異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝

文字の大きさ
上 下
48 / 54

47 覚醒する災い。

しおりを挟む
 
 これまでに幾度となく人間と魔族が激突したという平原の戦場跡。
 その場所を見下ろせる高台から眺めると、例の奴がワンサカといるいる。
 徘徊していたのは私の知るところの、ゾンビという奴にもっとも近い形態の何かであった。それがワラワラといる。神域の森でもあんなのは見たことがない。
 
 ここって色々とファンタジー要素がてんこ盛りな世界ながらも、生命に関してはかなり厳格。千切れた腕が生えるような薬もなければ、死人が生き返るような便利な魔法もない。異世界渡りの中に治癒系の能力を持つ者がいたとしても、さすがにゲームの中のキャラクターみたいに何でもかんでも治すような凄いのはいない。
 もしもそんな真似が出来たら、それこそ神さま扱いだろう。
 しかも私みたいに能力がズンズン成長するわけでもないということを、最近になって知った。通常ではあくまで素養みたいな形で付与されているようだ。能力はきちんと訓練と経験を積んで研鑽することで、ようやくモノになる。
 やはり私の能力はどこかおかしいのであろう。

 そんなおかしい能力を持つヘンテコな女に奇妙だと言われる者たちを目にして、シルバーが珍しく眉間に皺を寄せて、グルルと唸っている。
 伝説の神獣フェンリルにこんな顔をさせる相手だなんて、とてつもなく嫌な予感しかしないのだが……。

「あの紅い目に腐乱した体、魂なき器、間違いない……、アレは奴の手下じゃ」

 シルバーの口から告げられた古の名前を聞いて、私は天を見上げた。
 あっちゃー、やっぱり来たよ、紅い玉の伝説。
 魔族が魔族になった原因の玉に封じられていた、異界の紅い災とかいうの。
 古戦場跡にその眷属が出現している時点で、負のエネルギーを受けて云々とかいう適当設定も当たっちゃってるんだ。きっとそうに違いあるまい。
 勇者がいて魔王がいて魔族がいて、人間と争っていて、モンスターと魔法と剣があって、ラスボスまできちんと揃っている。
 こんだけお約束の世界だってのに、なんで私のだけチクワなんだよ!
 改めて怒りが込み上げてきたわ! あの管理者とかいうオッサンは見かけたら絶対に殴っちゃる。しっかりと握り込んだ拳にて、腰の入った右ストレートを叩き込んでやらねば、どうにも気がすまねえ。

 平原に蠢いた奴らをシルバーとレッドが、フェンリルと不死鳥の蒼と紅の炎の極悪コンビネーションにて一掃してから帰路につく。
 平原がすっかり焼け野原になって、ただの荒地になったのは不可抗力だ。すべてが片付いて落ち着いてから肥料チクワでも撒いておけば、きっと世間様も許してくれるさ。
 魂なき器と呼ばれるゾンビどもは、それは盛大に燃えた。
 どうやら火属性に弱いらしい。でもそれとてあまり朗報ともいえまい。あれだけの数を、まとめて滅却できるのなんてウチの子たちぐらいであろうから。

「これで終わり、なんてことないよね」
「うむ。恐らくは各地でも似たような事態が発生しておるハズじゃ。そしてこれはあくまで前段階に過ぎん。じきにアヤツが目覚めるであろう」
「おぅ、マジですか……。それで勝ち目はいかほど?」
「どうであろうか。前回は勇者が千人以上もいたし、なにより種族が二つになんぞ別れていなかったので注力が出来た。だが今世では勇者らは各国に散らばったのを合わせても、せいぜい数十、候補を含めても二百には届くまい。加えて兵力も指揮系統もバラバラじゃ」

 思っていたよりも、ずっと状況が悪い。
 これはいよいよ神域の御戸に篭る時がきたのかもしれない。あそこに引き篭って天辺を塞いだら、なんとなく大抵のことは乗り越えられるシェルターになる気がする。
 でも、それだと……。

「ワンゲルオールって言ったっけか、アレは最終的に世界をどうしたいのかな?」

 私の質問にシルバーはただ一言「死滅」とだけ答えた。
 ほうほう、死滅とは……、これはまた穏やかではありませんな。
 つまりすべての命を根絶やしにすると?
 人間や魔族はともかくとして、ハーピィのリリイちゃんやお母さん、子供が可愛い盛りのドラゴンの若夫婦、森のみんなやウチのシルバーやレッドやシロを殺す?
 ふふふふふ、とんだブラックジョークだな。
 センスの欠片もありゃしない。
 せめて世界征服だとか勇者に復讐だとか神を引きずり下ろす、とかぐらいだったら見逃しても良かったんだけど、こっちの友人知人縁者や家族にまでちょっかいを出すってんなら話は別だ。
 
 いいだろう、戦争だ!
 存分にチクワを喰らわせてやるわ!!


しおりを挟む
感想 201

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜

長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。 コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。 ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。 実際の所、そこは異世界だった。 勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。 奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。 特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。 実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。 主人公 高校2年     高遠 奏    呼び名 カナデっち。奏。 クラスメイトのギャル   水木 紗耶香  呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。  主人公の幼馴染      片桐 浩太   呼び名 コウタ コータ君 (なろうでも別名義で公開) タイトル微妙に変更しました。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

処理中です...