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53 乙女の会心の一撃、そして伝説へ。
しおりを挟む小さなガキを捨てて若い男に走った母。
一向に家庭と子供を省みない父。
適当な仕事で人を異世界に送った神だか管理者のオッサン。
勝手に人を聖女扱いしてはちょっかいをかけてくる連中。
本当にどいつもこいつも、どうして私を放っておいてくれない……。
なにより私の大切なもんを傷つけるこのクソ虫に対して、どうしようもないほどに怒りが湧いて沸いてしようがない。ぐつぐつと煮えたぎったマグマにも似た何かが、いまにも自分の内より噴き出しそうだ。駄目だ、どうにも抑えようがない。
感情の高ぶりとともに右手に集約するチカラ。
それが限界に達し、更に突き抜けたとき、私の右手はなんかチクワっぽい模様のグローブで覆われていた。
『もはや貴様を守る存在はいない。まずは聖女の魂を喰らってこの屈辱をそそごうか。それからお前の体を操って三匹どもを嬲り殺し、世界中の命でもって我が痛みを癒すとしようか』
そんなことをほざきならが、嬉々としてこちらに近づいてくるワンゲルオール。
だから私は右の拳をギュっと固く握った。
丁度いい距離になったところで渾身の一撃を奴に見舞う。
左足を深く踏み込み、大地を踏みしめたエネルギーをそのまま腰へと伝え、その勢いを加速させるかのように腰を回転させ、背筋のバネをも巻き込み上半身が滑らかな半円軌道を描く。肩から二の腕、肘を中継し前腕を経て手首から拳へと伝わる力。それらに己が内にある諸々のすべての想いをのせて、クソ虫の顔面ど真ん中に突き刺してやった。
打撃が当たる瞬間に内側に捻るように螺旋の回転を加えることも忘れない。拳の使い方はチクワグローブがすべて引き受けてくれるので、意識をなぞるだけで完璧にこなせた。
殴った瞬間には、もう奴の体は遥か彼方にきりもみしながら吹っ飛んでいた。
その過程でボロボロと肉体が崩れてゆき、光の粒子となって消滅していく。
『聖女ならば祈りで浄化だろうがーっ』
遠ざかりながら消えていく奴が、そんなことを喚いていたような気もするが、きっと気のせい。
だって私、聖女じゃねーし。
ワンゲルオールをぶっ飛ばした私は、慌ててみんなのところに駆け寄る。
シルバーもレッドもシロも体はボロボロだったけど、なんとか生きてた。
「よかったよー」
恥じも外聞もなく、わんわんと私は泣いた。
強大な敵を倒し、生き残ったことを喜びつつ、三匹と乙女でハムハムとチクワをかじる。
「みんなボロボロだし帰りはどうしようか」などと相談をしていると、その場に奇妙な気配が出現する。
すぐに警戒態勢をとる三匹、だが相手の姿を見た私がそれを制止する。
姿を現したのは私をこっちの世界に乱雑に送った管理者とかいう、あのオッサンだったからだ。
ぱちぱちと手をたたきながら「よくやってくれた」「あれはバランスブレイカーでほとほと手を焼いていたんだよ」「さすがは僕が見込んだ子だけのことはある」「歴代最強の聖女だね」なんて言って私を褒めそやすオッサン。
だから私は思いっきり腕を振りかぶって、オッサンの左頬をレベル10のチクワグローブのついた拳でぶん殴った。
残念なことに先ほどのような脅威的な威力は発揮されない。
おそらくは燃料切れなのだろう、ちぇっ。
それでも綺麗に入った一撃によって、オッサンは膝から崩れ落ちてグニャリと地面に倒れた。
「だから私を聖女と呼ぶんじゃねぇよ!」
のびてるオッサンにそう言ってやったが、この分ではたぶん聞こえてないだろう。
神だか管理者だかしらないが、ざまぁみろってんだ。
あー、スッとした。ようやく喉の奥に刺さった小骨みたいなのが取れて気分爽快。
なんかヤルことやったら腹が減ってきた。とりあえず右腕のチクワグローブをかじってみる。モグモグごっくん……。うむ、味はレベル2の高級チクワだな。
あくまで私の能力は食べ物であるという主張を曲げるつもりはないようだ。出オチ設定もここまで貫き通すと感心するわ。あっぱれ、褒めてつかわす。
そんなことを考えていたらピコンとまたもや謎の声。
『能力レベル11に達しました。チクワ神降臨できます』
どうやら神様だか管理者だかをぶっ倒したので、レベルが上がったようだ。
てっきりレベル10で打ち止めかと思っていたのに……。
それにしても次は神と来たか、いい加減に発展方向のぶっ壊れ具合が半端なくなってきたな。
ちくしょー、悔しいがむちゃくちゃ気になるじゃないか。
なんなんだよチクワ神って! チクワ戦士のデカいバージョンかな? めっちゃ見てえ! でもとんでもないのが出てきたら処理に困るから、ウチに戻ってからシルバーに相談してみよう。せっかく紅い災いを退けたのに、違う災いを呼び出したら、さすがに目も当てられん。
私たちはオッサンを放置して家路につく。
帰りは黒サイカのみんなにお願いして地を這う絨毯にて運んでもらった。手触りもっふもふ。極楽じゃあ。
かくして世界は一時の平穏をえたのである。
だがそれもそう長くは続かないだろう、と私は思うよ。だって人間と魔族の争いは終わってないし、シコリだって全然消えちゃいないもの。積み重ねてきた業がなくなるわけじゃないからね。人間同士でだって争うし、悪い奴もたくさんいるし、当面は復興にかかりきりになると思うけど、じきにまたおっぱじめるんだろうねぇ。
まあ、好きにしたらいいさ。どうぞ私の居ないところでやってくれ。
私はみんなと森に引き篭りますので。
その者、神域と呼ばれる深き森に住まうという。
風を司る銀の狼、炎を纏う不死の鳥、黒の群れを率いる白き王を友と呼び、森の猛き獣やモンスターらを従え、天空の覇者と親しげに話し、ドラゴンすらもが頭を垂れる。
種族の垣根を越えて広く施し、飢饉に苦しむ民を救い、痩せて枯れた大地を蘇らせ、荒れ狂う大河を治め、大挙して押し寄せる軍勢を退け、ついには封印より解き放たれた古の災いをも退治して世界を救う。
成した偉業は数知れず。そのくせ一切の功を誇らず、無用に世に介入するを好まず、清貧を尊び、慎ましやかで穏やかな生活を好み、終生を森の奥にある廃村にて過ごすことを願い、頑なに表に出ようとはしない。
人々はそんな彼女を感謝と敬愛を込めて「聖女チクワ」と讃える。
そんな彼女の口癖は「私を聖女と呼ぶんじゃねえ」であった。
―― 異世界の片隅で引き篭りたい少女。(完) ――
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