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118 死線
しおりを挟む斜面を駆けおりながら首に巻いていた布で鼻と口元を隠し毒霧対策。それと同時に拡張能力を発動。意識を下半身に向けて足の筋力を強化。
力強く踏み出し、地面に深く足跡を刻んだところでグンっと急加速。
いっきに接敵。駆け抜けざまに黒羽を閃かせ、畏妻の身を斬り裂く。
とたんに傷口から勢いよくあふれ出した黄色い体液。それが降り注いでくる前に、俺は地面からわずかに突起していた小岩を蹴飛ばし、強引に方向転換、直角に曲がる。
続く二体目の畏妻。
正面に踊り出たところで、腰を落としつま先を突き出しての滑走体勢へと移行。大百足の腹の下を潜りながら、節々した足を切断し、下腹部に刃を走らせる。
切ったひょうしに跳ねた体液の飛沫は外衣の裾で防ぎ、適当なところで脇から転がり出て離脱。
いっさい止まることなく地を這うように駆け続ける。短双剣・黒羽を逆手に持ち、襲撃に混乱している残る三体目へと迫る。
位置的には死角となっており、これは「獲れる」と俺はおもった。
だが突如として横合いからのびてきた何かによって、進撃を阻まれたばかりか、直撃を喰らって派手に吹き飛ばされてしまう。
まるで丸太で殴られたかのような衝撃。
アバラが嫌な音を立てる。一、二本もっていかれたか……。
はじかれ土煙をあげながら地面を転がりながらもチラリと見れば、俺を殴った相手は他のに比べると二回りほど小さな個体であった。
「ぐっ、子ども? 親の陰に隠れていたのか」
子連れであったからこそ逃げ遅れていたらしい。
この局面で厄介な相手に遭遇してしまった。ただでさえしつこい相手だというのに。
子を守る母は強し。それこそ我が身を省みず死に物狂いとなる。
「おー、痛え。そういえば昔からクジ運は悪かったから、いまさらか……」
ペッとツバを吐いたら、血が混じっていた。口の中が切れておりズキズキしている。当たりどころが悪かったらしく、奥歯も一本ぐらぐらしていやがる。
俺はしかめっ面にて「よっこらせ」
軋む体を鼓舞して立ちあがるなり短双剣を構え、猛然と向かってくる四体の畏妻らを出迎えた。
◇
黒刃により細切れにされ、ついにこと切れた畏妻たち。
母子の骸が恨めしげにこちらを見上げている。
それを横目に、俺はほとんど感覚が失せている左脚を引きずり斜面をのぼる。相棒のもとへと向かう。
進むたびにぽたりぽたりと血が流れ落ちる。
左腕を畏妻の牙がかすめた際にやられた。肉が裂け、奥の骨がちらちらしている。深手のわりには出血量がさほどでもないのは、運よく太い血管をはずれてくれたからか。
すぐにでも応急手当をしたいところではあるが、いまはその時間がない。
戦っているうちに、気がつけば視界が薄っすらと赤くぼやけていた。
慮骸アカシオがすぐそこまで来ている。有機物を溶かす酸性の霧のせいで、肌がピリピリとひりつき、傷口には塩でも塗られたかのよう。
だが、その痛みのおかげで意識を失わなくてすんでいるのだから、世の中、何が幸いするのかわかったものじゃない。
「かはっ、げほっ」
ふいに咳き込み身体がぐらり。俺は危うく膝をつきかけるも、どうにか踏み留まる。
喉の奥が熱い。焼けるようだ。
「くっ、うっかりアカシオを深く吸い込んじまった。はぁ、はぁ……気をつけないと」
こちらの身を案じてキョドキョドしているメロウには「大丈夫だ」と手を振り、俺はふたたび足を動かし丘の上を目指す。
視線をさらに上へと向けると、空もまた薄っすらと赤くなり始めている。じきに一帯がアカシオに染まる。
しかし身体が重いな。たいした距離でもないのに、やたらと遠くに感じてしようがない。
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