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015 傲慢の街

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 暴食の街を出たわたしは、進路を北へ。
 平地をトボトボ歩き続けた先にて姿を見せたのは、高い壁と巨大な門。
 これまでの二つの街よりもずっと大きな造り。
 出迎えてくれたのは頭に王冠を乗せた、一つ目の金色の獅子。
 雄々しいたてがみと巨躯。人語を話す獅子より威風堂々と告げられる。

「われはバクメ。傲慢の街を預かる者。ここは誰もが王となれる場所だ。さぁ、ついて来い」

 凛々しい声にて、有無をいわさぬ力強さの込もった言葉。
 わたしはおずおずと従う。
 門を入ってすぐが長い階段となっており、百ほども段々をのぼった先が街中となっていたのだが、建ち並ぶのはいろんな形をしたお城?
 大きさこそは普通の一戸建て程度だけれども。
 まるで古今東西から城の縮小版を集めて展示しているような街並み。
 わたしはひょいと最寄りの窓から城の中をのぞいてみる。
 室内はがらんどう。奥にあったのは小さな城には不釣り合いな立派な装飾の施された椅子。背もたれに身をあずけては、ふんぞり返っている一つ目の男の姿がある。
 男は何が楽しいのか、にやにやしてご満悦。とってもごきげんそうであった。

「えーと、一国一城の主ってことなのかしらん」

 わたしが首をかしげると、いつの間にやらそばにきていた一つ目の獅子が「そうだ」と言った。
 その返答にわたしはますます首をかしげることになる。
 なぜなら、王さまだからといって、みんながみんな傲慢ではないからだ。案外、みんなちゃんとしている。でなければ国なんぞとても成り立たない。
 だから「ちょっとちがうような……」と、つい、本音をポロリ。
 けれども「ちがわない」と一つ目の獅子は首をふる。

「王だから傲慢なのではない。民を導く、民を守る、民を管理して統治する。王という存在そのものが、人々が思考を放棄した結実にて、傲慢の象徴なのだ」

 ムズカシイこと、大きなこと、必要なこと、決断がいること、たいへんなこと……。
 いろんな煩わしいことを王という個人、もしくは為政者に押しつけ、その他大勢の者たちは見てみぬふり。イヤなことからはとことん目をそむけて耳をふさぎ、日々を安穏に過ごす。国のことや政治のことなんて自分には関係ないと無視を決め込む。
 そのくせ勝手に期待しては、都合のよい解釈をし、あるいは思い込み、己の望み通りにならなければ裏切られたと憤る。

「ゆえに王は傲慢。人々の生活を支えるための贄。社会や国という目には見えない巨大なケモノに捧げられし供物」

 そう告げた一つ目の獅子は、どこか気だるげな様子であった。
 一方で、王や傲慢についての講釈を聞かされたわたしは「うーん」と考え込むハメになる。
 まるでタマゴが先か、ニワトリが先かみたいな話。ちょっとよくわかんない。ややこしい。
 支配する者とされる者。
 感覚的には、たくさんのウシを飼育している牧場主みたいなものかと、ずっと思い込んでいた。けれども話を聞くかぎりではちがったらしい。
 一頭だけならば首に縄をかけて、言うことをきかせるのはたやすい。
 しかしそれが同時に十、二十、五十、百となれば話がちがってくる。
 とても御しきれない。ひきずり回されるのは手綱をにぎる方。
 でも……。
 本当にそうなの?
 いまいち考えがまとまらない。そんな小娘にはかまわず、ふたたび歩きはじめた一つ目の獅子。
 気づけばけっこうな距離があいていた。
 すっかり置いてけぼりをくらったわたしは、思考を中断しあわてて彼のあとを追う。

  ◇

 案内された先は街の中心部。
 そこにあったのは超大な玉座。周囲の建物よりもずっとデカい。背もたれの部分が天を突く壁のよう。
 あまりの大きさに、腰かけるのに絶壁をよじ登る必要がある。
 もはや椅子と呼ぶにはムリがあるようなシロモノ。
 ひと目見てわたしの脳裏に浮かんだのは「無用の長物」という言葉。
 ちなみに意味は「あっても役にたたない大きなもの」である。
 王という存在が傲慢であり、玉座もまた傲慢ということなのだろうか。
 あんぐりわたしが超大な玉座を見上げていたら、一つ目の獅子が「自分の背に乗れ」と促してきた。言われるままに従う。
 わたしを乗せた一つ目の獅子。「しっかりつかまっていろ」と告げるなり、垂直な壁を駆け上がりはじめた。おどろいたわたしは、振り落とされまいとあわてて彼のたてがみにしがみつく。
 金色の毛に身を沈めるもニオイはまるでしなかった。温もりすらも感じない。傲慢の街を預かる者の背中の乗り心地は寒々しい。

 あっという間に壁をのぼりきり、玉座の席へと。
 街のすべてが一望でき、すべてを見下ろす位置にある。
 そこからの景色は、圧巻のひとこと。

「これが王の視点にて、傲慢の世界である。いまの気分はどうだ?」

 一つ目の獅子の言葉にわたしは「すごいね。確かにこれは傲慢だ」と正直な感想を吐露する。
 だって、この場所から眼下を睥睨していると何もかもが矮小に見える。それだけで何やら気分が高揚し、自分がえらくなったような気がしてくるんだもの。「ふはははは」とか意味もなく高笑いしちゃいそう。

「おまえが望めば、ここから見渡せるすべてが手に入る。この玉座はおまえのモノだ」

 一つ目の獅子からそう勧められたけれども、わたしは即座に拒否。だって、こんなところにいたら、ろくすっぽ土いじりができないんだもの。
 わたしには野望があるのだ。第一次産業の星になるという大望が!
 ゆくゆくは実家の農業と趣味の園芸にて、業界を席捲しブイブイいわせるのだ。
 よって固くて冷たく、孤独で寂しく、公私ともにとっても重たい椅子は遠慮しておく。
 ありのままの自分の気持ちをわたしが伝えると、「くくく」と一つ目の獅子が笑った。

「これは愉快痛快なり。おまえは王なんぞよりも、よっぽど傲慢だな。
 なにせちっぽけな人の世なんぞでは満足できずに、この足下に広がる大地そのものを欲するのだから」


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