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29 人混みが恋しくない子もある。

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 金はそこそこある。この前の連中から巻き上げた分と廃村で漁ったのが、まだ残っていたから街での滞在費用には充分過ぎるだろう。もっとも用件を済ませたらとっとと帰るつもりだが。
 シルバーの背にしっかりと捉まり、罪人どもは後ろの荷車に放り込んで、これを引きずって走る。健脚を誇るフェンリルにとっては造作もないらしい。後ろはきっと乗り心地が地獄であろうが、無賃乗車につき文句は一切受け付けない。
 シルバーが駆け出すとすぐに後ろの方から男どものうめき声が聞こえてきたが、それもじきに聞こえなくなって静かになった。どうやらガタゴトと揺れる弾みにて、どこぞに頭でもぶつけて気を失ったのであろう。

 神域の森を抜けて、街道沿いに草原と荒地を超えたところに目的地はあった。
 人の足ならば十日近くはかかる距離も、神獣にとってはわずか半日足らずで済む。かなり手加減しての話だから、本気だったら一時間ぐらいで着くんじゃなかろうか。
 周囲をしっかりとした石造りの高い壁で囲まれた大きな街。
 ここに冒険者ギルドの支部があるらしい。
 縛られた男どもを乗せた荷車を引く巨大な銀の狼の出現によって、門の付近が騒然となるも私は気にせずに衛兵に用件だけを伝える。
 賊を捕まえて連行してきたと言ったら、彼らは驚きつつも適切に処理してくれた。
 街には入場料さえ払えばすんなりと入れた。どうやら出る時の方が厳しいチェックがされるようだ。
 賊どものことは彼らにひとまず預けて、私は場所を訊ねてその足で冒険者ギルドへと向かう。フェンリルは大型犬のサイズになってついて来る。レッドは最初からハトのサイズにて肩にとまっているし、シロはいつもの所定地に納まっている。
 
 異世界にての初めての街ブラ。
 だというのに、まったくもって私の心はふるわない。
 神域の御戸から出て廃村へと辿り着いた瞬間に、世界との接触を断つことを決めたせいか、もろもろが自分の中でどうでもよくなってしまっている。我ながらビックリするほどの淡泊さだ。
 いや、むしろこれが本来の私自身なのかもしれない。
 なにせ私はあの自分大好き人間たちを両親に持つ娘だ。認めたくはないが、ある意味、私たち親子は似ていたのかもしれない。私もまたきっと彼らと同類であったのだろう。それを異世界にまできてようやく悟るだなんて、とんだお間抜けさんだな、私は……。
 だがそんな両親の顔もいまいちよく思い出せなかった。
 いまの私の中に占める割合はシルバーとレッドとシロのことが大半、それ以外は本当にどうでもいい。彼らとの穏やかな暮らし以外にはとくに何もいらない。だから私はここまできた。

 冒険者ギルドの扉を開けて、中へと乗り込む。
 シルバーには外で待っていてもらう。
 モダンな内部は木造でひと昔前の小学校のような感じ。
 建物内にそこそこひしめいている冒険者らしき人々の姿があった。いろんな意味が篭った視線が飛んできたが、すべて無視して黙って受付へと向かう。
 ざっと見たところでは、綺麗どころがいる受付に人気が集中しているようだったので、空いているところに顔を出す。そこは不愛想なオバちゃんが担当している受付であった。
「すみません」と声をかけると、極めて事務的な返事がかえってきて用件を尋ねられたので、私はギルドの責任者と話がしたいと告げた。
 もちろんいきなりやってきた小娘の戯言を、すぐに上に取り次ぐ人なんていない。そこで私が用意してきたのは、とあるアイテム。
 それをチラリと見せた途端に受付のオバちゃんの顔色が変わって、すぐに奥へと通された。

 大きい会議室みたいなところにて、薫り高いお茶を振舞われて待たされること十分ほど。
 白髪の偉丈夫が数人を引き連れて現れた。彼がこの支部のギルドマスターにて人類の最前線を担っている強者。
 互いに挨拶を済ませて早速、用件に入る。
 そんな彼をして小娘の要請に応じずにはいられなかったアイテム。
 それはドラゴンの牙であった。
 私が背負ってきた袋からテーブルの上へと、無造作にドラゴンの牙をごろっと出すとその場に居合わせたみなが、ギョッとした表情を見せる。どうやらこれが貴重品という話は本当であったようだ。おかげでこうして簡単に偉い人に会うことが適ったのだから、リリイちゃんのお母さんには感謝だな。
 熱心に鑑定しては興奮を隠しきれない人たちを尻目に、私とギルドマスターは言葉を交わす。

「お嬢さんはこれを一体どこで……」
「そのことは別にどうでもいいんですよ。実は少々、困っておりまして、もしもこちらのお願いをきいてもらえるのでしたら、そちらはタダで進呈します」

 ドラゴンの牙をタダでという私の言葉に、全員が一斉に息を呑む。
 どうにもいちいち大業な反応に少々辟易してきた。いや、だから貴重品なのは知ってるが私はいらないし、そんなもの欲しければまだ廃村の倉庫にゴロゴロあるし。

「それでお困りのこととは?」とギルドマスター。
「実はですね」

 私は近頃の廃村を巡る騒動や迷惑行為について話をさせてもらった。
 するとみるみる顔色を真っ青にしていくギルドマスター。
 かと思えば一転して顔を真っ赤にして「あんのボンクラどもがぁーっ!」と大音声にて怒鳴り、怒りの拳でもって壁に大きな穴をボコンと開けた。
 すぐさま所員らに命じて、門の衛兵のところに預けてある輩どもの身柄を引き取りに行かせる。そして……。

「本当に申し訳ありませんでしたー、聖女さまー」と全力で平伏ですよ。

 ジャパニーズ土下座です。
 噂には聞いていましたが、これはもう立派な脅迫ですよね。謝罪の呈を成した脅しですよ。見えない何かが、こちらの良心をバシバシ攻撃してくる。これで更に頭を踏みつけて、ツバを吐きかけたり、高笑いとか出来るやつの神経が知れんわ。私には無理だ。だからすぐに起き上がるように懇願した。
 あとここでも聖女扱いかよ。まったくもって身に覚えがねえよ。


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