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012 三つ子
しおりを挟むあらためて自分をとりまく状況を確認がてら、ぽわぽわと前夜のことを回想。
で、下した結論はというと。
「……やっぱりあの金の水差しが原因か。とくに何も感じなかったし、ミヤビたちも反応しなかったから油断した。
でもって、ここはたぶん現実じゃない」
わたしがそう判断した根拠は、ミヤビ、アン、ツツミ、ついでに鉢植え禍獣のワガハイの姿がないこと。
もしも就寝中に何らかの変事に巻き込まれたとしても、あの子たちがそれをみすみす許すはずがない。国賓として招かれているので、身辺にはけっこうな警備態勢が敷かれていることも考慮すれば、これらをまんまと出し抜いて誘拐するのは少々ムリがある。
よって、ここは現実ではない。
ただし、ただの夢でもないらしい。
なんというか夢特有のフワっとしたあいまいさが感じられない。
ぐーぱっ、ぐーぱっ、と手を強く握ったり広げたりしてみる。すると五指は力強く反応。荒地に吹く風も、砂のニオイも、地面のどっしりした確かさも、すべてが妙にしっかりしている。
五感と心身がこの場所を現実として認識している。
けれどもちがう。何がどうという明確な根拠は示せないけれども、ちがうということだけはわかる。
わたしは付近にあった台座のような形をした岩によじ登り、高みから周辺をキョロキョロ。
すると遠くに街の外壁とおぼしきものを発見した。
◇
ちょうどチヨコが難事に巻き込まれていた頃。
首都ナンシャーチ某所にあるロイチン商会の館にて。
「獲物がワナにかかった!」
喜色を浮かべたのは、当商会の筆頭であるシャムド。
蠱惑の美女はお団子に結んでいた髪をほどいている。豊かな胸が上下したひょうしに、だらりと垂れている緑がかった黒い毛先もゆれる。
妖しさを増す深緑の宝石のような双眸。
そんな長姉の姿に、向かい側に座っていた次男のヒャムドが「それは上々」とにんまり。
けれども兄の隣にいた三男のチャムドは顔をしかめている。
「よりにもよって黄金のランプを使わなくたって。あんなものを持ち出して、本当に大丈夫なの?」
黄金のランプ。
ランプに宿る精霊が、ありとあらゆる願いを叶えてくれる。
ただし、それは夢の世界でだけの話。
一見すると役に立ちそうになく、実害がなさそうだけれども、道端に落ちているただの小石とて武器になるように、活かすも殺すもすべてはあつかう者の工夫次第。
事実、黄金のランプは使い方を誤れば破滅をもたらす魔道具であった。
夢は心地よく甘露。
のめり込めばそこから抜け出せなくなる。
そしてすべての欲望が安易に叶うという状況は、同時に現実世界にて生きる意義や希望を見失い、著しく気力の低下をまねき、じきに枯渇へと至らせる。
そうなればココロが死んで、生きる屍と成り果ててしまう。
チヨコが金の水差しとおもっていた品。じつは水ではなくて油を入れて使う照明器具であった。形状がそっくりなのでかんちがいをしたのである。
天剣(アマノツルギ)なるお宝を手に入れるために、その所有者である剣の母を墜とす。
それがシャムドの計画。
これを成就するために、彼女が選んだ手段が黄金のランプであった。
「心配はいらないよ。アレには小娘は傀儡にするから、適当に弱らせ溺れさせろと命じてある」
アレとはランプに宿る精霊のこと。
ロイチン商会の躍進のからくりは、黄金のランプにあった。
シャムドは夢の世界を利用することで、いろんな商いの選択肢を試し、精査し、その中から最適解を選ぶことで、この短期間で商会をここまで成長させてきたのである。
「わたしだって、できれば使いたくはなかったさ。アレはうちにとってもトラの子だからねえ。けど、あの小娘はとにかくやっかいでね」
剣の母チヨコ、御年十一歳。ぴちぴちの辺境娘。
どうにか誘惑し、篭絡せんとシャムドは目論むも、ことごとく失敗する。
まだ子ども過ぎるせいか、見目麗しい娼夫にもピンとこず、甘言は右から左へ聞き流す。豪華な宝石類や衣装にもまるで見向きもしやしない。年齢的に酒は論外。
ならば賭けごとはどうか。
この手の遊びは夢中になるあまり老若男女にかかわらず本性が露呈するから、人物を見極めるのに最適。
だから賽子(サイコロ)片手に双六(スゴロク)遊戯で様子を見れば、べらぼうに強いときた。逆に送り込んだ名うての博徒どもが、尻尾をまいて逃げだす始末。
「信じられるかい? あの小娘、一度に、四つの賽の目を自在に操りやがったんだよ! 小娘の故郷であるポポの里とかいう場所は、いったいどうなっていやがる……。
ひょっとして人知れず最強の博徒を育てる隠れ里なのかい?」
いっそのこと両親か適当な親族あたりを借金漬けにてして、言うことを聞かせようかと画策するも、すでにユモ国の手の者が配置されており、そっちもダメ。
情報収集のためにと複数の諜報員を放ったが、ポポの里にいたっては人外魔境過ぎてロクすっぽ近寄れもしなかったとの報告を受ける。
「でもって、伝わってくるのは『剣の母』『商公女』『紅風旅団の首領』『勇者殺し』『魔改造の女』『禍獣の母』『雨女』とかいう、よくわからない肩書きと真偽不明の逸話ばかり。
見た目はちんまい小娘のくせして、とにかくムチャクチャなんだよ。調べるほどにわけがわからなくなる。まるで底なし沼みたいだ。
正直、ちょっと舐めてたわ。さすがは神に使命を託されただけのことはある。
だからこっちも出し惜しみはヤメた。ここで確実にトリにいく」
ややつりあがったシャムドのまなじり。深緑の眼光が鋭さを増す。
ひさしぶりに見せられた姉の本気の顔に、おもわずゴクリとノドを鳴らす弟たち。
「夢の国から帰ってきたとき、はたしてあの子がどれだけ聞き分けのいい子になっているのか、楽しみだねえ」
シャムドは妖艶な笑みを浮かべた。
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