本音。
 まるで魚捕りの筒のよう店舗。
 入ったが最後、買い物をしないと外に出られないような精神的圧力を受ける。実際、性質の悪い店だと、さりげに店員が客を逃がさないように、素知らぬ顔にて通せんぼしてくるし。
 それらに比べるとロイチン商会は、明るく開放的。
 自由に店内を見てまわれ、気軽にお買い物を楽しめる雰囲気に満ちている。
 すくなくとも裏できな臭い商売に手を染めているようには、とても思えない。
 なんだか伝え聞く商会の悪辣なウワサと、実際に行ったこと、対峙したシャムドの言動などのふり幅というか落差が激しすぎて、わたしはいささか困惑を隠せない。

 一階は主に女性向け商品の売り場。
 衣装や装飾品、小物類の充実ぶりもさることながら、化粧品の多さは群を抜いていた。
 その区画だけで、へたな大店よりもずっと立派なほどだ。それだけ需要があるのだろう。女性の美にかける想いだけは、古今東西、どこも変わらないらしい。
 化粧品売り場には専属の店員が常駐しており、お客の相談にのってくれるばかりか、いろいろ商品を実際に試してみたりもできる。さらには試供品なるモノまでくれる。しかもタダで!
「使ってみて気に入ったら、ぜひご購入を」という店側の考えらしいのだけれども、太っ腹である。

「でも貰うだけ貰って、ちっとも買わない人もいるんじゃないの?」

 わたしのそんなイジワルな質問にも笑顔を崩さない店員のお姉さん。

「ええ、でもそれはそれでかまわないのです。だってその方は率先して歩く広告になってくださいますから」

 本来ならば広報活動に支払うべき経費と考えれば安いもの。
 フムフム。じつによく考えられてあるとわたしは感心しきりにて、続いて二階へと。


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