上 下
54 / 54

53 乙女の会心の一撃、そして伝説へ。

しおりを挟む
 
 小さなガキを捨てて若い男に走った母。
 一向に家庭と子供を省みない父。
 適当な仕事で人を異世界に送った神だか管理者のオッサン。
 勝手に人を聖女扱いしてはちょっかいをかけてくる連中。
 本当にどいつもこいつも、どうして私を放っておいてくれない……。
 なにより私の大切なもんを傷つけるこのクソ虫に対して、どうしようもないほどに怒りが湧いて沸いてしようがない。ぐつぐつと煮えたぎったマグマにも似た何かが、いまにも自分の内より噴き出しそうだ。駄目だ、どうにも抑えようがない。
 感情の高ぶりとともに右手に集約するチカラ。
 それが限界に達し、更に突き抜けたとき、私の右手はなんかチクワっぽい模様のグローブで覆われていた。

『もはや貴様を守る存在はいない。まずは聖女の魂を喰らってこの屈辱をそそごうか。それからお前の体を操って三匹どもを嬲り殺し、世界中の命でもって我が痛みを癒すとしようか』

 そんなことをほざきならが、嬉々としてこちらに近づいてくるワンゲルオール。
 だから私は右の拳をギュっと固く握った。
 丁度いい距離になったところで渾身の一撃を奴に見舞う。
 左足を深く踏み込み、大地を踏みしめたエネルギーをそのまま腰へと伝え、その勢いを加速させるかのように腰を回転させ、背筋のバネをも巻き込み上半身が滑らかな半円軌道を描く。肩から二の腕、肘を中継し前腕を経て手首から拳へと伝わる力。それらに己が内にある諸々のすべての想いをのせて、クソ虫の顔面ど真ん中に突き刺してやった。
 打撃が当たる瞬間に内側に捻るように螺旋の回転を加えることも忘れない。拳の使い方はチクワグローブがすべて引き受けてくれるので、意識をなぞるだけで完璧にこなせた。
 殴った瞬間には、もう奴の体は遥か彼方にきりもみしながら吹っ飛んでいた。
 その過程でボロボロと肉体が崩れてゆき、光の粒子となって消滅していく。

『聖女ならば祈りで浄化だろうがーっ』

 遠ざかりながら消えていく奴が、そんなことを喚いていたような気もするが、きっと気のせい。
 だって私、聖女じゃねーし。

 ワンゲルオールをぶっ飛ばした私は、慌ててみんなのところに駆け寄る。
 シルバーもレッドもシロも体はボロボロだったけど、なんとか生きてた。

「よかったよー」

 恥じも外聞もなく、わんわんと私は泣いた。

 
 
 強大な敵を倒し、生き残ったことを喜びつつ、三匹と乙女でハムハムとチクワをかじる。
「みんなボロボロだし帰りはどうしようか」などと相談をしていると、その場に奇妙な気配が出現する。
 すぐに警戒態勢をとる三匹、だが相手の姿を見た私がそれを制止する。
 姿を現したのは私をこっちの世界に乱雑に送った管理者とかいう、あのオッサンだったからだ。
 ぱちぱちと手をたたきながら「よくやってくれた」「あれはバランスブレイカーでほとほと手を焼いていたんだよ」「さすがは僕が見込んだ子だけのことはある」「歴代最強の聖女だね」なんて言って私を褒めそやすオッサン。
 だから私は思いっきり腕を振りかぶって、オッサンの左頬をレベル10のチクワグローブのついた拳でぶん殴った。
 残念なことに先ほどのような脅威的な威力は発揮されない。
 おそらくは燃料切れなのだろう、ちぇっ。
 それでも綺麗に入った一撃によって、オッサンは膝から崩れ落ちてグニャリと地面に倒れた。

「だから私を聖女と呼ぶんじゃねぇよ!」

 のびてるオッサンにそう言ってやったが、この分ではたぶん聞こえてないだろう。
 神だか管理者だかしらないが、ざまぁみろってんだ。
 あー、スッとした。ようやく喉の奥に刺さった小骨みたいなのが取れて気分爽快。
 なんかヤルことやったら腹が減ってきた。とりあえず右腕のチクワグローブをかじってみる。モグモグごっくん……。うむ、味はレベル2の高級チクワだな。
 あくまで私の能力は食べ物であるという主張を曲げるつもりはないようだ。出オチ設定もここまで貫き通すと感心するわ。あっぱれ、褒めてつかわす。
 そんなことを考えていたらピコンとまたもや謎の声。
 
『能力レベル11に達しました。チクワ神降臨できます』

 どうやら神様だか管理者だかをぶっ倒したので、レベルが上がったようだ。
 てっきりレベル10で打ち止めかと思っていたのに……。
 それにしても次は神と来たか、いい加減に発展方向のぶっ壊れ具合が半端なくなってきたな。
 ちくしょー、悔しいがむちゃくちゃ気になるじゃないか。
 なんなんだよチクワ神って! チクワ戦士のデカいバージョンかな? めっちゃ見てえ! でもとんでもないのが出てきたら処理に困るから、ウチに戻ってからシルバーに相談してみよう。せっかく紅い災いを退けたのに、違う災いを呼び出したら、さすがに目も当てられん。
 
 私たちはオッサンを放置して家路につく。
 帰りは黒サイカのみんなにお願いして地を這う絨毯にて運んでもらった。手触りもっふもふ。極楽じゃあ。
 かくして世界は一時の平穏をえたのである。
 だがそれもそう長くは続かないだろう、と私は思うよ。だって人間と魔族の争いは終わってないし、シコリだって全然消えちゃいないもの。積み重ねてきた業がなくなるわけじゃないからね。人間同士でだって争うし、悪い奴もたくさんいるし、当面は復興にかかりきりになると思うけど、じきにまたおっぱじめるんだろうねぇ。
 まあ、好きにしたらいいさ。どうぞ私の居ないところでやってくれ。
 私はみんなと森に引き篭りますので。



 その者、神域と呼ばれる深き森に住まうという。
 風を司る銀の狼、炎を纏う不死の鳥、黒の群れを率いる白き王を友と呼び、森の猛き獣やモンスターらを従え、天空の覇者と親しげに話し、ドラゴンすらもが頭を垂れる。
 種族の垣根を越えて広く施し、飢饉に苦しむ民を救い、痩せて枯れた大地を蘇らせ、荒れ狂う大河を治め、大挙して押し寄せる軍勢を退け、ついには封印より解き放たれた古の災いをも退治して世界を救う。
 成した偉業は数知れず。そのくせ一切の功を誇らず、無用に世に介入するを好まず、清貧を尊び、慎ましやかで穏やかな生活を好み、終生を森の奥にある廃村にて過ごすことを願い、頑なに表に出ようとはしない。
 人々はそんな彼女を感謝と敬愛を込めて「聖女チクワ」と讃える。

 そんな彼女の口癖は「私を聖女と呼ぶんじゃねえ」であった。



 ―― 異世界の片隅で引き篭りたい少女。(完) ――


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(201件)

梅吉
2022.03.15 梅吉

ヤバい面白すぎる小説をよんでしまった…すごすぎる。チクワがすごすぎる…

解除
紫露エリカ
2021.03.31 紫露エリカ

初めて読みましたが,とても面白かったです!
この話は何度見ても飽きない自信があります!

解除
みお
2021.02.04 みお

何度読んでも面白い。

解除

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢の考察。

saito
恋愛
転生悪役令嬢とは何なのかを考える転生悪役令嬢。 ご感想頂けるととても励みになります。

捨てられ令嬢の恋

白雪みなと
恋愛
「お前なんかいらない」と言われてしまった子爵令嬢のルーナ。途方に暮れていたところに、大嫌いな男爵家の嫡男であるグラスが声を掛けてきてーー。

ヒロインが迫ってくるのですが俺は悪役令嬢が好きなので迷惑です!

さらさ
恋愛
俺は妹が大好きだった小説の世界に転生したようだ。しかも、主人公の相手の王子とか・・・俺はそんな位置いらねー! 何故なら、俺は婚約破棄される悪役令嬢の子が本命だから! あ、でも、俺が婚約破棄するんじゃん! 俺は絶対にしないよ! だから、小説の中での主人公ちゃん、ごめんなさい。俺はあなたを好きになれません。 っていう王子様が主人公の甘々勘違い恋愛モノです。

隣の芝は青く見える、というけれど

瀬織董李
恋愛
よくある婚約破棄物。 王立学園の卒業パーティーで、突然婚約破棄を宣言されたカルラ。 婚約者の腕にぶらさがっているのは異母妹のルーチェだった。 意気揚々と破棄を告げる婚約者だったが、彼は気付いていなかった。この騒ぎが仕組まれていたことに…… 途中から視点が変わります。 モノローグ多め。スカッと……できるかなぁ?(汗) 9/17 HOTランキング5位に入りました。目を疑いましたw ありがとうございます(ぺこり) 9/23完結です。ありがとうございました

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

双子の転生者は平和を目指す

弥刀咲 夕子
ファンタジー
婚約を破棄され処刑される悪役令嬢と王子に見初められ刺殺されるヒロインの二人とも知らない二人の秘密─── 三話で終わります

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。