8 / 54
07 だから乙女はNOと言う。
しおりを挟むフェンリルの背に揺られていたら大きな湖の畔に出た。
底まで見えるほどの透き通った綺麗な水。
穏やかな風がさざ波を揺らし、湖面がお日様を浴びてきらきらと輝く。
それに見惚れて、ついふらふらと近寄ろうとしたら止められた。
「気をつけろ、うっかり触れると喰われるぞ」と銀狼さん。
湖だと思ったソレはデカいスライムみたいな奴だった。
とっても怠惰らしく自分から動くことはない。
ただそこに湖のフリをして寝転がり、勘違いして寄ってきた間抜けな連中を捕食しては、喰っちゃ寝をしているとのこと。
やっぱり異世界、怖えな!
そんな湖もどきを尻目に先へと進む。
腹が減ればチクワを食べ、喉が渇けばチクワを食べ、暇になればチクワを食べ、一行はひたすら東にあるという辺境の開拓村を目指した。
行動を共にするようになって数日後のこと。
野営中に「ワシにも名前をつけろ」とフェンリルが言ってきた。どうやら私がシロやレッドと仲睦まじくキャッキャッうふふとしているのを眺めているうちに、一人だけ妙な疎外感を覚えたようだ。
とても大きな犬がキチンとお座りをして、こっちを見ている。
もの凄く期待している目だ。
だから「シルバー」という名前を与えたら、尻尾をぶんぶんと振った。
途端に脳裏にピコンと謎の声が聞こえてくる。
『三匹との従魔契約が可能です。登録しますか? Y/N』
よくわからんが……、とりあえずNOで。
だって友達って対等なもんでしょう? それに「従魔」という字面がとにかく私は気にいらない。「契約」というのも束縛するみたいでなんか嫌だ。
だというのにしつこく『本当に? ねぇ、本当に?』と繰り返し訊いてくる謎の声。挙句に最後には『保留にしておきます。いつでもお申しつけ下さい』ときたもんだ。
やれやれ……、友達との付き合い方は自分で決める、指図されるいわれはない。どこの誰かは知らないが他人にとやかく言われたくないね。
とぼとぼと三匹と一人で歩いていると、ときおり獣やらモンスターに遭遇する。
敵意ムキだしの狂暴な奴はシルバーが前足で叩いてしばき、レッドが火で炙って、シロがなんかしたら目や耳や鼻や口からドロリと血を流して倒されていた。
バラシて処理すれば食えるらしいのだが、あいにくとこの場にそんな素敵技能を持つ者が誰もいないので、処理は森に住む仲間たちにお任せする。
わりと友好的そうな奴にはチクワを与えると、モグモグして機嫌よくどっかに行ってくれた。
だがこのような接近遭遇も、森の深部から外縁部へと近づくほどに次第に減っていく。それとともに森の陰翳もぐんと薄まっていった。木漏れ日が大地にまで届き、足下にぬかるみが見当たらなくなる頃、ようやくにして森を抜けた。
ここまで辿り着くのに神域の御戸から十日以上もかかった。
シルバーの背に運ばれて、みなに守られてさえこれである。
もしも一人きりだったならば、きっとスタート地点から三百メートルぐらい進んだところで野垂れ死んでいたな。なにせ木の幹でチューチュー蜜を吸ってる虫からして、私よりもずっと大きかったし。
ぶっちゃけあの場の生態系でぶっちぎりで最下位にいた自覚があるね。
さすがは人類からも魔族からもそっぽを向かれている未開の地だけのことがあるわ。
そうそう。こっちの世界ってファンタジーのお約束みたいに両者が争っているんだと。
そんなありきたりな設定なんて、もうみんなウンザリでお腹一杯だというのに。それで召喚されて異能が付いた人たちって、両陣営にて勇者だ聖女だ英雄だとか煽てられて、いいようにこき使われているんだとか。
それを思えば私は逆に運が良かったのかもしれない。
もちろん、こちとらそんな面倒事に関わるつもりは、これっぽっちもない。
向こうがぞんざいに扱うんだから、せいぜいこっちも好きにさせてもらうさ。
雑に異世界へと放り込まれ、珍妙な能力を付与された挙句に気がついたら地の底。それを抜けたと思ったら今度はヤバい森の中。
近所のコンビニに行けば幼稚園児ですらもが、金さえ出せば物が買える環境に育った文明人には、いささか酷な状況が延々と続く。
まさかアウトドアのお花摘みの後に、葉っぱでお尻を拭くなんて真似を経験するハメになるとは夢にも思わなかった。私は早くもウォシュレットが恋しい。
こっちには多くの異世界人が送られているようだし、どっかの誰かがチートでもって再現してくれていないかしら。
そんなこんなといろいろと大変だったが、苦労もこれで報われる。
あとは人の好さそうな村人AかBでもそそのかして家に転がりこんで、最終的に乗っ取る算段をつけるだけだ。
8
お気に入りに追加
2,848
あなたにおすすめの小説
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
ピンクの髪のオバサン異世界に行く
拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。
このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。
わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。
月芝
ファンタジー
「てめぇらに、最低のファンタジーをお見舞いしてやるから、覚悟しな」
異世界ノットガルドを魔王の脅威から救うためにと送り込まれた若者たち。
その数八十名。
のはずが、フタを開けてみれば三千人ってどういうこと?
女神からの恩恵であるギフトと、世界の壁を越えた際に発現するスキル。
二つの異能を武器に全員が勇者として戦うことに。
しかし実際に行ってみたら、なにやら雲行きが……。
混迷する異世界の地に、諸事情につき一番最後に降り立った天野凛音。
残り物のギフトとしょぼいスキルが合わさる時、最凶ヒロインが爆誕する!
うっかりヤバい女を迎え入れてしまったノットガルドに、明日はあるのか。
「とりあえず殺る。そして漁る。だってモノに罪はないもの」
それが天野凛音のポリシー。
ないない尽くしの渇いた大地。
わりとヘビーな戦いの荒野をザクザク突き進む。
ハチャメチャ、むちゃくちゃ、ヒロイックファンタジー。
ここに開幕。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
孤独な腐女子が異世界転生したので家族と幸せに暮らしたいです。
水都(みなと)
ファンタジー
★完結しました!
死んだら私も異世界転生できるかな。
転生してもやっぱり腐女子でいたい。
それからできれば今度は、家族に囲まれて暮らしてみたい……
天涯孤独で腐女子の桜野結理(20)は、元勇者の父親に溺愛されるアリシア(6)に異世界転生!
最期の願いが叶ったのか、転生してもやっぱり腐女子。
父の同僚サディアス×父アルバートで勝手に妄想していたら、実は本当に2人は両想いで…!?
※BL要素ありますが、全年齢対象です。
神造小娘ヨーコがゆく!
月芝
ファンタジー
ぽっくり逝った親不孝娘に、神さまは告げた。
地獄に落ちて鬼の金棒でグリグリされるのと
実験に協力してハッピーライフを送るのと
どっちにする?
そんなの、もちろん協力するに決まってる。
さっそく書面にてきっちり契約を交わしたよ。
思った以上の好条件にてホクホクしていたら、いきなり始まる怪しい手術!
さぁ、楽しい時間の始まりだ。
ぎらりと光るメス、唸るドリル、ガンガン金槌。
乙女の絶叫が手術室に木霊する。
ヒロインの魂の叫びから始まる異世界ファンタジー。
迫る巨大モンスター、蠢く怪人、暗躍する組織。
人間を辞めて神造小娘となったヒロインが、大暴れする痛快活劇、ここに開幕。
幼女無敵! 居候万歳! 変身もするよ。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる