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115 果蛇
しおりを挟む西へと突っ切り氾濫の中核となる危険域を脱したところで進路を北へ、山岳方面へとひた走る。
だがこうなると季節風である山颪(やまおろし)が向かい風となるので、打ちつけられるたびにどうしても足が鈍りがち。
そこで俺は荷車の操縦を相棒のメロウにまかせて、御者台より荷台へと移動。幌をはずす作業にとりかかる。
「これで少しは身軽になるはず……」
手を動かしながら荷台内をちらり。
この時点で、積み込んでいた火薬の小樽は残り三つとなっている。
樽がひとつ減るごとに、決死隊からも四人ずつ減っていった。
二十人いた隊員たちも、残すところ八名のみ。
こうなることははじめからわかっていた。覚悟もしていた。だからとて仕方がないと素直に割り切れることでもない。
逝ってしまった連中のためにも、努めて冷静であろうとするが、それでも抑えきれない怒りの熱がぐつぐつとして、いまにも吹きこぼれそう。
骨組みの土台、連結部分の止め具をすべて外したところで、向かい風に煽られた幌屋根全体がふわりと浮いたとおもったら、あっという間に後方へと転がり落ちた。
とたんにあらわとなる空は砂塵混じりにて、開いた視界は薄い黄土色。
叩きつけるかのようにして吹く風。流れる景色を横目に俺は御者台へと戻ろうとするも、その矢先のことであった。
風に混じってぷんと濃密な甘い香りがした。
とてもいいニオイにておもわず鼻をスンスンさせるも、すぐにはっとなり叫ぶ。
「気をつけろ! 前方に果蛇が潜んでいるぞ」
◇
果蛇(かだ)とは、全長二十シーカ、胴回り一シーカ半ほどもある大蛇のこと。
ふだんは地中浅くに潜み大地と同化して、地表には尾の先端だけを出している。尾には果物そっくりの部位があり、そこから甘い香りを発しては、獲物をおびきよせて捕食する。全身が固い鱗に覆われているのもやっかいだが、なによりも危険なのはそのニオイ。
理性ある人間ですらもが、ついフラフラと近寄ってしまうほどのかぐわしさ。
飢えた野生の獣であれば、たちまちヨダレを垂らして群がろうとする。
果蛇はそいつらを片っ端から呑み込んでは、ペロリとたいらげてしまうほどの大食漢。
進むほどにより濃厚さを増すばかりの甘い芳香。
俺の警告により全員があわてて首にかけていた布を引きあげ、鼻と口元を隠す。
それでも布越しや隙間から侵入してくるニオイにより、こんな場面にもかかわらず胃袋がグゥと鳴り、口腔内に溢れるツバ。ともすれば誘惑に負けそうになるのを、どうにかこらえてツバを飲み込む。
が、その時のことであった。
唐突に前方の地面が割れて、地中から大蛇が出現する。
かま首をもたげて舌なめずりする果蛇。
こちらが空腹を覚えているのと同じく、いや、それ以上に果蛇は腹を減らしていたらしく、獲物がそばにくるのを待ちきれずに顔を出してしまったらしい。
あわよくば素通りにてやり過ごせるかと期待していたのだが無理であった。
進路上に立ちふさがる大蛇を引きつけるべく、またしても決死隊から四名からなる小集団が小樽を持ち分かれていく。
先行した四名が大蛇の注意を引きつけている隙に、俺たちはその脇を通り過ぎる。
後方にて繰り広げられる戦いの気配。
うしろ髪を引かれながらも前進を続けていると、早くも爆発音が鳴った。いくらなんでも早すぎる。まさか、もう全員殺られてしまったのか?
とおもったがそれは早計であった。
爆発はわざと。果蛇に立ち向かった四名がまず狙ったのは、奴の代名詞となる尾の部位。
ニオイを発する部位を強引に奪取。仲間の一人がそれに投げ輪をかけて引きずり、彼方へと向けて馬を走らせる。
他の獣どもを惹きつけるニオイを利用しての囮役。少しでも多くの敵勢の目を俺たちよりそらすための無茶な行動であった。
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