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117 畏妻
しおりを挟むリリンから託された黒の慮晶石。
大戦末期、どうしてガロン家の候都や領内の主要都市が、跡形もなく消し飛ぶほどに執拗な攻撃を受けたのか。
この純度の高い慮晶石を前にすると、おぼろげながらその理由がみえてくるような……。
と、いかんいかん。
俺は首を振り余計な勘繰りを脇へと追いやり、いま考えるべきことだけに集中する。
火力を重視するのであれば、こいつをそのままメロウに渡すべき。
だがスーラ弾にて狙い撃つのは、広大な赤い霧の内部に潜むアカシオの核である。霧の色味が濃く密集しているところにあるとはいえ、視界不良の中を確実に目標に当てるのは至難の技であろう。
となれば露払いとなる攻撃は必要不可欠。
そこで俺は腰の短双剣の二刃を抜き放ち、刃同士を打ち鳴らす。
「哭け、黒羽」
目に見えぬほどの細かな振動にて震える刃。鋭利な薄刃の縁にほんのりと赤味がさし、小さいながらも絶大な切れ味を有する絶刀へと昇華。この状態になれば岩や鋼どころか慮骸の強靭な体にも通用する。
準備が整ったところで一閃。
真っ二つにしたのは黒の慮晶石。
これで必殺となる黒のスーラ弾を二発撃てる。
初弾はある程度の目測により射出。これでケリがつけばしめたもの。だがダメでも高出力による爆風で邪魔な赤霧はある程度払えるはず。
それに合わせて、俺が拡張能力を用いて視力を限界まで強化。周辺状況を把握し、目標のより正確な位置を割り出す。
とどのつまりメロウが狙撃手となり、俺が観測手を務めるということ。
◇
黒の慮晶石は内包されている力も膨大。
ゆえに一度にふたつ体内に取り込むと、いかにスーラの身とてどうなるか想像もつかない。そこでおそるおそる投入してみるも、これが案外平気っぽい。
ぷよんぽよんとする軟体が緑の半透明から黒へとかわり、その色味がいつもよりもずっと濃く艶々している以外は、さして変化はみられない。
「いけそうか?」
俺は心配するも「ぴゅい」とメロウが触手を元気に振る。
いまのところ問題はないらしい。
そこでさっそく空気圧の充填に入ってもらったのだが、ここでちがう問題が持ち上がった。
「ちっ、お客さんだ。まだこんなところをウロチョロしているとは、とんだマヌケな奴がいたものだ」
万を超える氾濫。人間の中にもいろいろいるように、野生にだって賢いのもいれば、どんくさいのもいる。
慮骸アカシオの脅威から逃げ遅れたり、混乱し行ってはダメな方へと向かってしまったりするといった具合に。
それが斜面をのぼって、こちらに接近していた。
節々した巨体をうねらせながら向かってくるのは、大百足の畏妻(いづま)。
毒霧を吐き、うっかりそれを吸い込むととたんに手足がしびれ、動きが鈍くなったところをバクリと捕食されてしまう。黒光りする体は見た目ほど固くはない。けれども体液にも毒霧同様にしびれる成分が含まれているからやっかいだ。そしてなによりもこいつはしつこいので有名。体を五つに切り刻まれても、なお動き続ける生命力の持ち主。
そのしぶとさが、ことあるごとに昔の失敗を持ち出しては、ネチネチと夫を責め苛み続ける古女房のようであるがゆえに、この名前で呼ばれるようになったとか。
「あいつの相手は俺がする。メロウはそのまま準備を続けてくれ」
と告げて、俺は最後の火薬の小樽を持ち出す。
蓋に短剣の柄尻を打ちつけ、小さなヒビを入れたところで、こいつを蹴飛ばした。
勢いよく斜面を転がっていく小樽。跡には零れた黒色火薬がひと筋の線を描く。
手にした刃を素早く振っては、足下の石をカツン。
ひょうしにパッと散る火花。たちまち地面の黒い線に引火。シューッと煙をあげ火が樽を追いかけていく。
小樽が段差によりぴょんと跳ねたところで、ちょうど向かってきていた畏妻に激突する。割れて中身を盛大にぶちまけたところで追いついた火により、爆発が起きた。
「よし、大百足の姿焼きのいっちょうあがり……って、げっ!」
要領よく一匹を片付けたと思ったら、その向こうから新たな畏妻の姿が。
しかもその数、三。
「くそったれがっ!」
俺は悪態をつき、斜面を駆けおりる。
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