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03 穴暮らしの漂流者。
しおりを挟む白くて小っこいのが「ちーちー」と鳴いてる。
円らな赤い目をした、毛が白くハツカネズミとオコジョを足して二で割ったような小動物。鼻先をひくひくさせている仕草が妙に愛らしい。はっきり言って可愛い生き物だ。
だがここは地の底、そして私は異世界にて遭難中の漂流者、この世はしょせん弱肉強食、生きるためには肉を喰らい血を啜らねばならぬ。
なぜなら人はチクワのみでは生きられないからだ。
おいでおいでと手招きすると、ちょこちょこと寄ってきた。
そのままにこっちの手の平へと無防備な姿をさらす小動物。やたらと人懐っこい。
それを私は両手で逃がさぬよう包み込むかのように握る。
「すまんな。往生してくれよ。そして私の血肉となって供に生きよう」
ひと思いに首をポキリとくびろうとする。
だがどうしても出来なかった。
手の中にある命の温もりが私の決意をあっさりと足蹴にしてしまう。どこぞに向かって転がり落ちる付け焼刃の覚悟……そもそも、そんなに割り切れる性分ならば、とっくにあの駄目親父を家から追い出しているわな。
ハハハと、自虐気味の乾いた笑いを零し、私は小動物をそっと床に解放する。そしてお詫び代わりにチクワを与えると、白い毛玉はもりもり食べた。
「ちーちー」と鳴く毛玉は、よほどチクワが気に入ったのか、そのまま私の側に居着く。上着の胸ポケットの中へと勝手に潜り込んでは、ひょっこりと顔を出す。指先で頭を撫でると嬉しそうに「ちー」と鳴く。
まあ、可愛いからいいかと思ったのだが、そこでふと疑問が浮かぶ。
そもそもこの子はどこから現れた? だから再度、念入りに穴倉の底を調べるもやはり何も見つからないし、不審な点も見当たらない。
小首を傾げつつ白い毛玉と仲良くチクワをかじり、私の異世界二日目も終了する。
で、翌朝になって目覚めるとなんか新しいのがいた。
今度のは「ケンケン」と鳴く赤い鳥だ。
形状はキジっぽいような気もする。そいつがじっとこちらを見ていた。
私が小首を傾げると一緒になって細い首を傾げる。その仕草に思わずクスリとなってしまい、ついチクワを与えてみたら、なんか懐かれた。
「ケンケン」鳴いては頭をすりすりしてくる。首の後ろあたりを掻いてやると気持ちよさそうに目を細める。体を覆う天然羽毛の手触りは素晴らしく、抱いてみるとあまりの心地良さに軽く意識が飛びそうになった。
こうして私は極上の抱き枕を得る。
どこから出現したのかということは、とりあえず脇に置いておくとして、どうにも奇妙なことは他にもある。
不思議と喉がいっこうに乾かないのだ。すでにここに閉じ込められてから一昼夜以上もたっているというのに。しかもわりと塩分を含んでいるはずのチクワを、もりもり食べているのにもかかわらずである。
これはいささか異常であろう。もしやこのチクワに何か秘密があるのやもしれん。
穴倉生活も早や三日目に突入。
年頃の女子としては、そろそろ自分の汗の匂いが若干ながら気になるところ。
「ちーちー」と鳴く小動物は白いから「シロ」と名付けた。
「ケンケン」と鳴く鳥は赤いから「レッド」と命名する。
我ながら安直だとは思うが、このネーミングセンスのなさは親ゆずりなのでしょうがあるまい。生物たるもの遺伝子の壁はそうそう越えられない。それを如実に現すエピソードがある。
私の名前は山田花子という。
べつにこの名前が悪いとは言わない。年配者辺りを探せばそこそこいそうだしな。
問題は名付けの際の経緯にある。
両親が私の出生届を提出する際に、受付に置いてあった見本から丸写しした名前だ。
我が子にたいして関心のなかった二人は躊躇うことなく、これを記入する。
ついでだから両親にも言及しておくが、うちは万事がこんな調子であった。父も母も自分が大好き、自分が第一という本音全開で生きている人たちだったので、どうしてもその他のことの優先順位が低くなる。それはたとえ血肉を分けた我が子とて変わらない。
残念なことに子供に親は選べないのだ。
さりとて彼らが悪人かというと、これがそうでもない。たまにニュースを賑わす鬼畜外道なクソ親どものように、子供に暴力をふるうこともなかったし、暴言を吐くこともない。最低限の支援はするものの、無関心だっただけだ。
おかげさまでほとんど放置状態でスクスク育ったわけだが、私としてはむしろそんな二人が出逢って結婚して子をなしたという事実の方が、よっぽど信じがたい。
はっきり言って奇跡の無駄遣いだ。世の中にはもっと切実に奇跡を必要としている人たちが溢れているというのに……。
「だから私は無駄の塊みたいな存在なんだよ」
シロとレッドにチクワを与えつつ、一人語りをする私。
どうやら長時間に及ぶ薄暗い穴倉生活は、自分でも思っている以上に精神に負荷をかけている模様。動物に向かって繰り言をブツブツと呟いている時点でかなりヤバイ気がする。でも出来ることは何もない。だから私もみなと一緒になってチクワをかじるのだ。
食って寝て、ときどき愚痴りつつシロとレッドと戯れては、また眠るを繰り返す。
壁がぼんやりと光っているせいか、昼夜を問わずずっと薄暗いままの穴の底だと時間の経過も感覚も曖昧だ。
そのうち上を見上げるのも億劫になってヤメてしまった。
もう何日経ったかわからない。
体の調子はすこぶるいい。
だが精神の方がどんどんと摩耗して、おかしくなりつつあるのを実感していた。
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