異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝

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04 プラスわんの世界。

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 シロとレッドとチクワをかじっていると、不意に空から銀色のなにかが降ってきた。

 ライオンよりも二回りぐらい大きな犬?
 いや、これは狼といったほうがいいのかな。目つきが鋭いし、大きな口の中に立派な牙が生えているし、四肢もがっちりしているし、どこか野趣が溢れている。
 やっべー、こりゃ死んだなー、とか思いつつチクワをかじっていたら声が聞こえてきた。

「娘、オヌシは先ほどから何を食べておる。香しいにおいが神域の御戸の方から漂ってくると思って来てみれば、原因はソレか」

 どうやら目の前の銀狼が喋っているようだ。
 てっきり極限状態下における疲労による幻聴かと思ったのだが、目の前の奴に違うときっぱり否定されてしまった。
 ちっ! これで誠に遺憾ながら異世界転移説が確定したな。だが言葉を介するというのはありがたいと、気を取り直して話しかけてみることにした。

「こんにちわ、私は山田花子。とりあえず、おひとついかが」

 そう言って差し出したチクワをぱくりと大きな口で食べた銀狼。
 途端に彼の金の両目がかっと見開いて「なんじゃこりゃー!」と絶叫した。
 なんとなくそんなことになりそうな雰囲気だったので、いち早く両耳を塞いでいたので私の鼓膜は無事。シロもポケットの奥に潜り込んでいたので無事、レッドはいつの間にか翼をはためかせて銀狼の背後に逃れており、大音量の騒音の直撃から逃れていた。
 なんだか気に入ったみたいで、やたらと尻尾をバサバサ振って埃が舞って鬱陶しい。だから大量に出して、しばらく食べることに専念させて黙らせる。

 百本ほど食べたところで銀狼が「そういえば、こんなところでハナコは何をしておる」と今更ながらに訊ねてきたので、かくかくしかじかと簡単に事情を説明したら、「はて?」と小首を傾げられた。
 彼はこちらの異世界転移云々の与太話に疑問を持ったのではなくて、召喚された者がこんなところに一人でいることを不思議がっていたのである。
 そうして告げられる驚愕の真実の数々を知り、私は自分という存在のちっぽけさを痛感することとなった。

 どうやら一部の者ら以外にはまったく知らされることもなく、異世界間にてしばしば集団転移が行われているようだ。
 目的は魂の総量だとか世界のバランスとかの調整をとるため。神だか管理者だかが取り仕切っているんだとよ。
 それで銀狼の話によれば事前に相手側には連絡がいっているらしく、受け入れ態勢を整えることになっているんだとか。転移される人たちにしたって村単位やクラス単位みたいに、ある程度の知り合いらが選ばれて、まとめて飛ばされるようになっている。
 これは見知らぬ土地で精神を病んでウツウツしたり、孤独死しないための配慮らしいのだが、そのわりには私は地の底で一人ボッチなのは何故……。

「本来ならば教会の大神殿や王城にある召喚の間とかに呼び出されるはずなんじゃがなあ。神域の森の御戸なんぞに放置されたことなんぞ、ついぞ聞いた事もない」と銀狼さん。
 ちなみに彼はフェンリルとかいう生き物で、神獣と呼ばれるほどに賢くて物知りで強いんだとか。

 そんな彼に召喚にまつわる諸々も教えてもらえたのだが、それによって私のこのヘンテコな能力についてもようやく合点がいく。
 ヘンな能力が付与されるのは世界ごとの魂の資質の問題なんだそう。
 私の元いた世界には魔法なんて存在しない。これを仮にAとする。
 だがこちらの世界には魔法がある。こちらをA+1とする。
 Aの世界からA+1の世界へとそのまま移動したのでは足りないので、不足分の+1が異能というワケだ。だから送られる先の世界の状況によっては付与ではなくて、逆に奪われるケースもあるどころかマイナススタートすらもありえるらしい。
 そしてこの+1というのがまた曲者で、極論を云えば私のチクワを出す能力も、伝説の剣豪ばりのスキルや、大魔法使いの魔法の素質、死者をも蘇らせるほどの治癒の力も、すべて同じ+1として計上されちゃうのだ。
 
 大雑把というか大らかというか、どうやら世界を司るような御方の目からすると、しょせん1は1でしかないらしい。転移させられた者の命運を左右する能力すらも、彼らにとっては誤差の範囲に過ぎないのだ。
 それでも大抵は有益な能力を得るというのに、私のはチクワだ。
 こっちに送られる直前に会ったオッサンの問いかけ……、たぶん普通はもう少し丁寧なやりとりをして、当人の希望に沿った内容のスキルを貰えるんじゃなかろうか? さすがに毎回、あんな適当をしていては有益な能力がゴロゴロと発現するとは思えない。
 そしてチクワである。
 もはやハズレスキルどころの話ではない。
 賢いと自称しているフェンリルにも訊ねてみたが、食い物を出す能力事体が見たことも聞いた事もないという。有効利用についても相談してみたが顔をそむけられた。
 ただ一言「さすがに勇者や聖女は無理じゃろう」と彼は述べるに留まった。
 ふむふむ、神獣ですらもお手上げの珍能力のようだな。
 だから当面は食べることに専念するとしよう。


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