異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝

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38 勃発! チクワ戦線。

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 冒険者ギルドからギルドマスターが直々に私のところにまで出向いてきた。そして王国が私を討伐するために軍を動かしたという、嬉しくない情報をもたらしてくれた。
 あまりのことに私も開いた口が塞がらない。
 何をどうしたらそんな展開になるんだ? こっちとしては人死にが出ないように、わりと気をつかって対応していたつもりだったのに。

「どうしてっ!?」
「あの愚王はおそらく貴女さまのチカラを恐れたのでしょう。勇者らを退け、数多の狂暴なモンスターを従え、神域の森をも統べる聖なる女王のチカラを」

 あんまりな仕打ちに思わず疑問の声を叫んだ私に、ギルドマスターが恍惚とした表情にて、とんでもない言葉を口走る。

「えっ! もしかして世間では私ってそんな風に見られているの?」
「中央より見捨てられ搾取されるばかりであった辺境の民に、大いなる恵みと希望をもたらし無償の愛を振りまき、豊穣へと導いた貴女さまを唯一無二の聖女と崇めております。ちなみに今度うちの街にはハナコさまを讃える神殿が建設されることが決まっております。完成披露式典には是非ともご出席をしていただきたく……」

 他にもなんか色々としゃべっていたようだが、諸々の衝撃が凄すぎて私の耳にはまるで入って来なかった。
 神輿を担ぐどころの話じゃねえ! 聖女さまどころか神さま扱いじゃないか! どうしてこんなことに……、っとそれよりも目下の問題は軍勢だよな。これをどうにかしないと。
 さすがにここが主戦場になるのは避けたい。せっかくいい感じで仕上がってきたのに、再びボロボロの廃村に逆戻りするのは嫌だ。
 かといってわざわざ出向きたくもない。なんだか話だけ聞いていると王様って短気みたいだし、きっとろくに話も聞いてもらえずに縛り上げられて、問答無用で首ちょんぱされるような気がする。

 そこで私はうちにてチクワソファーに寝転がりながら、連中を撃退することに決めた。



 現在の人類の最前線となっている辺境の街へとあと一日の距離にまで迫った荒地にて、二つの軍勢が対峙していた。
 片方は王国より派遣されてきた軍勢、その数五千。
 もう片方はなにやら得たいの知れない姿をした異形の軍勢、その数五百ほど。
 兵力差はおよそ十倍。王国側は数を頼みに、たとえ珍妙な相手とはいえ恐れるに足らずと敵を侮った。そしてこれから始まる偽聖女狩りの前哨戦として、連中を盛大に血祭りに揚げようと、無策にも突っ込んでいく。
 しかしそんな軍勢の中にあってごく少数の者らは、進軍方向とは逆に向かって一目散に逃げ出していた。かつて神域の森へと赴いた勇者たちと、彼らからその際の話を聞いていた異世界人たちの集団である。
 平原の向こうに並び立つチクワ戦士たちの姿を見た瞬間に、彼らは慌てふためいて戦線を離脱し始める。そもそも彼らは今回の行軍に参加したくなんてなかった。だが先の任務の失敗もあり、また戦意高揚の旗頭としての役割もあったので無理矢理に軍勢へと組み込まれたに過ぎない。
 
 逃げる彼らに怪訝な顔を向けるも構わず突撃をかける兵士たち。
 魔法隊が一斉に先制攻撃を放つ。弓矢が雨のように敵陣へと降り注ぐ。その後に槍や剣を手にした兵士らが勢いのままに殺到した。この時までは彼らも一方的な殺戮劇に終始すると本気で信じていた。だがそれがすぐに自分たちの勘違いであったことを、痛感させられることとなる。
 
 蹴散らすという表現があるが、それを文字通りに体現していくチクワ戦士たち。
 無造作に腕を振るうだけで屈強なはずの兵士らが薙ぎ倒され、吹き飛ばされていく。捨て身の攻撃すらもが華麗なフットワークにてひらりと躱され、かすりもしない。
 殴る、殴る、とにかくポコポコと殴り、たまに蹴る。
 そんな子供の喧嘩のような稚拙な仕草に翻弄される軍勢。
 数の優位性なんて端からなかった。そもそもの話、よくよく考えてみればわかりそうなものなのである。なにせ相手は王国最強の勇者六人をけちょんけちょんにした相手、それが数百も揃っている時点で、王国軍に勝ち目なんて微塵もなかったのだから。

 序盤から戦の雲行きがなにやら怪しいと遅まきながら気づいた大将は、情勢が不利と見るやすぐに撤退の合図を出した。おかげでなんとか総崩れを免れた軍勢。
 そして逃げ出した勇者らを問い詰めて発覚する、あの敵の正体と脅威具合。
 何も聞かされていなかった大将はここにきて頭を抱えた。

「オレにいったいどうしろというんだ……」

 主だった連中が額を突き合わせたところで良案が浮かぶわけもなく、本営にて首脳陣が苦悩する間、軍勢は足止めを余儀なくされた。
 こうして戦はしばしの膠着状態へと陥る。
 そんな状態が三日も続いた。

「魔族なんぞよりよっぽど強いじゃないか……、もう何もかも放りだしてウチに帰りたい」

 戦場をぼんやりと眺めながら、黄昏れていた王国軍の大将。
 不意に空の上から「ケーン」という鳥の鳴き声が聞こえてきて、ビクリとなる。
 そんな彼の目の前にポスンと何かが降ってきた。
 恐る恐る、それを拾ってみると一本のチクワ、その穴の部分に書状が丸めて詰められてあった。中身を抜き出しチクワをかじりながら、その内容に目を通していた大将は喜色満面にて即座に撤退、帰還する旨を全軍に告げた。

『すぐに引き返せ。そして二度と私に関わるな、これ以上ちょっかいをかけてきたら王都にサイカの群れをけしかけるぞ。森に住む善良な乙女より』

 書状にはこう書かれてあった。
 ありとあらゆるものを食い尽くすという災厄の使徒サイカ。
 その群れの恐ろしさは神話となり語り継がれるほど。
 三歳児ですらも知っているこの世界の常識中の常識。
 そんなものが差し向けられるとあらば、もう、すぐにでも仰せに従って引き下がるしかあるまい。そう、これは逃げ帰るのではない、英断だ。
 あ・く・ま、で国を想っての行動。厚い愛国心ゆえの泣く泣くの撤退なのだ。
 そんな言い訳を敵から施された大将は、敵陣へと一礼した後に、さっさと帰還の途へとついた。こうして王国と森の偽聖女? らしき存在との闘いは表向きは引き分けに終わったのである。


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