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018 夢の夢

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 地の底へと向かって、ぐるぐると渦を巻いている螺旋階段。
 階段の外側の壁には小さな扉がずらり。子どもが四つん這いになってようやく通れるような大きさ。室内は異様に狭く、大人がかろうじて横になれる程度の広さしかない。
 奥行のある竃(かまど)みたいな構造。まるで棺の中みたい。
 でも圧迫感はそれほど感じない。内部の空気もよどんでおらず、息苦しさはなく、温度調節もされているのか絶妙に居心地のいい空間。

「ここは一番狭い寝室だよ。狭い方が落ちつくって人たちに好評なんだ。理由はわからないけれども、ひょっとしたら人間の中にも、まだネコみたいに野生の欠片が残っているのかもしれないね」

 一つ目の少年バクメが先導してくれながら、そんな説明を口にする。
 階段の内側にも扉がある。こちらは通常の大きさの扉。
 なかには寝台が四つ並んでいる。簡素な造りにて地方の街の安宿といった風情。

「そっちは相部屋だね。ひとりじゃ落ちつかないって人もいるから。でも、おかしいよね。他人のイビキや寝息がないと眠れないとか」

 階段をおりるほどに、いろんな寝室が次々にお目見え。
 部屋の造りや広さも豪華になっていく。
 けれども階段をいくらおりてもおりても、いっこうに底へと到達しそうにない。
 ふくらはぎがパンパンになり、いい加減うんざりしてきたところで……。

「ねえ、この階段ってばどこまで続いているの」

 わたしがたずねると、先を歩く一つ目の少年バクメはこともなげに言った。

「どこまでって、どこまでもだよ。なにせ人は満足することを知らないからね。そんなにがっつかなくても、いずれはイヤでもぐっすり永眠できるのにねえ」

 睡眠を欲し、安眠に飢え、快眠を求め試行錯誤し奔走する。
 そこに費やされる労力や時間たるや、いかばかりか。
 だというのに、真からの眠りを得られるのは死を迎えたとき。
 どれほど請い願おうとも、手に入るのは人生の末期。それも体感できるのはほんの一瞬だけ。
 なのに飽きもせず、諦めもせず、なんのかんのと理屈をこねては追い求めている。
 そのくせいざ手に入る段になると「イヤだ」と死におびえる。

「中途半端に知恵を持ったのがよくないのかなぁ? 考えなくてもいいことに夢中になって、肝心なことがおろそかになりがちなんだから。本当に人間ってのはヘンテコな生き物だよ。おねえちゃんもそう思わない?」

 一つ目の少年バクメの言葉に、わたしはうなづくことも、首を横にふることもしない。
 ただなぜだか、この子について階段をおり続けることが、ちょっと怖くなってきた。これ以上深く潜ってはダメだ。きっと戻れなくなる。そんな気持ちが唐突に胸中に湧く。
 だからわたしは「もう、この部屋でいいよ」と最寄りの扉を指差す。
 すると一つ目の少年バクメは「そう」と大きな目を細めただけで、「ではごゆっくり」とさっさとどこぞに行ってしまった。

 ぽつんとひとり、部屋に残されたわたし。
 なにやら懐かしい雰囲気のある内装の室内。
 そう感じたのも当然だろう。なにせポポの里にある実家の自室にそっくりな空間であったのだから。
 どうやったかはわからないけれども、バクメ少年の言っていた通り、地上で注文した寝具類一式が、いつの間にやら運び込まれてある。
 のろのろと寝床を用意したわたしは、準備を終えたとたんに身を投げ出し、ごろん。
 何やらまぶたが重い。体が火照り思考もぼんやりして、どうにも集中できない。
 猛烈な眠気にあらがえない。

「夢の中で、また夢を見るとか。ヘン……な……の……、すぴー」

  ◇

 わたしは夢を見ていた。
 とはいっても、特別な内容ではなくって、ポポの里でのありふれた日常。

 日の出とともに目を覚ます。
 農家の娘として育てられた長年の習慣。
 手早く支度を整えて、朝食の前に畑の様子を見ておこうとするも、外はあいにくのどしゃぶり。
 父タケヒコが「こんな天気だし、今日は休みにしよう。たまには家でゆっくり過ごすのもいいだろう」と言った。
 急にすることがなくなったわたしは、朝食後に自室でごろごろ過ごすうちに、二度寝。

 はっと目を覚ましたところで、時刻はすでにお昼前。
 ヒマだったので昼食の準備を手伝おうと台所に向かうも、母アヤメから「いいから、チヨコちゃんはゆっくり休んでいなさい」と言われて追っ払われた。
 昼食後も雨はざぁざぁ降り続いている。
 愛妹カノンにせがまれて、彼女の部屋にて絵本を読み聞かせているうちに、二人そろってウトウトお昼寝。

 痛みで目が覚めた。
 寝返りをうった妹の裏拳が鼻面に当たったせいである。続いて鳩尾を蹴り飛ばされて、わたしは寝台から転げ落ちた。ぐふっ。
 気持よさげに寝ているカノンをそっとしておき、わたしは自室へ戻ることにする。
 その途中、ふと自分の花壇の様子を見ておこうと思い立つ。
 玄関扉に手をかけたところで、扉が勝手に開いて向こう側から母が姿をあらわした。

「あらチヨコちゃん。花壇ならだいじょうぶよ。お母さんが見ておいたから」

 外に出る用事があったついでに様子を見てきてくれたという母。
 わたしは礼を述べてきびすを返す。
 けれどもすぐに、今日はまだワガハイに水をあげていなかったことを思い出す。
 ワガハイとはわたしが飼育している単子葉植物の鉢植え禍獣のこと。自分の花壇に落ちていた種を植えたら、なんか生えてきた。黄色い花でゆらゆら揺れ、博識だけど難解な言葉を駆使した多弁を誇る。声マネも得意。
 あの子はわたしの才芽が込められた水を与えないとネチネチうるさい。
 だから井戸に向かおうとするも、今度は父が玄関扉の前にいた。

「水なら台所の水瓶のやつを使いなさい。今朝、汲んだばかりだからキレイだよ」

 この雨の中、わざわざ外に出て井戸まで行く必要はないと告げられ、「それもそうか」とわたしは台所へ。
 でも、その足はすぐにハタと止まった。

 何かがおかしい。

 これは夢。
 それはわかっている。
 そして夢なんて存在自体が荒唐無稽でヘンテコで、まともじゃないということも理解している。心の悲鳴だったり、願望の発露だったり、自分の中のいろんなモノが入りまじって構成されるということも。
 だからこそ、この夢はおかしい。
 降り続ける雨、お休み、甘える妹、やたらと親切な父と母……。
 どうしてみんながみんな、わたしが外へ出ようとするのをイヤがるのかしらん?


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