異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝

文字の大きさ
上 下
1 / 54

00 世界の片隅で愚痴る少女。

しおりを挟む
 
 ねえ、あんたには「コイツだけはどうしても一発ぶん殴らないと気が済まない」って思うような相手がいるかい?
 私にはいるよ。
 人生を語れるほど、たいして長くは生きちゃいないが、これまでにも何人かはいた。だけどソイツだけはちょっと別枠だな。
 だからもしも機会があったら私は絶対にやるよ。
 魂のこもった渾身の右ストレートを、アイツの顔面にお見舞いしてやるって決めてるんだ。



 蒼い光の奔流がうねる。
 光に触れたモノ全てが瞬次に炭化消滅し、その余波を受けて風が起こり流麗な銀の毛がたなびく。
 巨大な狼のごとき獣が天に向かって吼える。
 すると今度は空から紅い影が舞い降り、地表を舐めるかのように滑空した。
 ただそれだけで辺り一面に焦げた臭いが充満し、熱により大地は黒く色を変えた。
 
 この光景を少し離れたところから眺めていた一人の少女。
 彼女の上着の胸元にあるポケットから、ひょっこりと白い小動物が顔を出し「ちー」と鳴く。
 それを受けて少女が声を発する。

「おつかれー、それぐらいでいいぞー」

 少女の声に合わせてシュタタと駆け寄ってきたのはフェンリル。
 ふわりと飛んできたのはファイアーバード。
 ともに伝説の神獣と呼ばれているモノたち。二匹はしゅるると体の大きさを変化させて、巨体が途端に大型犬とハトぐらいの鳥の姿になっていた。
 そんな連中が少女が差し出したモノを受け取り、モグモグと頬張っては機嫌よくしている。
 少女も一緒になって同じモノをかじりつつ、胸ポケットの中にいる子にも欠片を与えると、「ちー」と嬉しそうな鳴き声が聞こえてきた。

「こんなもんかな。あとは熱が冷めたら耕して、集めてきた種を撒けばいいだろう」

 家の前にある無駄に広い土地。
 どうやら以前は畑だったみたいだが、手入れをする人がいなくなって久しく、ずっと放置されていた。雑草がぼうぼうで遊ばせておくのも、もったいないから耕すことにしたのだが、非力な女の手ではまともにやっていては、何年かかるかわかったものじゃない。ましてやこちとら夏休みに朝顔すら枯らすほどの園芸素人。しかもここには便利な耕運機の類もないしどうしたもんかと悩んでいたら、うちの子らが手伝ってくれるという。
 で、ものは試しでやってみたんだが、なんとなくいい感じに仕上がった。
 この分ならばなんとかなるかもしれん。

 三匹を連れて歩き出す少女。
 見上げた空は青く、空気は澄んでおり風が肌に心地いい。
 向かう先にはログハウス風の大きな家がある。こちらも長らく空き家だったようだが、もとの造りがしっかりしているせいか痛みが少なく、少し手を入れたらなんとか格好になってきて、思いのほか快適に暮らせるようになった。

「まさかこの歳で大きな庭付き一戸建ての主になれるとは……、人生なにがあるかわかんないもんだなあ」

 しみじみといった風情にて少女がそんな言葉を零した。

 事前の説明も何もなしに、いきなり違う世界へと放り込まれた私。
 後で知ったところでは、どうやら世界間のバランス調整という名目だったようだ。正直いって言いたい文句は山ほどあるが、とりあえず思うのは「仕事が雑過ぎる」ということ。
 帰宅して玄関ドアを開けたら一分で異世界。
 それもほんの一言の問答だけで、ハイ、行ってらっしゃい、頑張ってね。
 神だか管理者だか知らないが手抜きにもほどがあるだろうに。
 
 もしもいつか会うことがあったら、絶対にぶん殴ってやらねば気がすまん。
 ワケのわからない能力とワケのわからない状況下に置かれ、早々に詰みそうなところを、なんやかやで奇跡的に助かって現状へと至る。
 地の底から這いあがり、ヤバイのがゴロゴロしている深い森を抜けて、ようやくたどり着いた辺境の村。
 なのに、そこは無人ときたもんだ。
 普通ならばここは、お人好しな村人たちに救われて、ヒロインが優しく受け入れられて、甘やかされるところだろうに!
 まさかの異世界廃村デビューに、さしもの私もがっくしと膝をついたね。こんちくしょーめ。
 
 世の中の理不尽が一挙に押し寄せてきたかのような展開の連続に無性に腹が立つ。
 異世界? 冒険? 頑張る? チートで成り上がり?
 知ったことか! そんなものはクソくらえ! と私は考えた。
 幼少期からの諸々があって、自分は小さな幸せと平穏を求める性格に育つ。その反動がここにきて一気に弾けた。
 ゆえに私は固く誓った。
 何をって?
 
 それは「村から出ない」ということだよ。
 
 何故なら面倒だから……。
 元の世界に見捨てられたのに、縁もゆかりもない異世界のために頑張るなんぞ、ごめんこうむる。
 どうやら他にもこちらの世界に放り込まれた連中がいるみたいだし、頑張るのはそっちの人たちに任させることに、もう決めた。
 そして私は勝手気ままに自由に生きるのだ。
 世界のバランスなんぞ知ったこっちゃねえ。
 ただの小娘にそんなもん期待するほうが、どうかしてるぜ。


しおりを挟む
感想 201

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

処理中です...