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050 コテツとチビスケ
しおりを挟むここのところ陽射しがキツイ。
うっかりカンカン照りのアスファルトの上なんて歩こうものならば、たちまち「うんにゃーっ! (アッチーッ!)」
肉球がひりひり火傷してしまう。
だから用心しつつ、日陰から日陰へと渡り歩く。
和香がネコの姿にて町を散策していた時のこと。
マンションの駐輪場で見かけたのはコテツだ。いつも連れている弟分のフクとテンの姿もある。
ここいらはコテツ一家の縄張り。
でもって、駐輪場は建物が太陽の光をさえぎっているから、暑いときには涼むのにもってこいの場所なもので、よくノラネコたちがたむろしている。
「うにゃにゃ~ん。(やぁ、元気にしてた?)」
小走りで駆け寄り声をかけたところ、サッとコテツの陰に隠れた小さな者がいる。
何かとおもえば子ネコであった。
白と黒と茶の三毛。まだほんの手の平サイズにて、生後四週間かそこらだろう。
ネコは人間とちがって早熟だから、そろそろ乳離れするかどうかといったところだろうけど。
「にゃにゃにゃにゃっ! (えっ、もしかしてコテツの子ども)」
おもわず和香がそう口走れば、「シャーッ。(ちげーよ)」
コテツはすぐに否定し「なぁーお。(こいつはちょっと訳アリだ)」と言った。
その事情というのが聞くに堪えないような話であった。
なんとこの子の母親や兄弟たちは、心無い人間たちによって殺められてしまったという。それも遊びの延長で。
必死に我が子を守ろうとする母ネコを、エアガンで面白がって撃っては、よってたかって嬲り者にしたあげくに、瀕死の母ネコにまるで見せつけるかのようにして、子ネコたちを一匹ずつ川にドボンと投げ込んだというから恐ろしい。
助かった子――コテツがチビスケと命名したこの子も溺れかけたが、たまたま流れてきたペットボトルにしがみつき、どうにか下流にて岸へと流れ着き一命を取りとめたものの、他の兄弟たちはみな……
まさに鬼畜外道の所業であろう。
あまりにもヒドイ内容に和香は絶句し、コテツは悔しさを滲ませ震えている。居合わせたネコたちもみな一様に表情険しく、瞳を爛と光らせている。
そんなことを仕出かしたのは、制服姿の中学生の五人組らしい。格好からしてどこぞの私立の生徒らしい。
受験や学校でストレスを抱えていたとて言語同断だ。
そしてコテツがわざわざこの話を和香に伝えたのは注意喚起のため。
「ごろごろごろごろ、ぐるる。(この手のクズは、必ず同じことを繰り返すからな。おまえも気をつけろ)」
けっして他人事ではない。
和香は「にゃん。(わかった)」と神妙にうなづきつつ、ピタっとコテツにはりついているチビスケをそっと見たのだけれども、すぐにあることに気がつき「んんん?」
「にゃにゃ、にゃん。(えーと、この子の名前をつけたのってコテツだよね)」
「あお~ん。(そうだ。小さいからチビスケ。ぴったりだろ)」
それを聞いて和香は「はぁ」と嘆息し、首をふるふる。
「うにゃん! にゃお~ん。(あんたバカなの! 女の子にスケとか、いったい何を考えてんのよ)」
指摘を受けてコテツらは一斉に「えぇっ!」
目玉が飛び出そうなぐらいに驚いた。
そうなのだ。
コテツたちはよくたしかめもしないで、年端もいかぬ女の子をチビスケなんぞと呼んでいたのである。
いくらなでもあんまりだ。これだから野郎どもは……
和香からコンコンと説教をされて男たちはしゅんとうな垂れるも、タイミングを見計らってコテツがおずおず言った。
「なぁ~~ご。(だったらおまえが名前をつけてやれよ)」
言われて今度は和香が「えっ!」となり、考え込むハメに。
ミケ! というのはあまりに安直すぎる。
三毛ネコは英語にしたらキャリコだけど、なんとなくイメージと合わない。
そこであらためて子ネコを眺めてみたら、左足の付け根に小さな三日月のような模様があることに気がついた和香は、これだ!
「うにゃにゃ。(決めた、この子はルナちゃんにしよう)」
ルナは月の女神さまの名前。
どんなご利益があるのかは知らないけれども、言葉の響きといい雰囲気といい、女の子にはぴったり。
というわけで、この子はチビスケあらためルナとなった。
ルナちゃんは保護された経緯が経緯なだけに、人間の手を借りるのはむずかしいとの判断から、コテツらが中心になってみんなで面倒をみて、いっぱしのノラに育てるという。
いまどきの人間たちのコミュニティよりも、よほど情が厚いネコたちに、和香はぐすんと鼻をすする。それとなくエサなどを調達して、自分も陰ながら協力しようと心に誓う。
だが、これに平行するかのようにして、とある事件が町で起こりつつあるのを、この時の和香はまだ知らなかった。
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