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05 神域の御戸。
しおりを挟む銀狼と赤い鳥に白い小動物か……、これでシロが猿だったら桃太郎だな。
そんなことをポツリと呟くとフェンリルが興味を持ったので、定番の昔話を聞かせてやったら酷い話だなと呆れられた。
敵の巣窟に一人で行けという親も大概だが、そこに獣連れで乗り込む息子も大概だと。
改めて言われてみればそんな気もする。
それと道すがらに動物に声をかけるぐらいならば、近所の友達でも誘えばいいのにとも思った。もしかして桃から生まれたから、みんなに気味悪がられて彼は幼少期よりずっと一人ぼっちだったのかもしれない。
村はずれに住む寂しい老夫婦に、動物にしか心を開けない寂しい息子、凶行の末に掴んだ大金と血にまみれた手で、果たして彼らは幸せになれるのだろうか、心から笑える日が来るのであろうか……。
そんなやくたいもないことを考えつつ、みんなでチクワをかじる。
しかし美味いな。
まるで飽きないし、なんだか食べるたびに新しい発見がある。能力を使って手から出すたびに微妙に味が変わっているのかも。でも自分の汗とか風味のせいとかだったら、ちょっと嫌だな。
そしてどうやらシロとレッドもフェンリル同様に、あの天辺の穴からチクワの匂いに惹かれてやってきたというのが事の真相のようだ。
つまりここから外へと通じる道はあそこしかないということに。
これに困っていると「ならばチクワの礼にワシが上まで運んでやろう」と銀狼が言ってくれた。
こうして彼の背に跨って颯爽と、ではなくて子猫のように襟首をくわえられてシュタタと深い穴倉の底から垂直壁走りにて外へと持ち運びされる。
ありがたいけれども、なんか想像していたのとちょっと違う。
幾日かぶりの外の空気に触れた途端に気分が悪くなった。
あれ? おかしいな、普通は爽やかな風に触れて生き返ったー、お日様を浴びて私は生きてる! とかなる場面のはずなのに……。
周囲を見渡すと鬱蒼とした森の中だった。
ジャングルどころかジャックと豆の木に登場するアレみたいなのが、ところせましと生えている。穴の底から出てきたというのに、相変わらず空が遠い。
緑の陰翳が濃く、そのせいか地面もぬかるんでいるし、湿気で汗ばむ。植物が発する独特の青臭さでむせ返りそうになる。遠くから鳥やら獣らしきものの声に混じって謎の奇声が聞こえてくる。大型肉食獣どころか怪獣とかいたら困るな。
森に生息している木々は私の知るものとはかなり様子が違う。
どれもこれも逞しいというか、幹がうねっているというか、とにかく雄々しくてデカい。枝ぶりも立派で葉も大きくて肉厚、木の葉一枚がサボテンぐらいの厚みと言ったらわかりやすいか。存在感がありまくりというか、年がら年中タンクトップ姿でうろつくボディビルダーばりに自己主張が激しい。神社とかにある御神木みたいに、年季の入った奴が放つ気みたいなものがバンバンと伝わってくる。
幹とかの蜜に集っている虫も私より大きい。
なにもかもスケールが大きいせいか、まるでこちらが小人にでもなったかのような錯覚を起こす。
神域の御戸とかいう穴倉からようやく外へと出られたと思ったら、今度はじめじめとした危険渦巻く陰気な森の中。
どうやら異世界はとことん私に喧嘩を売りたいらしいな。
だがいくらこの場で愚痴ろうとも誰も助けてなんてくれない。
だから足を前に動かすことに決めた。
シロは上着の胸ポケットに納まり、レッドはしゅるしゅると大きさをキジぐらいからハトぐらいに変えて私の右肩にとまる。
とりあえずここから東に真っ直ぐ進むと、人の住む辺境の村に辿り着けると教えてもらえたので、銀狼に礼を述べてトボトボと歩きだした。
すると後ろからシタシタと足音がついてくる。
私が立ち止まると後ろの足音も止まる。
そして再び動き出すと後ろの足音も動きだした。
振り返ると銀狼の姿があった。
じーとその長い鼻づらを見つめていたら、いささかバツが悪くなったのか顔をプイっと逸らされた。そして照れくさそうに、ぼそぼそとこんなことを言い出す。
「その、なんだな。ハナコだけだと危ないから。ワシが送ってやろう。それで礼ならチクワでいいぞ」
どうやらフェンリルはチクワが大層お気に召したご様子。
こっちにとっても悪い話じゃないので契約成立。
こうして私はチクワで銀狼のお供を得た。
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