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017 色欲と怠惰の街

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 五番目にたどりついたのは色欲の街。
 外壁が桃色にて、入り口に門扉はなく、代わりに桃色の暖簾(のれん)が垂れさがっていた。
 まるで「おいでおいで」とこちらを誘うかのようにして、風にゆれる暖簾。
 眺めているだけで、わたしはなぜだかドキドキしてくるよ。

「いらっしゃい」

 出迎えてくれたのは、桃色のひらひらした衣装を身にまとった一つ目の女性。胸元が大きくはだけており谷間がくっきり。動くたびにいまにも具がこぼれ落ちそうにて、対峙しているわたしはずっとハラハラしっ放し。
 甘い香りにお色気むんむん。ムチムチな彼女もまたバクメと名乗る。
 そしてこれまで同様に街中へと案内されるのかと思いきや、さにあらず。
 ピシャリと門前払いを喰らってしまう。

「なんで!」
「ごめんなさいね。体験させてあげたいのは山々なんだけど、この暖簾をくぐるには、あなたはまだちょっと幼なすぎるの」

 色欲の街。まさかの年齢制限あり。
 十六歳にならないと入場できない。お子ちゃまお断りの大人の桃色空間。

「散々血みどろのグロいのを見せておいて、桃色だけはお預けとかあんまりだよ!」

 わたしは猛抗議をするもダメ。「昨今の社会情勢と世論の風潮をかんがみて」とか「いろいろ関係各所がうるさいのよ」との理由を述べられて、かたくなに入街を拒否される。
 しばし入り口にて押し問答。その姿はまるで桃色なお店の前でゴネている酔っ払いおやじのごとし。
 己が醜態にハタと気がつき、我に返ったわたしはずーんとへこんだ。
 そんなわたしの肩にやさしくそっと手を添えたムチムチなバクメ姉さん。
 差し出されたのは一冊の薄い本。
 表題は「花のしくみ」となっており、中身は「おしべがめしべとくっついて」うんぬんかんぬん。いわゆる子ども向けの性教育の本である。
 わたしはそれを受け取り、色欲の街をあとにする。
 次の街は北西方面にあるらしい。
 門前から少し遠ざかったところで、わたしは未練がましくふり返る。
 そのとき、一陣の風がひゅるりと吹いた。
 ムチムチなバクメ姉さんが下衣の裾を抑えて「いやん」
 彼女の背後にあった暖簾もはらりとゆれて、少しばかりめくれあがった。
 隙間からちらりと見えた桃色空間では、サルたちが盛っている姿が……。
 入り口付近からしてコレでは、街の中心部ではいったいどうなっていることやら。門前払いを喰らって、むしろよかったのかもしれない。
 そう考えなおして、わたしは次の街を目指し歩きはじめる。
 なおもらった冊子はざっと目を通してから、途中で捨てた。

  ◇

 次は怠惰の街であった。
 出迎えてくれたのは一つ目の少年。
 彼もまたバクメと名乗る。
 怠惰の街は、良くも悪くもふつうの造りにて、とくにおかしなところがない。
 一つ目の少年が最初に案内してくれたのは、さる商店。
 そこは枕の専門店にて、木製や陶器製のモノ、あずきやソバ殻を詰めたモノ、竹で編まれたモノ、見たことも聞いたこともないような素材で作られたモノまで……。
 とにかく膨大な数の商品が店内に所狭しとあふれている。
 手際よくわたしの身長やら体型の測量を行う一つ目の少年。
 それらの測量結果から、わたしに合った枕をちゃっちゃと選び出す。

「おねえちゃんには、コレがおすすめだよ」

 提示されたのは大きな丸いお饅頭のような物体。
 母アヤメのおっぱいほどもあり、手にした感触もまたそれに近い。胸に抱えるとなんだかホッとするところは、愛妹カノンをギュッと抱擁したときのよう。
 なんだコレ? 物体からもたらされる幸福感が半端ない。

「これは……すごいね」
「中身は軽石の粒つぶなんだよ。均等に小さく丸く研磨することで、雲のような柔らかさが実現されているんだ。寝具業界に革命を起こす発明さ」

 感心しきりのわたしに、一つ目の少年が得意げに説明した。
 枕専門店の次に案内されたのは寝台をあつかう家具屋。

「床の上へじかに布団を敷くのもいいけど、衛生面や冷えのことを考えるとね。いちいち布団のあげおろしをしなくてもいいし、ボクは断然、寝台派かな」

 そんなことを口にしつつ、一つ目の少年がオススメしてきたのは、なぜだか足のない長椅子。
 座り心地はたしかにいいけれども意味がわからない。わたしが「?」と首をかしげていたら、彼が種明かしをしてくれた。
 長椅子の座る部分を軽く持ち上げて、手前へと引けば、あらふしぎ! たちまち寝台に早変わり。
 日中はおしゃれな家具として、夜は寝台として。
 部屋を飾るだけでなく、空間をも活用できる優れもの。
 わたしは多機能家具にすっかり魅了された。

 その後にも布団やら寝間着をあつかうお店にも立ち寄り、ようやく怠惰な街の中心部へ到達。
 これまでのように街を象徴するような建物はなく、かわりにあったのは地下へと通じる階段。
 怠惰の街は地中深くへと埋まった逆さ塔のような構造をしており、街はいわば塔の天辺部分であったのだ。

「さぁ、行こう、おねえちゃん。注文した品はすでに運び込まれてあるから、存分に惰眠を貪るがいいよ」

 どうやら怠惰の街は睡眠欲求を満たす場所であるようだ。
 そういえばポポの里のお年寄り連中も、「夜中に目が覚めちまう」「近頃めっきり眠りが浅くなった」「昔みたいに朝までぐっすり寝れない」とかボヤいていたっけか。
 人間はある程度歳を経ると、うまく寝れなくなるらしい。
 若い頃なんてそれこそ丸一日でも平気で寝ていられたのに、三十を超えたあたりから睡眠時間がどんどん短くなってゆく。
 もっと寝たいのに寝れない。いくら寝ても体がダルい。疲れがとれない。スッキリしない。起きたら体の節々がバッキバキ。
 なんて話もよく耳にする。
 睡眠欲は、食欲、性欲と並ぶ人の三大欲求。
 それすらも罪といわれるのは、ちょっと心外ながらも、とりあえずわたしは一つ目の少年バクメに従って地下へと続く階段をおりてゆく。


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