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49 決戦の日。

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 ワンゲルオールがこちらとの約束を守る保証はないけれども、とりあえず信用するとして私は森の廃村へと戻った。
 
 翌日になると、方々から客が来て雑事に煩わされる。
 何故だか私と奴とのやりとりが世界中に知れ渡っていた。
 やられた……、どうやらあの時のやりとりをこっそりと全世界に中継されていたようだ。自分の幻影を各地に投影したのと同じ技術の応用だ。
 あいつとしては、全世界の希望を背負って立つ乙女を完膚なきまでに叩きのめして、その無残な最期を見せしめに晒すことで、更なる絶望を人々に与える魂胆なのであろう。
 たんに興味本位で挑戦を受けたわけじゃなかったのか、でかい図体のわりに存外に芸が細かい。
 おかげでギルドマスターやら魔王やらが押しかけてきて鬱陶しい。
 頭を丸めた見知らぬオッサンも混じっていたが彼は教会の偉い人らしく、「これまでの無礼ひらにひらにー」とこれまた鬱陶しい。いい歳こいたオッサンズの涙と鼻水なんていう汚いお土産はいらない。
 でもハーピィのリリイちゃん母子や、ドラゴンの育メンパパらが心配して駆けつけてくれたのは嬉しかった。リリイちゃんがようやく裸族を卒業して、隠すべきところに羽が生えている。彼女の姿をみて、その成長にお姉さんちょっと感動しちゃった。

 みんな協力を申し出てくれたが、戦いの場にはあくま私とシルバー、レッド、シロらだけで赴くことを告げ、その代わりにギルドマスターや魔王には自分たちの領地を固く守ることを頼む。くれぐれも軽挙妄動を慎み、あの平原に近寄らないようにお願いしておく。
 なにせ当日は派手にぶちかます予定なので、巻き添えを喰っても責任が持てない。
 空を飛べる方々には念のために平原周りの警戒を頼む。
 もしも「自分も世紀の大決戦に馳せ参じるのだ」とか考えている、真面目な人がいたら足止めしてもらう。こちらも理由は先と同じ。
 他にも各国からの問い合わせやらが続々と届くも、対応が面倒なのでそれらはギルドマスターに丸投げして、私たちは粛々と決戦の日が来るのを待つ。
 ワンゲルオールも今回の出来事を楽しんでいるのか、これまで各地で無軌道に暴れさせていた手下どもをすべて引き上げさせて、自分のところに集めているらしい。
 その証拠に魂なき器の群れがこぞって、あの平原へと向かっている姿が目撃されている。



 決戦当日の朝。
 いつも通りに起きた私は、いつも通りに日課のチクワ撒きを行い森の畜生どもとしばし戯れ、すっかり綺麗になった村の中を軽く散歩し、畑に植生しているビショウカに「シャー」と警戒されてから帰宅する。
 そしていつもと同じように三匹と朝食のチクワをかじり身支度を済ませると、いつも通りの調子にて「それじゃあ行こうか」とみなに声をかけた。
 
 「おうさ」「ケーン」「ちー」
 
 シルバーとレッドとシロが応える。
 みんないつも通りだった。
 
 村の外れの原っぱにてレッドが本来の姿である不死鳥に変じる。
 今では我が家よりもずっと大きくなった。その逞しい背中にみなで揺られて決戦の地へと赴く。
 悠然と空を行くレッド。
 何やら地上が騒がしいと思って覗いてみると、ちょうど街の上空に差しかかったところであり、多くの人らがこちらに向かって手を振り声援を送っていたので、とりあえず「聖女って呼ぶな」とだけ応えておく。
 行く先々にて人が住んでいる地域を通ると、どこも似たような感じであった。
 途中の空にてドラゴンの編隊に遭遇するも、彼らはこちらには近づいて来ずに周囲を旋回することで激励の意を表してくれた。
 
 多くの声援や期待を受けて私たちは決戦の地へと降り立つ。
 だがそこにいたのはワンゲルオールただ一人。でも嫌な気配はビンビンに感じていたので、きっと術かなんかで軍勢を伏せているのであろう。
 私は試しにレベル7で奴の脳天を内部から巨大チクワで破壊してやろうとするも、それは弾かれた。残念なことに格上過ぎる相手には通用しないようで残念至極。

『よく来たな森の聖女よ。訊けば辺境にて清貧を尊び世俗を厭うというではないか。そんなお前が世界のため人々のために戦うとは、なんとも皮肉な話よな』

 相変わらずの大業な物言いだが、いろいろと誤情報に踊らされているようだ。清貧も何も廃村暮らしに銭も虚飾もいらぬ。世俗を厭うというのは正しいが、微妙にいい方に解釈しているような気がするし、世界を救うためじゃなくて自分の生活と一部の縁者らを守るために戦うだけだ。
 こんだけ利己的な人間をして聖女だなんて言ったら、あらゆる次元の世界中に存在している過去現在未来、そのすべての聖女たちに申し訳がないわ。

『それにしても懐かしい顔があるの。まだ生きておったか銀のフェンリルよ。久しぶりの知己との再会だ。聖女ともども存分にもてなしてくれようぞ』

 どうやらシルバーは前回の決戦時にも参加していたようだ。そして相手の覚えも目出度きところをみると、そこそこ活躍したみたいだな。これはなんとも心強い。

『さあ、滅びの宴を始めよう。せいぜい、いい声で歌って踊って、そして啼いて我を愉しませてくれよ』

 ワンゲールオールが両手を広げた途端に姿を現す大軍勢。
 それらが四方からこちらへと進軍してくる。

「ありゃりゃ? パターンCで来るか……、だったら打ち合わせ通りに各個撃破でよろしくね」

 私の言葉で各々が三方へと散開するシルバーと、レッドと、シロ。
 こっちだって何もこの決戦を前にしてゴロゴロと無為に過ごしていたわけじゃない。いくつかの展開を予想してシュミレーションをしては、闘い方なんぞを相談していたのだ。
 ラスボスってのは決まって、最初は部下にまかせっきりと相場が決まっている。
 いきなり自分が全力で出向くだなんてプライドが許さない。だからしばらくは高みの見物を決め込んで楽しむはず、そうなると次はどう出るか? と考えたいくつかのパターンのうちの一つがコレだった。
 チームを分散して個別に嬲る。
 飴玉を舌の上で転がすようにゆっくりと。
 いやはや、なんとも趣味の悪いゲスな思考。
 まあ、そんな相手だからこそ、こっちもなんら気兼ねする必要がないんだけどね。

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