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47 覚醒する災い。

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 これまでに幾度となく人間と魔族が激突したという平原の戦場跡。
 その場所を見下ろせる高台から眺めると、例の奴がワンサカといるいる。
 徘徊していたのは私の知るところの、ゾンビという奴にもっとも近い形態の何かであった。それがワラワラといる。神域の森でもあんなのは見たことがない。
 
 ここって色々とファンタジー要素がてんこ盛りな世界ながらも、生命に関してはかなり厳格。千切れた腕が生えるような薬もなければ、死人が生き返るような便利な魔法もない。異世界渡りの中に治癒系の能力を持つ者がいたとしても、さすがにゲームの中のキャラクターみたいに何でもかんでも治すような凄いのはいない。
 もしもそんな真似が出来たら、それこそ神さま扱いだろう。
 しかも私みたいに能力がズンズン成長するわけでもないということを、最近になって知った。通常ではあくまで素養みたいな形で付与されているようだ。能力はきちんと訓練と経験を積んで研鑽することで、ようやくモノになる。
 やはり私の能力はどこかおかしいのであろう。

 そんなおかしい能力を持つヘンテコな女に奇妙だと言われる者たちを目にして、シルバーが珍しく眉間に皺を寄せて、グルルと唸っている。
 伝説の神獣フェンリルにこんな顔をさせる相手だなんて、とてつもなく嫌な予感しかしないのだが……。

「あの紅い目に腐乱した体、魂なき器、間違いない……、アレは奴の手下じゃ」

 シルバーの口から告げられた古の名前を聞いて、私は天を見上げた。
 あっちゃー、やっぱり来たよ、紅い玉の伝説。
 魔族が魔族になった原因の玉に封じられていた、異界の紅い災とかいうの。
 古戦場跡にその眷属が出現している時点で、負のエネルギーを受けて云々とかいう適当設定も当たっちゃってるんだ。きっとそうに違いあるまい。
 勇者がいて魔王がいて魔族がいて、人間と争っていて、モンスターと魔法と剣があって、ラスボスまできちんと揃っている。
 こんだけお約束の世界だってのに、なんで私のだけチクワなんだよ!
 改めて怒りが込み上げてきたわ! あの管理者とかいうオッサンは見かけたら絶対に殴っちゃる。しっかりと握り込んだ拳にて、腰の入った右ストレートを叩き込んでやらねば、どうにも気がすまねえ。

 平原に蠢いた奴らをシルバーとレッドが、フェンリルと不死鳥の蒼と紅の炎の極悪コンビネーションにて一掃してから帰路につく。
 平原がすっかり焼け野原になって、ただの荒地になったのは不可抗力だ。すべてが片付いて落ち着いてから肥料チクワでも撒いておけば、きっと世間様も許してくれるさ。
 魂なき器と呼ばれるゾンビどもは、それは盛大に燃えた。
 どうやら火属性に弱いらしい。でもそれとてあまり朗報ともいえまい。あれだけの数を、まとめて滅却できるのなんてウチの子たちぐらいであろうから。

「これで終わり、なんてことないよね」
「うむ。恐らくは各地でも似たような事態が発生しておるハズじゃ。そしてこれはあくまで前段階に過ぎん。じきにアヤツが目覚めるであろう」
「おぅ、マジですか……。それで勝ち目はいかほど?」
「どうであろうか。前回は勇者が千人以上もいたし、なにより種族が二つになんぞ別れていなかったので注力が出来た。だが今世では勇者らは各国に散らばったのを合わせても、せいぜい数十、候補を含めても二百には届くまい。加えて兵力も指揮系統もバラバラじゃ」

 思っていたよりも、ずっと状況が悪い。
 これはいよいよ神域の御戸に篭る時がきたのかもしれない。あそこに引き篭って天辺を塞いだら、なんとなく大抵のことは乗り越えられるシェルターになる気がする。
 でも、それだと……。

「ワンゲルオールって言ったっけか、アレは最終的に世界をどうしたいのかな?」

 私の質問にシルバーはただ一言「死滅」とだけ答えた。
 ほうほう、死滅とは……、これはまた穏やかではありませんな。
 つまりすべての命を根絶やしにすると?
 人間や魔族はともかくとして、ハーピィのリリイちゃんやお母さん、子供が可愛い盛りのドラゴンの若夫婦、森のみんなやウチのシルバーやレッドやシロを殺す?
 ふふふふふ、とんだブラックジョークだな。
 センスの欠片もありゃしない。
 せめて世界征服だとか勇者に復讐だとか神を引きずり下ろす、とかぐらいだったら見逃しても良かったんだけど、こっちの友人知人縁者や家族にまでちょっかいを出すってんなら話は別だ。
 
 いいだろう、戦争だ!
 存分にチクワを喰らわせてやるわ!!


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