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00 世界の片隅で愚痴る少女。
しおりを挟むねえ、あんたには「コイツだけはどうしても一発ぶん殴らないと気が済まない」って思うような相手がいるかい?
私にはいるよ。
人生を語れるほど、たいして長くは生きちゃいないが、これまでにも何人かはいた。だけどソイツだけはちょっと別枠だな。
だからもしも機会があったら私は絶対にやるよ。
魂のこもった渾身の右ストレートを、アイツの顔面にお見舞いしてやるって決めてるんだ。
蒼い光の奔流がうねる。
光に触れたモノ全てが瞬次に炭化消滅し、その余波を受けて風が起こり流麗な銀の毛がたなびく。
巨大な狼のごとき獣が天に向かって吼える。
すると今度は空から紅い影が舞い降り、地表を舐めるかのように滑空した。
ただそれだけで辺り一面に焦げた臭いが充満し、熱により大地は黒く色を変えた。
この光景を少し離れたところから眺めていた一人の少女。
彼女の上着の胸元にあるポケットから、ひょっこりと白い小動物が顔を出し「ちー」と鳴く。
それを受けて少女が声を発する。
「おつかれー、それぐらいでいいぞー」
少女の声に合わせてシュタタと駆け寄ってきたのはフェンリル。
ふわりと飛んできたのはファイアーバード。
ともに伝説の神獣と呼ばれているモノたち。二匹はしゅるると体の大きさを変化させて、巨体が途端に大型犬とハトぐらいの鳥の姿になっていた。
そんな連中が少女が差し出したモノを受け取り、モグモグと頬張っては機嫌よくしている。
少女も一緒になって同じモノをかじりつつ、胸ポケットの中にいる子にも欠片を与えると、「ちー」と嬉しそうな鳴き声が聞こえてきた。
「こんなもんかな。あとは熱が冷めたら耕して、集めてきた種を撒けばいいだろう」
家の前にある無駄に広い土地。
どうやら以前は畑だったみたいだが、手入れをする人がいなくなって久しく、ずっと放置されていた。雑草がぼうぼうで遊ばせておくのも、もったいないから耕すことにしたのだが、非力な女の手ではまともにやっていては、何年かかるかわかったものじゃない。ましてやこちとら夏休みに朝顔すら枯らすほどの園芸素人。しかもここには便利な耕運機の類もないしどうしたもんかと悩んでいたら、うちの子らが手伝ってくれるという。
で、ものは試しでやってみたんだが、なんとなくいい感じに仕上がった。
この分ならばなんとかなるかもしれん。
三匹を連れて歩き出す少女。
見上げた空は青く、空気は澄んでおり風が肌に心地いい。
向かう先にはログハウス風の大きな家がある。こちらも長らく空き家だったようだが、もとの造りがしっかりしているせいか痛みが少なく、少し手を入れたらなんとか格好になってきて、思いのほか快適に暮らせるようになった。
「まさかこの歳で大きな庭付き一戸建ての主になれるとは……、人生なにがあるかわかんないもんだなあ」
しみじみといった風情にて少女がそんな言葉を零した。
事前の説明も何もなしに、いきなり違う世界へと放り込まれた私。
後で知ったところでは、どうやら世界間のバランス調整という名目だったようだ。正直いって言いたい文句は山ほどあるが、とりあえず思うのは「仕事が雑過ぎる」ということ。
帰宅して玄関ドアを開けたら一分で異世界。
それもほんの一言の問答だけで、ハイ、行ってらっしゃい、頑張ってね。
神だか管理者だか知らないが手抜きにもほどがあるだろうに。
もしもいつか会うことがあったら、絶対にぶん殴ってやらねば気がすまん。
ワケのわからない能力とワケのわからない状況下に置かれ、早々に詰みそうなところを、なんやかやで奇跡的に助かって現状へと至る。
地の底から這いあがり、ヤバイのがゴロゴロしている深い森を抜けて、ようやくたどり着いた辺境の村。
なのに、そこは無人ときたもんだ。
普通ならばここは、お人好しな村人たちに救われて、ヒロインが優しく受け入れられて、甘やかされるところだろうに!
まさかの異世界廃村デビューに、さしもの私もがっくしと膝をついたね。こんちくしょーめ。
世の中の理不尽が一挙に押し寄せてきたかのような展開の連続に無性に腹が立つ。
異世界? 冒険? 頑張る? チートで成り上がり?
知ったことか! そんなものはクソくらえ! と私は考えた。
幼少期からの諸々があって、自分は小さな幸せと平穏を求める性格に育つ。その反動がここにきて一気に弾けた。
ゆえに私は固く誓った。
何をって?
それは「村から出ない」ということだよ。
何故なら面倒だから……。
元の世界に見捨てられたのに、縁もゆかりもない異世界のために頑張るなんぞ、ごめんこうむる。
どうやら他にもこちらの世界に放り込まれた連中がいるみたいだし、頑張るのはそっちの人たちに任させることに、もう決めた。
そして私は勝手気ままに自由に生きるのだ。
世界のバランスなんぞ知ったこっちゃねえ。
ただの小娘にそんなもん期待するほうが、どうかしてるぜ。
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