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011 ごねる男
しおりを挟むゲツガと契約を結び、明朝に迷宮の門前で待ち合わせと決めたところで、本日は解散。各々、準備を整えて十分にカラダを休めて探索に臨む。
なおゲツガにはわたしが天剣(アマノツルギ)を持つ剣の母であることは伏せてある。
もしもうっかりバラしたら、天剣欲しさに群がってくる連中のせいで、迷宮街が大騒ぎになりかねないからね。
対外的には「お金持ちのお嬢さまの道楽による、迷宮探索」ということにしておいた。
で、わたしとケイテンが斡旋所を出ようとしたら、さきほどお世話になった受付のお姉さんのところで、ごねている若い男の姿を目撃する。
「なんで一人で入っちゃいけないんだ! オレさまは強いから問題ねえって、何度も言ってるだろうが」
「ダメです。規則ですので」
えらく興奮している男、勢いのままにドンと受付の台を叩く。あまり褒められた態度ではない。
しかしお姉さんもさるもの。一歩も引くことなく、頑として譲らない。
そういう決まりだからというだけでなく、それが挑戦者たちの命を守るために最低限必要なことだから。
試練の迷宮、全百層。
これをかつて踏破した人物が一人だけ存在する。
トナカの街でのお芝居にもなっていた、蒼い狼と呼ばれた伝説の戦士。
しかしそのせいで、ちょっと困ったことが起きてしまう。
超戦士の武勇に憧れるあまり、自分もと単独にて挑戦するもの数多。しかしその大半が帰ってこなかった。
人的被害甚大にて、これは見過ごせないと判断した当時の国の首脳部が、現行制度を整えたのである。
どうやらかなりの遠方から来た青年は、そのことを知らなかったらしい。
意気揚々ときてみれば「ぼっちお断り」と言われて、すっかりお冠の様子。
「迷宮に挑戦したいのであれば、最低、二人はお仲間をご用意してください。もしもいないというのであれば、斡旋所にて紹介することも可能ですから」
「そんな悠長なこと、ちんたらやってられるか! オレさまはすぐにでも潜りたいんだよ」
どこまでも淡々と規則にのっとった応対をする受付のお姉さん。
毅然と職務に邁進する姿が、とっても大人でステキだ。わたしは大きくなったら、あんな風になりたい。
どこまでも感情的に突っ走るオレさま野郎。
わたしは自分で自分のことを「オレさま」と呼ぶ人間をはじめて見たよ。
なんていうか、すっごくダサくて痛々しい。なまじ容姿が整っているから、中身のがっかり感が半端ない。わたしは密かに心の内にて、こいつをがっかり王子と命名する。
◇
何ら前触れもなく、それは起きた。
口論というか、いちゃもんのさなか。
唐突に腰の剣に手をかけて、こちらを振り向くがっかり王子。
とても滑らかで素早い動き。実力に関してはあながちウソではないと思わせるほどのもの。
けれども、そのあとが意味不明。
なぜだか厳しい視線を向けた相手は、わたしことチヨコ。
これには受付のお姉さんも怪訝な顔をし、隣にいたケイテンも戸惑いを隠せない。
で、がっかり王子はずかずかとこちらに近づいてくるなり、「おい、そこのおまえ。いったい何者だ」と声を荒げた。
がっかり王子、まさかの当たり屋?
いきなりお鉢が回ってきたわたしは「えー」
からまれてわたしが困惑しているのを無視して、がっかり王子はこちらの周囲をうろうろしては、全身を舐めまわすように見つめてくる。
青年の奇異な行動を前にしてケイテンが「新手の痴漢? いや、この場合は視姦というのが正しいのかしら」なんぞと独りごちている。ちっとは仕事しろ! 警護役。
そうしている間にも、がっかり王子はわたしに熱視線を送り続け、ぶつぶつ。
「なんだ? 確かにすごい威圧を感じたんだが。どこからどうみても、ただのちんちくりんだ。さすがにこれで『じつは武芸の達人でした』はないだろう。
しかしさっきのは絶対に気のせいなんかじゃない。
いったいこのチビの何が、このオレさまをビビらせたというんだ……」
青年の発言に、わたしは内心でびくびく。
やっべー、こいつ。おそろしく勘がいいぞ。
きっと帯革にいるミヤビたちに反応したんだ。うちの子たち(剣と鎌と槌)は、みな馬鹿な男が大嫌い。それでついイラっとしたのを感知した?
こんなことは初めて。
この男、ただの痛い野郎なのかと思っていたけれども、それだけじゃあないみたい。
でもこれ以上騒がれて、うっかりモロモロが露見したら、きっと大騒ぎになる。どうしよう……。
あせるわたし。
するとがっかり当たり屋王子は、ここでさらに斜め上をいく行動にでる。
あろうことか、こんなことを言い出した。
「ふーん、まぁ、いいか。それよりも、よし、決めた! おまえたち、オレさまの仲間にしてやる。おい、受付の姉ちゃん。これで人数はそろったから問題ないよな」
勝手に話を進めるがっかり王子。
もちろん、わたしは「じょうだんじゃない!」と猛抗議。
ケイテンとてそれに倣う。
が、ここで思わぬ裏切りが起こる。
「金ならあるぞ」
がっかり王子が提示した金額を前にして、すかさずケイテンが膝を屈した。
「出張先にて少なくない臨時収入。しかも非課税。チヨコちゃん、お姉さんは引退後は悠々自適な生活がしたいの。あくせく働くのなんて、もうイヤなの」
正面よりわたしの両肩をがっちり掴んで、大真面目な顔をしてケイテンはそんな本音をぶちまけた。
四十まで勤めあげれば、貴族籍が与えられ、領地をもらえて、ウハウハな第二の人生がまっているという影のお仕事。
どうやらケイテンは引退後の生活において、さらなる快適化を画策している模様。
それゆえにこの好機をぜひともモノにしたいと熱弁。
欲に濁った三十路女の瞳を前にして、わたしはダメだこりゃ。
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