25 / 54
24 好事も悪事も千里を走る。
しおりを挟む当人がいくら厳命したとて、字名や異名というものは勝手に人伝にて広がるもの。
一度、広まったが最後それをなかったことにするのは至難である。それこそ範囲内にいるすべての生物を根絶やしにして、殲滅するぐらいのことをしないと消し去ることなんぞかなわない。
そして「絶対に秘密にしてね! という内緒話ほど秘密にならずに広まるの法則」が発動する。
「これで村が救われる、ありがたやありがたや」
「病気のお母さんが治った! ありがとう聖女さま」
「おかげでオレの娘を売らずに済む。なんと感謝したらいいのか」
「うちの畑が蘇った。まさに神の軌跡だ!」
「これだけの事を成してくれたというのに誇ることもしないなんて、なんと奥ゆかしい方であろうか」
「神域の森の聖女さまとは一体どのようなお方であろう」
「なんでもあの凶悪なモンスターどもですらも、彼女の前では頭を垂れるというぞ」
「伝説の神獣が傅いているそうな」
「ワシは銀と赤と白の三王を配下に置くと聞いた」
「富を好まずみなと共に分かつ……、なんと慈悲深きお方じゃ」
「数多の獣やモンスターらに囲まれて穏やかに微笑む姿は、まるで一枚の絵のようであったらしい」
「さぞや女神のごとくお美しい方なのであろうな、是非ひと目だけでもお目にかかりたいものよ」
空想と妄想が現実と絡み合い、とめどもなく幻想世界を広げては、大いなる翼をはためかせて勝手気ままに飛んでいく。
自由とは時に混沌の呼び水となる。
秘匿していたハズの情報が漏れて頭を抱える冒険者ギルド。
そしていち早く動き出したのは教会の手の者。さっそく徒党を組んで聖女がいるらしいとの噂がある廃村へと向かったのだが……。
「おい! そこの娘、少し訊ねたいのだが、この辺にデイビィスという村があるハズなのだが、道はこれであっておるか?」
神域の森の外縁部にて、古びた地図を頼りに道を急ぐ一行は、その途中で大きな犬を連れている村娘を見かけたので、先頭にて隊を率いていた神官服を着た男が声をかけた。
この一帯は破棄されて久しく、手元にある情報が心もとない。そこで現地民に声をかけてみたのだが、小首を傾げられてしまった。
だがすぐに自分の訊ね方が悪かったことに思い至る。目的の場所もまた廃棄されて久しい。年寄り連中ならばともかく、若い娘では名称を出してもピンとこないと気がついた。
そこで彼は質問の仕方を変えて「この辺にある廃村」とすると、娘がようやく思い当たるといった表情を浮かべた。
「それならこの道を真っ直ぐに行って、次の分かれ道を右に進めばその奥にあるけど」
「そうか、わかった。ありがとう。それ、みな急ぐぞ」
男は娘に礼を述べると、一行を率いてさっさと行ってしまった。
それらが遠ざかってから大きな犬のフリをしていたフェンリルが口を開く。
「行かせてよかったのかの?」
「かまわないわ。どうせすぐに逃げ帰ることになるんだから」と私が答えると、クククとシルバーが笑った。
「なるほど、そういえば今は森の連中が村にたむろしている頃合いか。あれらもついてないのお。そんなところにノコノコ出向くとは」
「しかもみんなオヤツ目当てでお腹を減らしているから、ちょっと気が立っているのよね。死ななきゃいいんだけど」
「たぶん大丈夫じゃろ、無闇に食い散らかしたらハナコが嫌がるのは、みんな知っておるから。ちょっとかじる程度で済むさな。それにしても神官服の男がいたということは、たぶんこの前に小僧どもが口にしていた聖女云々が、思ったよりも大ごとになっておるのかもしれんのぉ」
「誰が聖女だってのよ。勝手な幻想を押しつけんな、迷惑だ。ちょっと物を恵んで聖人認定されるんだったら、そんなもん辞めちまえ」
不満をぶち撒ける私に、シルバーが教えてくれたところによると、勇者とか聖女なんてのは異世界渡りの人間を、教会が選定して認定することで初めて名乗れるんだそうな。
「つまり自分たちを差し置いて、勝手に名乗るなんて言語道断! というわけ?」
「そういうことじゃな。教会の既得権益と専売特許を脅かすな、という組織論ゆえの一行の派遣であろう。だがあの分では丁重にお出迎えというよりも、不心得者をひっ捕まえに来たという感じじゃったが」
シルバーの言葉に思わず「えー」と声を上げる私。
だって周囲が勝手に言ってる噂だけを鵜呑みにして、即逮捕って酷くない? もうちょっと穏便に来るんだったらこっちも穏便に応じたんだけど、そんな連中なら端からまともに相手にする必要なんてないね。
そう思って、ちょっと小道からそれて薬草を摘んでいたら、なにやら小道の方が騒がしい。
こっそりと茂みの奥から様子を伺ったら、さっきの一団がボロボロの姿になって、泡を喰って逃げていくところであった。
どうやら森の仲間たちに可愛がられたようだ。これに懲りてもう来なければいいんだけど……。
2
お気に入りに追加
2,848
あなたにおすすめの小説
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
ピンクの髪のオバサン異世界に行く
拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。
このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。
わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。
月芝
ファンタジー
「てめぇらに、最低のファンタジーをお見舞いしてやるから、覚悟しな」
異世界ノットガルドを魔王の脅威から救うためにと送り込まれた若者たち。
その数八十名。
のはずが、フタを開けてみれば三千人ってどういうこと?
女神からの恩恵であるギフトと、世界の壁を越えた際に発現するスキル。
二つの異能を武器に全員が勇者として戦うことに。
しかし実際に行ってみたら、なにやら雲行きが……。
混迷する異世界の地に、諸事情につき一番最後に降り立った天野凛音。
残り物のギフトとしょぼいスキルが合わさる時、最凶ヒロインが爆誕する!
うっかりヤバい女を迎え入れてしまったノットガルドに、明日はあるのか。
「とりあえず殺る。そして漁る。だってモノに罪はないもの」
それが天野凛音のポリシー。
ないない尽くしの渇いた大地。
わりとヘビーな戦いの荒野をザクザク突き進む。
ハチャメチャ、むちゃくちゃ、ヒロイックファンタジー。
ここに開幕。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
孤独な腐女子が異世界転生したので家族と幸せに暮らしたいです。
水都(みなと)
ファンタジー
★完結しました!
死んだら私も異世界転生できるかな。
転生してもやっぱり腐女子でいたい。
それからできれば今度は、家族に囲まれて暮らしてみたい……
天涯孤独で腐女子の桜野結理(20)は、元勇者の父親に溺愛されるアリシア(6)に異世界転生!
最期の願いが叶ったのか、転生してもやっぱり腐女子。
父の同僚サディアス×父アルバートで勝手に妄想していたら、実は本当に2人は両想いで…!?
※BL要素ありますが、全年齢対象です。
神造小娘ヨーコがゆく!
月芝
ファンタジー
ぽっくり逝った親不孝娘に、神さまは告げた。
地獄に落ちて鬼の金棒でグリグリされるのと
実験に協力してハッピーライフを送るのと
どっちにする?
そんなの、もちろん協力するに決まってる。
さっそく書面にてきっちり契約を交わしたよ。
思った以上の好条件にてホクホクしていたら、いきなり始まる怪しい手術!
さぁ、楽しい時間の始まりだ。
ぎらりと光るメス、唸るドリル、ガンガン金槌。
乙女の絶叫が手術室に木霊する。
ヒロインの魂の叫びから始まる異世界ファンタジー。
迫る巨大モンスター、蠢く怪人、暗躍する組織。
人間を辞めて神造小娘となったヒロインが、大暴れする痛快活劇、ここに開幕。
幼女無敵! 居候万歳! 変身もするよ。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる