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121 緑の虹彩
しおりを挟むその緑を前にすると、俺はいつもぼんやり考えずにはいられない。
「この緑は何に例えるのが一番しっくりくるのだろうか」と。
本当に、とてもきれいな緑。
新緑の芽や葉のように鮮やかなのだけれども、透き通っており木漏れ日のような温もりがある。色味はけっして強くない。
淡い、とても淡い緑色。それこそ滲んだ絵具のようなのだが、だからとてちっともぼやけてはいない。翠玉石のように美しく、凛とした雰囲気もあって……。
そんな瞳を持った女が俺の顔をのぞきこんでは、微笑んでいる。何ごとかを口ずさんでいるようだが、寝ぼけているせいかうまく聞き取れない。
頭の下が妙に心地良い。膝枕にて耳かきをしてもらっているうちに、眠ってしまっていたようだ。
……いいや、ちがうな。
そうじゃない。
これが夢なんだ。
だって彼女はもうどこにもいない。
あの東部戦線のおり、俺の郷里ごと彼女は燃え尽きてしまったのだから。
俺は何も守れなかった。
さすがに彼女が迎えにきてくれたなんぞと考えられるほど、俺は図々しくはない。
戦争にかこつけて散々に他者を殺め、全身が返り血で真っ赤になった男が、彼女と同じところに逝けるわけがない。
だからこれは夢。
あるいは死にゆく者が見る身勝手な妄想……。
そう理解した矢先のこと、唐突に場面が切り替わる。
平和な日常が一変する。
◇
目の前には紅蓮の中を逃げ惑う人々の姿があった。
見覚えのある街並み、家、店、通り、広場、人……。
俺が生まれ育った場所が燃えている。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
そんな中を我関せずとひょこひょこ動いていたのは、一匹のスーラ。
青い、どこまでも続く大空、蒼穹の色をしたスーラ。身近な神秘と呼ばれるナゾ生物にて、わりと目にする機会は多いものの、ここまで美しい個体を俺は知らない。
蒼のスーラが気ままに進むうちに辿り着いたのは、とある民家の裏庭。
そこに植えられた木の根元に倒れている女がいる。
片足がもげており、半身が焼けただれ瀕死の状態。
いつ逝ってもおかしくない女のもとへと、よちよち這い寄る蒼のスーラ。
すると女の閉じていたまぶたがゆっくりと持ちあがる。
あらわとなった緑色の瞳にて、スーラを見つめながら女が口を開く。
「あら、あなた……今日もきたの……ね。でもごめんなさい。今日は、お酒を分けてあげられそうに……な……。あぁ、ダイア」
男の名を口にしたところで、女はこと切れた。
命の灯火が消えてもなお美しい緑の瞳。
そこに映る自分の姿をしばらく不思議そうに眺めていた蒼のスーラ、その身がぷるぷると震えたかと思ったらいきなり膨れて、ふわりと女の遺骸を優しく包み込む。
半透明の蒼い軟体に取り込まれた女の身体。
じきに細かい泡となり消えてゆくも、そのときにはスーラの色が蒼から緑へと変わっていた。
◇
寝返りをしたひょうしに激痛が走り「痛っ!」
はっとなり俺は目を覚ます。
記憶が混濁しているせいか、思考がうまく働かない。
ボーっと待つうちに、じきにいろいろ思い出してきた。
慌てて身を起こそうとしたところで、ずぶりと顔が突っ込んだのは柔らかい……、これは布?
かとおもったそれ、じつは緑のスーラが変じたものであった。
黒の慮晶石と真紅の慮晶石。
二つがぶつかったことにより起きた大破壊。
光の洪水に呑み込まれた御者と騎獣。
てっきり死んだと思ったのだが、どっこい生きている。
どうやらギリギリのところでメロウが俺を庇ってくれたらしい。
「自分もズタボロだったくせに無茶しやがって。このバカ野郎め」
俺の言葉にでろんと布状にのびたままのメロウが「ぴゅい」とわずかに身を震わす。
いちおう生きてはいる。だがさしものスーラでも、こうなってはもうダメかもしれない。
相棒との別れを覚悟した俺は死に水だとばかりに、携帯酒瓶の中身をかけてやる。
そうしたら緑のスーラはあっさり復活した。
まぁ、二回りぐらい縮んでしまってはいるが、以前と変わらずぷよんぽよんとしている。この分ならば酒樽のひとつかふたつで完全復活しそう。
これには俺も感心するやら呆れるやら。
「ったく、マジでスーラって生き物は何なんだろうな」
夢でみた光景を反芻する。
あれは捕食?
それとも保護?
真相はわからない。
だがしかし……。
「おまえたちがいれば、たとえ人類が滅んだとしても想いは残るのか。ふむ、それはそれで案外悪くないのかもしれんな」
何もかもキレイさっぱり吹き飛んでしまった荒野を前に、俺がつぶやけば「ぴゅぴゅい」とメロウ。まるで「そうだ」と言わんばかりに応じる。
ふと見上げた空が蒼かった。
上空に蔓延していた忌々しい妖精の鱗粉も、先の爆発にて一時的に蹴散らされたせいだろう。こんなに澄んだ青空を見るのはいつ以来であろうか。
夢の中で再会したとき、彼女の声はうまく聞き取れなかった。
けれども唇の動きは読めた。
彼女は生前と変わらぬ笑みを浮かべながら言っていた。
「ダイア、生きて」と。
けっこう頑張ったことだし、てっきりこの辺りで許されるものかと期待していたのだが、そうそう甘くはないらしい。
俺の旅路の終着点はここじゃない。
空から荒れた大地へと視線を戻した俺はきびすを返す。
第一等級御者と相棒の騎獣である緑のスーラは、都市アジエンへと帰還すべく歩きだした。
―― 御者のお仕事。(完) ――
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