30 / 54
29 人混みが恋しくない子もある。
しおりを挟む金はそこそこある。この前の連中から巻き上げた分と廃村で漁ったのが、まだ残っていたから街での滞在費用には充分過ぎるだろう。もっとも用件を済ませたらとっとと帰るつもりだが。
シルバーの背にしっかりと捉まり、罪人どもは後ろの荷車に放り込んで、これを引きずって走る。健脚を誇るフェンリルにとっては造作もないらしい。後ろはきっと乗り心地が地獄であろうが、無賃乗車につき文句は一切受け付けない。
シルバーが駆け出すとすぐに後ろの方から男どものうめき声が聞こえてきたが、それもじきに聞こえなくなって静かになった。どうやらガタゴトと揺れる弾みにて、どこぞに頭でもぶつけて気を失ったのであろう。
神域の森を抜けて、街道沿いに草原と荒地を超えたところに目的地はあった。
人の足ならば十日近くはかかる距離も、神獣にとってはわずか半日足らずで済む。かなり手加減しての話だから、本気だったら一時間ぐらいで着くんじゃなかろうか。
周囲をしっかりとした石造りの高い壁で囲まれた大きな街。
ここに冒険者ギルドの支部があるらしい。
縛られた男どもを乗せた荷車を引く巨大な銀の狼の出現によって、門の付近が騒然となるも私は気にせずに衛兵に用件だけを伝える。
賊を捕まえて連行してきたと言ったら、彼らは驚きつつも適切に処理してくれた。
街には入場料さえ払えばすんなりと入れた。どうやら出る時の方が厳しいチェックがされるようだ。
賊どものことは彼らにひとまず預けて、私は場所を訊ねてその足で冒険者ギルドへと向かう。フェンリルは大型犬のサイズになってついて来る。レッドは最初からハトのサイズにて肩にとまっているし、シロはいつもの所定地に納まっている。
異世界にての初めての街ブラ。
だというのに、まったくもって私の心はふるわない。
神域の御戸から出て廃村へと辿り着いた瞬間に、世界との接触を断つことを決めたせいか、もろもろが自分の中でどうでもよくなってしまっている。我ながらビックリするほどの淡泊さだ。
いや、むしろこれが本来の私自身なのかもしれない。
なにせ私はあの自分大好き人間たちを両親に持つ娘だ。認めたくはないが、ある意味、私たち親子は似ていたのかもしれない。私もまたきっと彼らと同類であったのだろう。それを異世界にまできてようやく悟るだなんて、とんだお間抜けさんだな、私は……。
だがそんな両親の顔もいまいちよく思い出せなかった。
いまの私の中に占める割合はシルバーとレッドとシロのことが大半、それ以外は本当にどうでもいい。彼らとの穏やかな暮らし以外にはとくに何もいらない。だから私はここまできた。
冒険者ギルドの扉を開けて、中へと乗り込む。
シルバーには外で待っていてもらう。
モダンな内部は木造でひと昔前の小学校のような感じ。
建物内にそこそこひしめいている冒険者らしき人々の姿があった。いろんな意味が篭った視線が飛んできたが、すべて無視して黙って受付へと向かう。
ざっと見たところでは、綺麗どころがいる受付に人気が集中しているようだったので、空いているところに顔を出す。そこは不愛想なオバちゃんが担当している受付であった。
「すみません」と声をかけると、極めて事務的な返事がかえってきて用件を尋ねられたので、私はギルドの責任者と話がしたいと告げた。
もちろんいきなりやってきた小娘の戯言を、すぐに上に取り次ぐ人なんていない。そこで私が用意してきたのは、とあるアイテム。
それをチラリと見せた途端に受付のオバちゃんの顔色が変わって、すぐに奥へと通された。
大きい会議室みたいなところにて、薫り高いお茶を振舞われて待たされること十分ほど。
白髪の偉丈夫が数人を引き連れて現れた。彼がこの支部のギルドマスターにて人類の最前線を担っている強者。
互いに挨拶を済ませて早速、用件に入る。
そんな彼をして小娘の要請に応じずにはいられなかったアイテム。
それはドラゴンの牙であった。
私が背負ってきた袋からテーブルの上へと、無造作にドラゴンの牙をごろっと出すとその場に居合わせたみなが、ギョッとした表情を見せる。どうやらこれが貴重品という話は本当であったようだ。おかげでこうして簡単に偉い人に会うことが適ったのだから、リリイちゃんのお母さんには感謝だな。
熱心に鑑定しては興奮を隠しきれない人たちを尻目に、私とギルドマスターは言葉を交わす。
「お嬢さんはこれを一体どこで……」
「そのことは別にどうでもいいんですよ。実は少々、困っておりまして、もしもこちらのお願いをきいてもらえるのでしたら、そちらはタダで進呈します」
ドラゴンの牙をタダでという私の言葉に、全員が一斉に息を呑む。
どうにもいちいち大業な反応に少々辟易してきた。いや、だから貴重品なのは知ってるが私はいらないし、そんなもの欲しければまだ廃村の倉庫にゴロゴロあるし。
「それでお困りのこととは?」とギルドマスター。
「実はですね」
私は近頃の廃村を巡る騒動や迷惑行為について話をさせてもらった。
するとみるみる顔色を真っ青にしていくギルドマスター。
かと思えば一転して顔を真っ赤にして「あんのボンクラどもがぁーっ!」と大音声にて怒鳴り、怒りの拳でもって壁に大きな穴をボコンと開けた。
すぐさま所員らに命じて、門の衛兵のところに預けてある輩どもの身柄を引き取りに行かせる。そして……。
「本当に申し訳ありませんでしたー、聖女さまー」と全力で平伏ですよ。
ジャパニーズ土下座です。
噂には聞いていましたが、これはもう立派な脅迫ですよね。謝罪の呈を成した脅しですよ。見えない何かが、こちらの良心をバシバシ攻撃してくる。これで更に頭を踏みつけて、ツバを吐きかけたり、高笑いとか出来るやつの神経が知れんわ。私には無理だ。だからすぐに起き上がるように懇願した。
あとここでも聖女扱いかよ。まったくもって身に覚えがねえよ。
32
お気に入りに追加
2,870
あなたにおすすめの小説
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜
長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。
コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。
ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。
実際の所、そこは異世界だった。
勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。
奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。
特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。
実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。
主人公 高校2年 高遠 奏 呼び名 カナデっち。奏。
クラスメイトのギャル 水木 紗耶香 呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。
主人公の幼馴染 片桐 浩太 呼び名 コウタ コータ君
(なろうでも別名義で公開)
タイトル微妙に変更しました。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
きっと幸せな異世界生活
スノウ
ファンタジー
神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。
そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。
時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。
異世界レメイアの女神メティスアメルの導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?
毎日12時頃に投稿します。
─────────────────
いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。
とても励みになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる