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07 だから乙女はNOと言う。

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 フェンリルの背に揺られていたら大きな湖の畔に出た。
 
 底まで見えるほどの透き通った綺麗な水。
 穏やかな風がさざ波を揺らし、湖面がお日様を浴びてきらきらと輝く。
 それに見惚れて、ついふらふらと近寄ろうとしたら止められた。

「気をつけろ、うっかり触れると喰われるぞ」と銀狼さん。

 湖だと思ったソレはデカいスライムみたいな奴だった。
 とっても怠惰らしく自分から動くことはない。
 ただそこに湖のフリをして寝転がり、勘違いして寄ってきた間抜けな連中を捕食しては、喰っちゃ寝をしているとのこと。
 
 やっぱり異世界、怖えな!
 
 そんな湖もどきを尻目に先へと進む。
 腹が減ればチクワを食べ、喉が渇けばチクワを食べ、暇になればチクワを食べ、一行はひたすら東にあるという辺境の開拓村を目指した。

 行動を共にするようになって数日後のこと。
 野営中に「ワシにも名前をつけろ」とフェンリルが言ってきた。どうやら私がシロやレッドと仲睦まじくキャッキャッうふふとしているのを眺めているうちに、一人だけ妙な疎外感を覚えたようだ。
 とても大きな犬がキチンとお座りをして、こっちを見ている。
 もの凄く期待している目だ。
 だから「シルバー」という名前を与えたら、尻尾をぶんぶんと振った。
 途端に脳裏にピコンと謎の声が聞こえてくる。

『三匹との従魔契約が可能です。登録しますか? Y/N』

 よくわからんが……、とりあえずNOで。
 だって友達って対等なもんでしょう? それに「従魔」という字面がとにかく私は気にいらない。「契約」というのも束縛するみたいでなんか嫌だ。
 だというのにしつこく『本当に? ねぇ、本当に?』と繰り返し訊いてくる謎の声。挙句に最後には『保留にしておきます。いつでもお申しつけ下さい』ときたもんだ。
 やれやれ……、友達との付き合い方は自分で決める、指図されるいわれはない。どこの誰かは知らないが他人にとやかく言われたくないね。

 とぼとぼと三匹と一人で歩いていると、ときおり獣やらモンスターに遭遇する。
 敵意ムキだしの狂暴な奴はシルバーが前足で叩いてしばき、レッドが火で炙って、シロがなんかしたら目や耳や鼻や口からドロリと血を流して倒されていた。
 バラシて処理すれば食えるらしいのだが、あいにくとこの場にそんな素敵技能を持つ者が誰もいないので、処理は森に住む仲間たちにお任せする。
 わりと友好的そうな奴にはチクワを与えると、モグモグして機嫌よくどっかに行ってくれた。
 だがこのような接近遭遇も、森の深部から外縁部へと近づくほどに次第に減っていく。それとともに森の陰翳もぐんと薄まっていった。木漏れ日が大地にまで届き、足下にぬかるみが見当たらなくなる頃、ようやくにして森を抜けた。
 
 ここまで辿り着くのに神域の御戸から十日以上もかかった。
 シルバーの背に運ばれて、みなに守られてさえこれである。
 もしも一人きりだったならば、きっとスタート地点から三百メートルぐらい進んだところで野垂れ死んでいたな。なにせ木の幹でチューチュー蜜を吸ってる虫からして、私よりもずっと大きかったし。
 ぶっちゃけあの場の生態系でぶっちぎりで最下位にいた自覚があるね。
 さすがは人類からも魔族からもそっぽを向かれている未開の地だけのことがあるわ。
 
 そうそう。こっちの世界ってファンタジーのお約束みたいに両者が争っているんだと。
 そんなありきたりな設定なんて、もうみんなウンザリでお腹一杯だというのに。それで召喚されて異能が付いた人たちって、両陣営にて勇者だ聖女だ英雄だとか煽てられて、いいようにこき使われているんだとか。
 それを思えば私は逆に運が良かったのかもしれない。
 もちろん、こちとらそんな面倒事に関わるつもりは、これっぽっちもない。
 向こうがぞんざいに扱うんだから、せいぜいこっちも好きにさせてもらうさ。

 雑に異世界へと放り込まれ、珍妙な能力を付与された挙句に気がついたら地の底。それを抜けたと思ったら今度はヤバい森の中。
 近所のコンビニに行けば幼稚園児ですらもが、金さえ出せば物が買える環境に育った文明人には、いささか酷な状況が延々と続く。
 まさかアウトドアのお花摘みの後に、葉っぱでお尻を拭くなんて真似を経験するハメになるとは夢にも思わなかった。私は早くもウォシュレットが恋しい。
 こっちには多くの異世界人が送られているようだし、どっかの誰かがチートでもって再現してくれていないかしら。
 そんなこんなといろいろと大変だったが、苦労もこれで報われる。
 あとは人の好さそうな村人AかBでもそそのかして家に転がりこんで、最終的に乗っ取る算段をつけるだけだ。


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